日欧EPAにTPP、日本政府が進める各国・地域との経済連携協定締結に向けた動きが加速する中、農業関係者からはさらなる支援策を求める声が聞こえてくる。すでに輸入自由化された牛肉は、自由化後5年間で肉用牛飼養農家戸数が3割減少。みかん農家もオレンジが自由化されたことにより多大な影響を受けた。一方で、生き残りをかけて優良品目への転換、高品質化、ブランド化が進んだ。
“消費者に選ばれるためにはどうすればよいのか、どうあるべきなのか”。和歌山県紀の川市の紀ノ川農業協同組合は、農家一軒一軒に聞き取り調査を行い、それを基に行政、農業委員会を巻き込み、有機農業の町づくりを宣言。その後、農協の部会として唯一キウイフルーツの生産行程管理者の有機JAS認定を受けている。紀ノ川農協を訪ね、消費者に選ばれるためのヒントを探った。
有機農業で地域農業を再建する
紀ノ川流域で多彩な農農
面積の8割以上を山地が占める和歌山県にあって、奈良県の大台ヶ原から和歌山市の紀伊水道へと流れる紀の川流域には平野も広がり、温暖な気候と日照時間の長さを活かした多彩な農業が展開されている。中でも中流域に位置する那賀地方では、紀の川市を中心に平野部と山間部で果樹作と野菜作が盛んに行われ、果樹では八朔、桃、イチジク、キウイフルーツ、野菜ではイチゴ、玉ねぎの栽培面積が県1位と、県内でも有数の農業地帯となっている。
その那賀地方で紀の川市が誕生したのは2005年。紀の川流域の那賀町、粉河町、打田町、桃山町、貴志川町が合併した。それ以前から土地の特性に合わせて旧町ごとに特色ある農業を行っていたが、その姿勢は今も変わらず、栽培品目も、進む方向性も旧町ごとに異なっている。旧の那賀町が目指したのは“有機農業の町”。その背景や、生産者の思いについて、紀ノ川農業協同組合・組合長理事の宇田篤弘さん(59歳)と、同じく理事でキウイフルーツ部会・部会長の吉岡利晃さん(42歳)に話を聞いた。
地域農業存続のために有機農業の町那賀町へ
紀ノ川農協は、農産物の販売と組合員の生産資材の購入を行う専門農協で、県下一円を対象としている。事業の柱は産直で、直売所や地元スーパーなどで販売するとともに、全国のほぼすべての生協と連携して事業を行っている。産直を始めたのは1976年。当時の那賀町農業協同組合青年部のメンバーが農協の共販から抜け出し結成した那賀町農民組合が紀ノ川農協の母体。背景には、1971年のグレープフルーツの輸入自由化や豊作によるみかん価格の大暴落があり、安さに耐えかねた若手生産者らが産直による道を切り開いた。
その後も、みかんの生産調整や牛肉・オレンジの輸入自由化の流れがあり、その中で自然と「高品質な果樹生産をしよう」という機運が高まっていったという。紀ノ川農協が設立された1983年の翌年から、ノートと鉛筆を手に農家一軒一軒を回る聞き取り調査を実施。アンケートや数字では得られない発見が多くあり、調査結果を基に討議する過程において「農家の経営とくらしを守るには、地域経済を再建するしかなく、地域経済の再建には地域農業を発展させるしかない」という確信を得るに至った。折しもバブル経済が崩壊し、農家を巡る状況がさらに悪化する中、組合として客観的にどう安全・安心を保障していくのかという問いと、環境に負荷をかけない持続可能な農業を進めたいという農家の思いが一緒になって、地域農業を再建する切り札として導入したのが有機農業だった。
1993年には「有機農業の町那賀町をすすめる会」が発足。1995年には行政、農業委員会などと共に有機農業の町づくり宣言を行い、こうして築き上げた地域ぐるみの体制をベースに、現在、約210名の組合員がみかんや柿、南高梅など13品目の特別栽培に取り組んでいる。また、キウイフルーツと玉ねぎについては、農協の部会として全国的にも珍しい有機JAS認定を受けている。
無農薬の力
八朔からキウイ栽培へ
取材に訪れた日、吉岡さんの畑には生協の担当者の姿があった。「今年のキウイフルーツの出来は?」と尋ねられ、「美味しいとか、甘いとか、通り一辺倒の答えしか出ないわ」と言ってはにかむ吉岡さんの表情には自信がみなぎっている。就農して19年目。妻と父母の4人でキウイフルーツ(70a・有機栽培)、柿(85a・特別栽培)、梅(60a・特別栽培)を中心に、スモモ、清見、みかんを栽培。中山間地に位置する畑の面積自体は昔と変わらないが、「品目は子供の頃と随分違う」と吉岡さんは当時を振り返った。主に八朔を作っていたが、値段が下がり、この地域でも八朔やみかんをやめてキウイフルーツに転換する農家が出始めた頃。吉岡さんの家でも、小学校高学年の時に夏みかん畑がキウイフルーツ畑に変わった。
「この地域は恵まれていて何でも栽培できる」。その好条件を最大限に活かし、多品目栽培を行うことで天候リスクを分散させることができる一方、多品目栽培ならではのデメリットもある。吉岡さんが栽培するキウイフルーツの品種はヘイワードのみ。早生品種を導入しようにも収穫時期が柿と重なり手が回らない。「どの品目も剪定は必須。あとはキウイフルーツの間引きや授粉、柿の間引きなど長期間にわたる作業や管理があって、それらをうまく組み合わせて品目や品種を選ぶ必要があります」。
カイガラムシの天敵で完全有機に
キウイフルーツについては、吉岡さんが就農した当時から無農薬。父親の代で徐々に農薬を減らしていった結果、農薬に頼らなくても品質の良いキウイフルーツができることがわかった。紀ノ川農協のキウイフルーツ部会で最後まで残っていた農薬はマシン油乳剤だが、それもカイガラムシの天敵が出現したことでクリアできた。ただ、有機農業推進法では、圃場内で生産された農産物由来の堆肥などを使用することを原則としているが、紀ノ川農協ではその部分が困難なため、有機農業用に肥料設計してもらった肥料を有機部会で一括購入している。キウイフルーツの有機JAS認定を受ける際に必要だったことは、肥料をそれに変えることと、授粉時に用いる増量剤の石松子を無着色のものにすること。それだけで、特に生産工程を変えることなく有機栽培へ移行できたが、「書類作りが大変」と吉岡さんは笑う。
「納入先は、親父の代からすべて紀ノ川農協。生協さんが相手で、これまでもずっと“できるだけ農薬は控える”考え方で来ていますが、それは僕らのためでもある」。農薬を使えばそれだけコストがかかる。農薬を使わなくても“ある程度のもの”ができるのであれば、“無農薬”は安全・安心を求める消費者への強力なアピールとなる。「基本的には味の良さによるリピート力」が求められるが、食べてみて美味しくなければ次には繋がらない。そのとっかかりとして無農薬は大きな力になると、吉岡さんは考えている。
グローバルGAP取得で消費者の期待に応える
安全を目に見える形にする
キウイフルーツ部会の部会長を務める吉岡さんは、時折、生協から声がかかり、忙しい合間を縫って消費者との交流会に参加することがある。一昨年は仙台へ行った。紀ノ川農協としても、精力的に消費者との交流機会を設け、生協と産直を始めた時からの産直の3原則を大切にしている。1つは、生産者がわかること。2つは、作り方がわかること、そして3つ目が消費者と生産者が互いに交流できること。そうして培ってきた土台があって、今また産直は新しい時代を迎えようとしている。
何か食に関する事件が起こるたびに、「うちは安全」と言ったところで信用してはもらえない。それを証明するシステムがなければと、紀ノ川農協では2013年から順次グローバルGAPの取得を進めている。「GAPは決してテクニックではない」と宇田さん。「本来目指すものは、食の安全やお客さんの安全であって、“どういう社会を目指していくのか”ということの延長線上にある。持続可能な社会、持続可能な農業のためにあるというところに力点を置かないと。売れるから、オリンピックがあるからという話ではないのです」。宇田さんはさらに、農業が本来持っている多面的な機能を社会的に評価する手段としてGAPは必要だとの考えを示す。
消費者に選ばれる日々の努力
根底にはもちろん、安全・安心を担保するという役割がある。そこに果物の場合は味、野菜の場合は鮮度などの要素が加わり、消費者の選択に委ねられるが、消費者にはもう一歩踏み込んで、その先にあるものを見てもらいたいと宇田さんは願う。“購入する”、“食べる”といった行為が生産者の、生産地の役に立つということ。「生産者と交流するという行為には、生産者のくらしを守り、地域へ投資するという役割があるのですから」。そのため、生産者は消費者に選ばれるよう日々努力する必要があり、その手段としてGAPを前面に打ち出すことも大事だと宇田さんは考える。
生協にはすでに若者を応援する企画があり、徐々に産地に投資するという考えが芽生えつつある。それに応えようとグローバルGAPの取得を進めているが、「取得費用が高額」と宇田さん。そのため、紀ノ川農協では品目ごとに部会の代表が取るという形で進めている。現在、6人が取得し、かかった費用は約100万円。それでも生産部会としては人数も売上も相当な規模になるため成り立っている。さらに3人が取得を目指しているが、その中には吉岡さんも含まれている。
魅力ある生産者が消費者をひきつける
取材に訪れたのは年末。キウイフルーツ畑では次の収穫に向けすでに剪定が始まっていた。春には芽が出る。キウイフルーツは柿と同じ結果習性で、剪定して残した枝に実がなるのではなく、芽吹いて伸びた枝に花が咲き実がなるのだと吉岡さんが教えてくれた。「効率良く葉に日が当たるようにイメージして剪定するだけ」と吉岡さんは簡単そうに言うが、一朝一夕にできることではない。気候変動の影響か、最近、キウイヒメヨコバイという外来種の害虫が増え、被害が出た農家もある。畑にはイノシシに踏み荒らされた跡が残り、近頃はシカの鳴き声もよく聞こえるという。「いつまで有機農業を続けられるのか」。正直、不安はある。また「毎年、予想もしない出来事が起こるから、それに対応するので精一杯」とも。それでも、「ええもんできたらうれしい」と吉岡さん。その“喜び”と“経験”と“ひらめき”があるからこそ、つらいことも何とか笑って乗り越えてきた。
取材中、終始吉岡さんは笑顔だった。吉岡さんには高校1年の長男と中学2年の長女、小学1年の次男がいるが、自然が好きで、山が好きであれば、ここで農業を続けていってくれればいい。そうした温かい眼差しが消費者にも向けられる。「果物はあくまで嗜好品。しょっちゅう買えなくても、年に1回でも買ってくれれば、それがその先の未来へ続いていくんじゃないかな」。吉岡さんが見据える未来。そのビジョンを消費者が共有できる社会こそが持続可能な社会なのだと思う。その道筋を示せる生産者が消費者をひきつける。選ばれる力は、生産者の魅力そのものだと感じた。