農村で暮らすのも悪くない 若手専従者に任せる集落営農で、人が残る地域づくり 取材先:滋賀県東近江市横山町 農事組合法人ぐっど・はーべすと

アグリソリューション

  2020年、駅前にあった馴染みのカフェの客足が3月半ばから鈍り、4月、5月と休業の果て、ついに閉店となった。たった2ヵ月の、いや、2ヵ月にも及ぶ休業か。個人経営で45年も続け、地域の憩いの場であり、交流の結節点でもあった場所があえなく消えてしまった。そこが要となって生まれてくる可能性も繋がりも一切合切を含めて。原因は新型コロナウイルス。飲食店だけではなく農業にも大きなダメージを及ぼし、観光農園をはじめ、給食、レストラン、インバウンド、イベントの需要が失われ、心が折れている農家も少なくない。それが廃業の一つの原因ともなっていく。

  しかし農業を止めてはならない。それは地域の血流を止めることになる。農業が生み出す住環境・経済、景観、絆が消えてしまい、地域そのものが大きく衰退することになる。アフターコロナを窺いながら、農業の持続について、集落営農のこれからを探る。(記事中の数値・状況は2020年7月現在)

若者は生まれたときから集落営農、30年

みんなで農業をするのが当たり前、それを未来に

 2019年2月時点の集落営農は1万4949を数え、前年に比べ162の減少となった。高齢化で営農が困難となって解散し、複数の集落営農が統合したり、また廃止となっている。一方、法人の集落営農数だけをみると195の増加と法人化の流れは強い。都道府県別に見ると、兵庫県が918で1位、宮城県が855で2位、滋賀県が790で3位になっている。その滋賀県の東近江市横山町にあるのが今回訪れた農事組合法人ぐっど・はーべすと。平成元年に横山生産組合としてスタートし、30年が過ぎた。「今の30代はもう生まれた時から集落営農で、個別に行っていた農業を知りません。自分の田んぼがどうだとかいうのでいうのではなく、みんなで農業をするというのが当たり前になっています」。同法人で現在、組合長を務める山田泰和さん(50歳)と組合長の経験があり、農業経営アドバイザーでもある西村紳一郎さん(66歳)に話を聞いた。

 新型コロナウイルスについては、幸いこの地域における農業への影響は軽微で、「キャベツの収穫も3月の中頃で終わっていましたし、苗作り、田植えも影響はありませんでした。ただ春の総会は中止し、ゴールデンウイークになると出かけるところもなく暇なので、仕事はないかと言ってくる人はいましたね」。今のところ、コロナ禍の直接的影響を免れている。しかし、地域農業全体を眺めれば課題は幾つもあり、他の地域同様その持続が保証されているわけでもない。その危機は集落の活力にも直結してくる。今後も持続する農業を実現するため、未来を見据えた取り組みが始まり、今、新たなステージに入ったという。集落営農の現状とこれからを探る。

ぐっど・はーべすとの事務所
集落の入り口にある“絆”の文字

高齢化を見据え組合長、副組合長を専従化し、若手に任せる

 平成元年に始まった生産組合が発足したきっかけは土地の改良事業で、1ha区画の大規模圃場整備事業にあわせて受け皿を用意することになり、集落の40%ほどが加入する組合が、15戸、20haほどで誕生した。当時から1俵1万円の時代が来ると認識し、高齢化の進展もあり、「農業問題の解決は個別農家ではやっていけない」として新たな営農スタイルへと移行した。「私たちのところはみんなで労働力を提供し、みんなで農業を行い、みんなで汗をかいています」。役員に関しても持ち回りで全員が務めることとなっていて、それぞれが当事者として農業に携わっている。限られた作業者が預かった農地を耕作するという形も多いが、それとは異なる方向で発展してきた。

 平成21年には法人化し“ぐっど・はーべすと”となり、30戸が参加する体制となった。集団化は農業問題を解決するために始まったが、地域を維持することも大きな目的。目指すところとして、“若者たちが後継ぎしてくれる農業”、“若者に花嫁さんが来てくれる農業”、“みんなが楽しく元気に生きがいが持てる農業”などがあり、これらの実現に向かって進んでいる。「この辺りは1時間半も電車に乗れば大阪まで行けます」。都市部で働きながら農村に住むということも可能な地域で、地域を出るか出ないかは選択の余地があり、如何にして地域に残ってもらうかが大きなテーマになっている。

 時代に対応しながら組合を続ける中で、昨年からは組合長、副組合長を専従化とする体制になった。「今組合員は40代、50代が最も多く、最年長は77歳。30代が2人で20代はいません。労働力は3分の2ほどが定年退職などをしたシニア世代に頼っています。しかし10年後はどうなるのか。それを見越して専従体制を作っていくことにしました」。この危機感の中、経営者となれる人材を2人募集することになり、当時組合長だった山田さんが手を挙げることになった。「農業で飯が食べられるのか、大変じゃないかとよく言われますが、職業の一つだと思っていますので、会社勤めも農業も同じです」と山田さん。また専従の副組合長に綾井賢治さん(54歳)が就任した。

 「元々私たちの組合は若い世代が中心となって始めました。30年前も当時46、7歳がトップの組織でした」と西村さん。今回50代が経営トップとなって率いる組織になったが、地域での違和感は無いようだ。「余所の集落では、若い人が役員でトップになるのは少ないかも知れません」。若さに期待し、またそれに任せる雰囲気がこの集落にはある。

左から西村さん、山田さん、綾井さん
みんなで農業を行うほ場

新しい形の模索が始まっている

年配者に配慮し軽量作物に切り替え、オペレータとしてシニア世代活躍

 現在の経営面積は約38haで、稲作を中心に展開。キヌヒカリをメインに、良食味の多収性品種しきゆたか、特A品種のみずかがみ、滋賀県農業試験場で誕生した早生の良食味品種レーク65などを手がけ、減農薬・減化学肥料の環境こだわり米にも取り組んでいる。また、酒米の山田錦、餅米の滋賀羽二重餅も栽培。そこからとれる餅藁は地域の神社のしめ縄に使われ、京都の長岡天満宮にもしめ縄用として奉納している。さらに祇園祭のちまきにも使われ、伝統文化の一端を担っている。この他、麦、大豆、野菜、盆菊の栽培を行い、耕畜連携にも取り組む。野菜では昨年までカボチャを手掛けていたが、夏場の作業は年配者に負担が大きいと栽培を取り止め、ミニトマトの作付面積を増加し、新たな作物として青パパイヤにも取り組んでいる。草刈りは自分の圃場をそれぞれが担当することとなっている。

 これらの日々の営農の中で大きな力になっているのがシニア世代。「平日の仕事が多いので、定年退職者の方など普段家にいる人の力に頼っています」。田んぼの水管理を担当し、オペレータとして農業機械を操り、建築関係の仕事に従事していた経験などを活かして田んぼの補修なども行うなど、まだまだ元気に活躍している。また西村さんは会計士でもあり、経営サイドにおいて大きな助けとなっている。集落営農ならではの多様な人材で、その力が活かされている。

シニア世代が大きな力になっている
カボチャをやめてミニトマトを増やした

スマート農機を導入するなど新しい形を模索 

 しかしいつまでも頼ることはできないとして、将来を見据えた新しい形の模索が始まっている。「必要なものであれば思い切って投資しようと思っています。GPSの田植機、防除用のドローン、農機を圃場まで運搬するキャリアカーなどを導入しました」。この他、様々なことが検討の机上に有り、例えば規模拡大や大型農機による生産コストの低減、労働力の雇用、耕地利用率の向上、収量アップの取り組みなどが思案されている。「私は専従になって2年目。今、農業のノウハウを勉強しているところです。これまでは2年で交代して、それまでの取り組みがうまく引き継がれない事もありました。これからは経験を積み上げていくことができます」と山田さん。営農を高度化することで様々な課題に取り組んでいく。

 例えば反収の向上では「今、省力化のために一度しか肥料を撒きませんが、もう少し気象条件に合わせて、的確な追肥などをこまめに行っていければ収量も伸びるのではないのか」と考えている。また、作業記録などの営農に関する多くのデータを収集しながら、それが充分活かせていないと感じている。今後はそれらの活用が課題となっている。これまでの取り組みのさらに奥へと踏み込んでいくことになりそうだ。その先にどんな農業が実現するのか。

 株式会社が株主に報いていくように、組合法人は組合員に報いていかなければならない。収益向上ももちろん大切だが、それ以上に組合員が望んでいるのは、活気のある集落が持続していくことであり、若者が残る集落になること。地域に農業を残すことの意味もそこと大きく重なっていかなければならない。高齢者にとってみんなで楽しく農業に参加することが生きがいとなるのなら、生産性や収益性とは別の観点から農作業を考えていかなければならない。集落に若者が残ることに貢献するのなら、子どものうちから、農業の楽しみを知ってもらう取り組みも必要になってくる。地域の様々な人を巻き込み、参加してもらい、利益だけでなく楽しさを提供できる集落営農が必要なのかも知れない。それが地域の活性化・持続に繋がっていきそうだ。

新しく導入した防除用ドローン
大型の田植機で主力の米を植える

アフターコロナの農村の新しいステージ

農村で暮らすのは悪い選択肢ではなくなってきている

 大人になって自立して自由な選択ができるのなら、人はどういうところに住みたいのだろうか。まずは生活のため仕事が確保できるところが必要だろう。その上で将来家族を持とうと思うのなら、教育機関が整い、安全であることも望ましい。その上で楽しく暮らしていきたい。楽しいには様々な要素があり、例えば便利さ、豊かさ、友達がいる、活気がある、様々な出会いや可能性があるなど。農村が住みたい場所に選択されるためには、それらをどれだけ提供できるかが問われる。一昔前なら、それは無理だと諦めの声がすぐにも聞こえたが、今は違う。車がある、スマホがある、インターネットがある。かなりのことができるようになった。郊外にはショッピングモールがあり、ネットを使えば全国各地から必要なものを取り寄せることができ、新しい出会いも生まれる。その上で、生活費は安く、空気もうまい。そして「集落には幼馴染みがいます。子供の頃からの繋がりは特別で、人間関係は大きな魅力です」。農村で暮らす。悪くない選択肢のはずだ。

 新型コロナウイルスの影響は農村部では少なかった。自粛は余儀なくされたが、リスクがまるで違う。コロナが収束したとしても未来には未知の感染症もある。それらを含めて、安全性については、都市部より農村部の方が高く、住みやすいのは間違いない。またコロナ禍の中、テレワークが普及し、都会のオフィスが唯一の仕事場ということもなくなった。都市部で失った仕事を農村部で見つけた人もいる。多くの学校でリモート授業が行われ、教育面でも場所にとらわれない、新たな可能性が見えてきた。途中で切り上げてきた留学の残りをネットによって国内で行うというのだから、農村部でも高度な教育にアクセスできるようにゆくゆくはなるかもしれない。新型コロナウイルスに対応する過程が、農村の不利を補う仕組みと重なる。アフターコロナの景色に農村の新しいステージが見えてきている。

集落営農の活性化で地域に人が残る取り組みを
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