重粘土質の水田で、にんじん、たまねぎをつくる稲作農家の挑戦 取材先:富山県富山市 株式会社GFM

アグリソリューション

  新型コロナの影響で夜の飲食店は厳しい状況にあり、やや客足が戻ったとはいえ、コロナ前にはまだ遠い。その中、売上確保を目指し、昼間の時間帯を活用する例がある。夜は居酒屋でも昼間はカレー屋、かき氷屋、魚屋なんてものもある。いわゆる店舗の多面活用だが、農業の世界でも同様で店舗に当たる水田の高度利用が注目されている。

  条件の良い所では古くから多毛作が行われてきたが、最近ではそれまでお米一本で経営が成り立っていたところも米価下落などの影響もあって、新しい作物の導入に意欲的だ。中でも高収益作物としての野菜づくりは稲作農業の持続にとって期待が高く、一方でハードルも高い。今回、お米中心の農業を展開してきた富山県を訪ね、野菜作を導入する生産者の挑戦を探った。(記事内の数値・状況は2022年8月現在)

将来を見据えた農業に取り組む

5年前から水田での野菜栽培を開始

 富山県は良質で豊富な水資源を活かしたお米づくりが盛んで、国内有数の米所として知られる。耕地面積に占める水田率は95%と全国一。農業産出額の割合は米が70%近くを占め、この割合も全国一。お米は富山県農業を支える基幹作物と言える。一方野菜に関しては生育には向かない重粘土質土壌が多いこともあって、その産出額は全国最下位。米価下落などで、稲作経営が不安定化する中、同県では稲作主体の農業からバランスの取れた農業構造への転換が課題となっている。

 「富山では今でこそ野菜に取り組む人が出てきましたが、以前は本当に少なかったですね」。そう語るのは㈱GFM代表の前田一さん(41歳)。同社は現在会長である父親の前田仁ーさんが平成30年に法人化したもので、社名はグリーンファームマエダの頭文字。地域では農家の高齢化や後継者不足などがあり、経営規模の拡大を進めている。経営移譲は昨年の5月。

 労働力は前田さん親子と従業員が1名、パートスタッフ1名。田植えや収穫時の繁忙期には数名のアルバイトを雇用する。他に事務担当者が1名。令和4年度の作付けは、水稲24ha、大豆37ha、大麦10ha、にんじん0.4ha、たまねぎ0.7ha(令和5年度産)。これからの富山県農業を象徴するように複合経営に取り組んでいる。

 お米は卸業者との直接取引で一部自家販売も行う。大豆は成熟しても鮮やかな緑色の外観を持つ青大豆の“あやみどり”を全量契約栽培している。麦やにんじん、たまねぎはJA出荷。「これまでは業務用米もつくっていましたが、今の米価とコストを考えて業務用米を止めました。その分大豆の作付けを増やしています」。大豆の収量は不安定な部分もあるが、同社の経営を支える大きな力になっている。

前田さん
令和4年度は水稲24haを作付けした

やがて米価9000円台の時代がやってくる 

「会長は7〜8年前から、お米がどんどん安くなって、やがて9000円台の時代がやってくると考えていました」。そこで、以前から栽培してきた一般的な白大豆を、付加価値が高く安定価格で取引できる青大豆の“あやみどり”に切り替え、生産量を増やしてきた。またお米づくりにおいては、「乾田直播などを取り入れて、作業の効率化、コスト削減を進めると同時に良質な美味しいお米づくりに取り組んでいます」。そして5年前から始めたのが水田での野菜栽培。まずはにんじんを取り入れ、3年前からはたまねぎの栽培もスタートしている。

 野菜栽培を始めたきっかけは、県の普及指導員から栽培依頼を受けたこと。既にお米だけでは厳しい時代になるとの認識があり、大豆の契約栽培を始めていたが、それだけでは充分ではないとの気持ちもあり、「今ならまだ誰もこの地域で野菜の取り組みをしていないので県も協力してくれますし、今の間に野菜づくりのノウハウを身に付けようと考えて取り組むことにしました」。そこでまず選択したのがにんじん。「その時、機械化体系が一番進んでいた作物で、播種は手持ちの機械で行え、収穫機は地元のJAなのはなで借りることができました」。こうして水田を活用したにんじん栽培の挑戦が始まった。

にんじんの収穫機

悪戦苦闘しながら野菜の栽培体系確立を目指す

乾いていれば良いというものではない

 「にんじんに取り組んだ最初は苦労しました。如何に乾いた圃場を用意するか。先ずは圃場選定からです」。水田での野菜づくりでは、排水対策が重要となるが、その点においては大豆栽培での排水対策が役に立った。「大豆栽培でも額縁を切って、暗渠を施工する作業は当たり前のようにしていました」。水はけの良い圃場を選定し、そのノウハウが活かされた。

 しかしここで問題が発生した。ただ乾いていれば良いというものではなかったことだ。この地域は重粘土質で乾燥すると土塊が目立ち発芽には適さない状態となった。にんじん栽培に適した圃場とするため、最適の砕土率を見いださなければならなかった。にんじんの生産者に出向き研修を受けたものの、「ここと同じ土質とは限りません。栽培マニュアルもありますが、自分たちの圃場条件に合わせて試行錯誤しながらの取り組みです」。

 1年目、大豆よりも砕土率を高くすることは分かっていたが、「あまりにも発芽しないので衝撃を受けました。大豆であれば土が多少粗い状態に播種しても発芽しますが、にんじんは思っていた以上に砕土率を高くする必要がありました。ここまで違うのかという思いでした」。

 その後、「プラウやロータリー、バーチカルなど手持ちの作業機全てを使って色々試してみました」。結局、砕土率を高くするには、ある程度湿っている環境でゆっくり、細かく耕す作業が必要だと気づいた。「耕耘するのに適した圃場の水分量を見定めるのは本当に難しいことです」。

 さらに播種が終わってから予想以上に大変だったのが灌水作業だ。「年間の作業体系を考えて、7月末に播種する早生のにんじんを栽培していますが、播種後2〜3週間は炎天下での灌水作業が続きます」。

 安定した技術となるにはもう少し時間が必要なようで、一昨年の反収は2tだったが、昨年は1.2tと落ち込んだ。「安定して2tは収穫したいところですが、今もまだ砕土率や灌水の具合で発芽でのつまずきがあります」。それでも、「良いものをつくるために取り組んでいます。失敗も含めてノウハウを蓄積してにんじんの栽培体系を確立させたいと思っています」。

にんじんの収穫作業
JA施設内のにんじん選別機

にんじんに続いてたまねぎに取り組む

 にんじんに続いて取り組み始めたのがたまねぎ。富山県西部に位置する砺波市や南砺市では、地元のJAとなみ野が主体となって水田の転作作物としてたまねぎに力を入れ、産地づくりを図っているが、横展開して県全域でもたまねぎの取り組みを広げようとする動きがあり、前田さんの元にも話が来た。「にんじんで野菜づくりが難しいことは分かっていたのですが、JAとなみ野ではたまねぎの機械化体系がある程度できていて、マニュアル通りに取り組むだけとの話でした」。移植なので、にんじん程に砕土率を意識することもない。

 そこで、JAとなみ野からたまねぎの生産に必要な機械類を借りて取り組んでみたところ、「初年度は単収4t程収穫できました。収量の多い人で5t位だと思います」。収量においては良好な結果となったが、機械の借料、移送コストを考えると利益を生むのが難しいと考えた。また、「他の地域から機械を借りるので、こちらの都合だけでお願いすることはできません。そのため収穫したいときに収穫できないのがネックになりました」。そこで昨年は、たまねぎを一旦取り止めた。

米価が今以上に下がった時の選択肢をつくっておきたい

 しかし状況が変わってきた。「JAなのはなもたまねぎの移植機や収穫機を導入し、調製施設や保冷庫も設け、たまねぎ栽培の推進に力を入れ始めました」。さらにたまねぎの市場価格が上がっていることも追い風となって、「今年再度チャレンジすることに決めました」。この地でのたまねぎの取り組みはまだ少なく、JAなのはなが導入した機械の利用では、作付けから収穫まで地域生産者のスケジュールに合わせることができることも大きな利点になっている。

 にんじんの収穫が終わった10月末からたまねぎの移植を行い、翌年6月の収穫を目指す。お米をつくるより、野菜をつくる方が難しいのだが、野菜に取り組むことで、「米価が今以上に下がった時の選択肢をつくっておきたいと考えています」。

たまねぎの収穫作業
JA施設内でのたまねぎ調製作業

野菜づくりから次のステップへ

次の段階は如何に売るかということ

 排水対策や砕土率を工夫して水田での野菜作が進められているが、「あくまでも転作作物ですので、助成金の関係もあり、そこでは水田としてお米もつくります」。野菜をつくるときには、再び作物に対応した圃場にする作業があり大きな手間だ。しかし畑地化してしまうと、もう後戻りはできない。労力や収益性を見ながら、今は方向性を模索している段階にある。お米以外の作物として野菜をはっきりと選択するのなら、野菜づくりのノウハウを蓄積する段階から、次のステップにも目を向けていかなければならないと考えている。

 「次の段階は如何に売るかということです」。前田さんはこれからの農業経営としてつくるだけでなく、自分たちで売り先を確保することが重要だと考えている。野菜作においてもその想いは同じく、「販売のことも考えると、今はにんじんとたまねぎ両方に取り組んでいますが、どちらか一つに絞る選択も必要になってくるかもしれません」。にんじんは発芽させるまでは大変だが、栽培期間が100日ほどで収穫できる。しかし、保存には限りがある。一方たまねぎは、移植から収穫まで半年以上必要で、その間の手間もコストもにんじん以上に掛かるが、収穫後乾燥させて保存することができる。どちらも一長一短あるが、「直接販売することを考えると、日持ちのするたまねぎの方が新たな販路を広げるには有利かもしれません」。また「お米づくりでは経験しなかったのですが、野菜づくりでは規格外品が大量に発生します。これは大きな課題です」。農業の新しい形を定めるために考えることは多い。

お米に頼り切ることの危機感はもう無視できない

 前田さんは今後もお米の生産規模を拡大していく予定で、「全体として100haまでは広げていきたいと考えています」。そのためにアグリロボ田植機を始めとした最新のスマート農機をいち早く導入してきた。「限られた労働力で効率の良い農業を目指しています」。主軸としてのお米づくりは広げていく意向だ。「お米の良いところは、何があっても大抵は収穫できるということです。しかし野菜はそうもいきません。失敗すればゼロになります。また生育過程で気にしなければならないことも多く、大きな価格変動もあります。経営的側面から見ればお米は安定性があります」。

 でもその中でも、お米に頼り切ることの危機感はもう無視できないほど大きい。「これだけ米価が下がるのなら、やはり何か手をうたなければなりません」。

 同ファームの水田での野菜作は、今、本格的に取り組む前の試みの段階だが、地域農業を維持していくためにも一つの重要な鍵ともなる。このままではどうにもならなくなっていく。その予感は強い。農業を明日に繋げるために水田をアップデートする必要がある。

導入されたアグリロボ田植機
稲作主体からバランスのとれた農業構造への変換を急ぐ
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