植物とインターネットを連携し、AIでデータ分析するNext次世代園芸で、農業をスマートに進化 取材先:高知県高知市キュウリ栽培 川島寛明氏

アグリソリューション

  異常気象の常態化や、儲かる農業を模索する中で、年々存在感を増しているのが施設園芸。環境リスクを軽減し、生育をコントロールすることで、安定した経営と収益率の向上を狙う。お天道任せにせず、経験と勘ばかりに頼らない、これからの農業を展開する舞台として期待は大きい。

  その中で進んでいるのが環境制御だが、未来に続く農業を構築するためにはそれだけでは物足りない。さらなる進化が必要だ。一つの方向は、情報収集の対象を広げることで、生産物そのものや農業者の営みをデータ化する動きが進む。そしてそれらの情報収集、分析で大きな力を発揮しているのがAIだ。栽培管理の確度を上げ、効率を高め無駄を省き、より精密な農業を実現する。今回、全国屈指の施設園芸産地である高知県を訪ね、施設園芸のフロントラインを探った。(記事中の数値・状況は2023年6月現在)

植物とインターネットを連携させ栽培を高度化する

 四国の中で最も面積が広い高知県だが、そのほとんどは森林が占め、農耕地の面積は47都道府県中42位(令和2年の農水省耕地統計)。限られた農耕地で収益を上げるためには、高い生産効率が求められる。そこで取り組みが始まったのが施設園芸。温暖で多日照の気候条件を活かした収益性の高い農業が営まれている。またさらなる効率化のため、同県では環境制御技術の普及を推進し、主要7品目(ナス、ピーマン、トマト、シシトウ、キュウリ、ミョウガ、ニラ)の環境制御技術の普及率は59%となっている。1haあたりの園芸作物等の産出額は599万円(令和4年の高知県農業の動向)で、日本一の生産性を誇る。

 さらに同県では、Next次世代型施設園芸を掲げ、2018年から産学官連携による“IoPプロジェクト(Internet of Plants)”をスタートさせた。IoPとは植物とインターネットを連携させることで、従来の生育環境情報に加えて、植物の生理生態情報(花・実の数など)もカメラなどを使って収集する。また出荷データや収穫時期など、生産現場から様々なデータを自動で収集・蓄積するデータ連携基盤“IoPクラウド”を構築した。クラウドに集約されたデータはAIによって分析され、栽培・生産管理の最適化が行われる。その中でデータの“見える化、使える化、共有化”が大きな鍵になる。これらの営農に役立つ情報は営農支援サービスとなり、高知の郷土料理“皿鉢料理”にちなんで“SAWACHI”と名付けられ、昨年9月から本格運用を開始した。現在、県内生産者はスマホやパソコンなどで利用できる。

 では、IoPプロジェクトによって生産現場はどの様に変わっていくのだろうか。県内最大規模のキュウリ産地である高知市春野町を訪ね、キュウリの生産農家である川島寛明さん(50歳)に話を聞いた。

 川島さんは、妻と義母3人の家族経営で、19aの施設でキュウリを生産し、全量をJAに出荷している。他にも90aでお米を、10aでグリーンパパイヤを生産している。「キュウリの定植はこの産地で多く行われている9月の下旬から10月の上旬です。定植後20日後位から収穫が始まって、6月まで収穫します」。収穫期間が長い冬春キュウリとして収益性が高い作型となる。

川島寛明さん
収穫前のキュウリ

環境制御機器を導入し、経験の少なさをカバーする

 川島さんは神奈川県出身でサラリーマンをしていたが、「結婚を機に昔から植物に興味があったので、会社を退職して2017年に高知に移って妻の実家の農業を継ぎました」。しかし就農当時のハウスには環境制御機器などはなく、「義母の経験と勘に頼った栽培です。このやり方だと相当経験が必要だと感じました」。川島さんのキュウリの栽培方法は同産地で主流になっている、長期作型に適した“つるおろし栽培”。つるを摘心しないで誘引を続けて収穫を行う栽培法だが、その分つるおろしの管理作業や樹勢を維持するハウス内の環境が重要となる。「そこで環境制御機器を導入して、義母の農作業を数値化し“見える化”すれば、少しでも経験の少なさをカバーできるのではないかと考えました」。

 こうして温度と湿度、日射量などの環境測定装置と環境制御装置、さらに炭酸ガス発生装置を導入し、装置の使い方や数値の見方、数値を踏まえた理論的な温度管理等を県の農業担い手育成センター等で学んだ。「この地域の平均収量は10aあたり年間22t程度ですが、導入初年度から平均収量は取れました」。一昨年は31t、昨年は28tと、近年は平均以上の結果となっている。天候の加減もあるが「今年は30tは収穫できそうです」。

 これらの環境制御技術に加えて、高知県が普及に力を入れるIPM(総合的病害虫・雑草管理)にも取り組んでいる。「今年で3年目ですが、天敵による防除を行っています。一般の生産者と比較して化学防除は1/3程しか行っていません」。農薬代や化学防除に費やす労務の軽減を実現している。そしてさらなる先進的な施設園芸を目指して、2021年にIoPプロジェクトによる営農支援サービスSAWACHIの実証運用に参加した。

キュウリはつるおろし栽培

スマホで自宅や外出先、夜間でも常にハウス内の環境状態を確認できる

 SAWACHIでできることの一つがハウス内環境の“見える化”だ。スマホの画面から、ハウス内温度、湿度、CO2濃度、日射量などのデータが数値や推移グラフによって確認することができる。導入前は「生産現場のパソコンで環境データを確認していましたが、スマホなら自宅や外出先、夜間でも常にハウス内の環境状態を確認することができます」。また、温度、湿度、CO2濃度など、ハウス内の設定した環境条件に異常が発生した場合は、異常事態を知らせる緊急連絡メールが届く。さらにハウス内に設置したカメラで、ハウス内の様子を確認することもできる。「自動制御にはなっていますが、夜間に急な雨が降ったとき、確実に天窓が閉まっているかなど、何かトラブルが発生していないかカメラで確認できます」。

 また、ハウス内の環境情報だけでなく、経営サポートとして、機器類の稼働状況と重油や灯油などの使用状況を記録し、そこから自動計算されたエネルギーコストを確認することができる。「データを活用して燃料費を削減したいと思いますが、やはり加温しないと良いものは採れません。極力抑えるようにはしていますが、大胆に削減できていないのが現状です」。施設園芸の大きな課題であるエネルギーコスト削減は簡単なことではないようだ。それでもSAWACHIによって、常にエネルギーコストが明確となり、利益率を意識した農業経営に繋がる。

炭酸ガス発生装置
加温ボイラー

情報を他の生産者と比較して仕事のモチベーションに

 ハウス外の情報として、自分のハウスから1番近い代表地点(5㎞メッシュ)の天候データを画面に表示することができる。従来より精度の高い気象予測が可能で、作業、出荷のスケジュール調整、環境設定の変更、悪天候への事前対策などに役立てることができる。

 収量や品質といった生産者自身の出荷実績を確認することもできる。「JAへの出荷量・等階級の推移等、出荷量が伸びているのか、減っているのか、県内の平均反収と比較してどうなのか、また、出荷したキュウリのAからDの等級の比率がどうなっているのか、数値とグラフで確認できます。さらに、自分の出荷実績は、県内の同じキュウリ生産者と比較して反収ベースでどの位置なのかランキングを見ることもできます」。トップレベルの生産者との比較が簡単にできる。また前年実績と比較し、問題点の早期発見や、改善のための分析を行ったり、目標出荷量の設定で現状との差が明確に認識でき、「仕事へのモチベーションになります」。他にも、野菜などの値動きに関する市況データや県からの栽培技術の情報、病害発生情報などが情報共有されている。

ハウス内の環境を表示した“SAWACHI”のイメージ画像

“見える化”から“使える化”へ

 生産者が自身のデータをSAWACHIに反映するためには、ハウス内に環境情報や生育情報を収集するためのセンサーやカメラなどを設置することが必要で、現在SAWACHIに対応する11社の機器に接続することでデータの連携が可能となる。それらの情報はIoPクラウドに集積され、JAの営農指導員や県の普及指導員も見ることができ、そのデータを分析・診断して、SAWACHI利用者への営農支援にも活用される。「普及指導員さんなどが毎週ハウスに来られて生育調査を実施し、高収量のモデル農家の環境データと見比べ、改善点について指導を行ってくれます」。データを見ながらの指導は、改善点が具体的で分かりやすい。

 生産技術の向上、経営の効率化は利益率を向上させるが、Next次世代型施設園芸を構築するIoPプロジェクトはその先を目指している。「キュウリの場合、樹が元気だと伸びるばかりで実をあまりつくりません。かといって弱っていてもだめです。適度なバランスが重要です」。SAWACHIによる環境データの“見える化”で、収量が増える状態へと環境を制御しているが、さらなる最適化を目指すためには、今以上の生理生態情報が必要になる。

 そこでハウス内に設置したカメラで作物の生育過程を撮影し、IoPクラウドに実装される作物生理生態AIエンジンにより株当たりの光合成・蒸散、着果負担、開花数、葉面積、草勢の時系列を“見える化”し、営農支援AIエンジンによって、収穫日や収量、着果負担、開花などを予測して“使える化”するシステムの開発を進めている。それらにより栽培・生産管理の最適化ができれば、「キュウリの状態に合わせた、より高い精度の環境制御が可能になり、収量は大きく変わってくると思います」。市場単価が最も高い12月までにより多くの出荷ができれば経営にとって大きなプラスになる。川島さんにとっての生産課題であり、「そこがどうも上手くいっていません。その時期に合わせてどう環境制御していくか。どうすれば良いかまだ答えが見つかっていません」。その模索に対してSAWACHIが解答に至る大きな力になりそうだ。

IoPに接続される環境測定センサー
ハウス内のカメラ

農家の参加でシステムを育て、より生産現場に即したものへ

 IoPクラウドを駆使するNext次世代型施設園芸に期待されることは、これまでになかった精度で作物の生育情報を収集し、それをAIによって“見える化、使える化、共有化”することで、農業に高い合理性を持ち込み、戦略的営農を可能にすることだが、そのためには生産者の進化も欠かせない。「施設園芸の品目別にIoPの勉強会があって、研究機関である県の農業技術センターと生産者が一緒になってIoPクラウドをどのように活用すればより良い生産に結びつけることができるかを話し合っています。農家が参加することで、より生産現場に即したシステムにしていければと思っています」。現在SAWACHIは約950件のユーザが利用し、県では県内全ての施設園芸の生産者に利用してもらいたいとしているが、生産現場の中でシステムが育っていくということが重要になりそうだ。

 新しい時代の農業が始まっている。それは自然と闘ってきた農業が辿り着こうとしている一つの姿だ。自然の恵みを享受するだけでなく、品質、量、時期をコントロールする、デザインができる農業とも言えそうだ。未来の農業の形がここにあった。

品質、量、時期をコントロールする“デザインできる農業”へ
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