直播、スマート、緑肥に取り組み、低コストの米づくりに挑む 取材先:滋賀県彦根市柴田ファーム

アグリソリューション

  我慢にも限界というものがあって、度を過ぎれば壊れてしまう。昨今の生産費高騰はそんな予兆も秘めながら、生産活動に大きな影を落としている。悲劇を避けるためには売価を上げるかコスト削減しかないのだが共に従来の方法を変えなければならないということで、加えてできるだけ早くということもあって、まさに試練の季節を迎えている。

  生産現場では様々な取り組みが行われており、売価を上げる価格転嫁だけではなく、高付加価値商品に挑戦する動きもある。またコスト削減では小さな工夫や改善を積み重ねると共に生産方法の転換や代替が求められ、それが新たな価値を生み出すことにもなっている。農業の持続は、従来の延長線上にあるのではなく、道に開いた大きな穴の向こうにある。それを飛び越えるための方法を探るため、新しいことを積極的に取り入れる若手生産者に話を聞いた。(記事内の数値・状況は2023年3月現在)

高付加価値米で環境保全と売上アップ

一つコストを下げても、すぐ別のコストが上がる堂々巡り

 中山間地のような条件不利地ではなく、農業に向いた平場の稲作であっても、昨今の状況では持続性の確保が脅かされている。今回訪ねた彦根市は、琵琶湖の東にあって平坦地が多く、圃場や排水等の整備が進み、土地利用型農業に向いたエリアだが、「コストを下げる工夫をしても、また別のコストが上がってきます。堂々巡りの中で課題解決を図る時代になってきたと実感しています」。そう語るのは、柴田ファーム代表の柴田明宏さん(38歳)。昨年、父親から事業継承した若手生産者だ。

 柴田ファームの経営面積は約28ha。その内水稲が18ha、転作の麦と大豆を二毛作で10ha手がけている。他に育苗ハウスの空いている期間を利用して白カブラを生産。水稲は多品種の栽培で作期をずらし、リスクの分散と作業効率向上を図っている。生産しているのは、みずかがみやにこまる、きぬむすめ、コシヒカリ、キヌヒカリ、ミルキークイーン。他にも酒造メーカーと連携した掛米(醪つくりに使われる米)の栽培や、昨年からは飼料用米の取り組みも始めた。労働力は本人と父親。田植えなどの農繁期には母や妻が手伝う。販路はJAや卸業者、米の小売業者をメインに、エンドユーザーに向けたECサイトでの販売、ふるさと納税の返礼品などを展開する。「直接取引を充実させ、柴田ファームのブランドで購入していただくことがこれからの目標です」。

 その中、農業資材の高騰に対し、同ファームでは直播、スマート農機導入、緑肥栽培と様々な取り組みを行っているが、売上アップを目指しては付加価値の高い農産物に力を入れている。

柴田明宏さん
柴田ファームが手がける水稲18ha

環境に優しい“魚のゆりかご水田米”で付加価値向上

 滋賀県は琵琶湖の水質保全もあって環境に対する意識が高く、化学農薬と化学肥料の使用量を慣行の50%以下に抑えた県認証の“環境こだわり農産物”に取り組む生産者が少なくない。同県の環境保全型農業の割合は耕地面積の約30%と日本一。その中、 柴田さんも“環境こだわり農産物”に飼料米以外は全量取り組み、その上でさらに生態系に配慮した栽培条件も加わる“魚のゆりかご水田米”に水稲面積の約6割で取り組んでいる。排水路に魚道を設け、水田を琵琶湖から田んぼに遡上してきた魚の産卵、成育の場とし、水生植物に影響を及ぼす除草剤の使用も避け、条件を満たしたものを県が認証している。

 琵琶湖の環境と生態系を守り、消費者には安全・安心を提供し、付加価値の高いブランド米としてふるさと納税での人気返礼品となり、JA集荷にも加算金が加わる。小売業者に対しては実際の水田に足を運んでもらって、付加価値に対して理解を求める取り組みなどを行っている。卸ルートに関しては、「どうしても付加価値より値段重視になってしまい、中々厳しいですね」。取り組みに対する認知度が低く、“環境こだわり農産物”が慣行栽培と同程度の価格で扱われることも多いようだ。その中で、自身で開設しているECサイトでの販売に力を入れる。直接消費者に自分たちの米づくりを伝え、理解して貰えれば、それに見合う対価に繋がると期待がかかる。

水田の排水路には魚道が設けられている

直播栽培を実践し、スマート農機を導入

鉄コーティング直播で、労務コストと労力を削減

 これらの売上アップの取り組みと共に力を入れているのが生産コストの削減。その一つとして直播栽培を取り入れ、“魚のゆりかご水田米”など、手間のかかる農業を展開する中、労力削減にも貢献している。

 直播栽培は、育苗管理を省くことで、そこにかかる費用と労力を節減し、育苗場所の有効利用が図れ、播種時は移植に比べて人手を減らすことができる。また、移植栽培に対して、収穫を1〜2週間程度遅くすることができ、作業時期の重なりを分散させ、適期作業にも貢献する。一方、種籾から圃場で育てるわけで、鳥害や天候の加減でどうしても苗立ちは不安定になり、初期の雑草防除の問題もある。そのため移植栽培よりも圃場がおかれている自然環境に左右され、栽培技術も求められる。それらのデメリットを克服するため、乾田や湛水、種籾をそのまま使うのか、あるいはコーティングを行うのか、様々な方法があり、その中、柴田ファームでは、鉄コーティング湛水直播を導入。種籾を鉄でコーティングし、湛水土壌表面に播種を行う。

 「鉄コーティング湛水直播は、2011年からの取り組みです。元々は父が直播に関心があって、肥料を撒く背負式の散布機で試しに種籾を播いたことがきっかけです」。最初は、様々な品種で小規模な直播を行い、この栽培における生育特性を探るところから始めた。柴田さんの所では「コシヒカリは倒伏があって、うまくいきませんでした。にこまるは栽培期間が長いので、直播にするとさらに収穫時期が遅くなってしまいます。一方きぬむすめは順調に育ち、食味も悪くありませんでした。品種によって大きな違いがあるなというのが実感です」。直播のデメリットを品種の選定によって補いながら、課題を解決していった。直播が行える田植機を導入し、直播面積を増やしながら、栽培ノウハウを蓄積。種籾のコーティング技術も高めていった。今では、この栽培方法に「安心感を持っています」。

 湛水直播の面積が増えることで、年々労務コストが減少しており、経営的なメリットは大きく、昨年の5haから今シーズンは6haまで栽培面積を増やす。「水稲栽培の1/3を直播にすることで、移植栽培を減らし、苗運びを手伝ってもらっていた妻や母の負担を少なくできます」。また、播種時期がゴールデンウイークになっても、「6haならワンオペで2〜3日の作業ですみますので、その後家族と残りのゴールデンウイークを過ごすことも可能です」。生産コスト、労力の削減とともに、家族との時間をつくることにも繋がっている。

育苗ハウスを有効利用した白カブラの栽培
鉄コーティン直播の作業風景

スマート農機は規模拡大の可能性を生む

 コスト削減にはスマート農機も大きな力になる。例えば精密施肥などは、肥料の使用量の最適化を図り、無駄を削減して生産資材費を抑える。今柴田ファームで導入されているのはGPSを利用した田植機。「去年、直進キープを搭載した田植機を導入しました。田植えの作業はすごく楽になりました」。それだけではコスト削減にならないが、「妻に操作のレクチャーをしようと思っています」とのことで、柴田さん以外が田植機に乗り、ベテラン並みの仕事ができるようになるのなら、様々な可能性が広がる。各地オペレータ不足は深刻で、それが足かせとなって思うような規模拡大が図れないという所も少なくないが、その課題に対して一つの対応策になる。今までの人員で規模拡大ができるのなら、コスト削減に繋がる。またスマート農機はICTによって結ばれ、土壌診断や収穫量の分布データから肥料の偏りが把握できれば、それに基づいた施肥も行え、無駄を省くことに繋がる。スマート農機の経営メリットは小さくない。

 それまで使っていた田植機に関しては、「直播専用にします。これまでは1台で移植と直播を行っていましたが、2台あれば状況によって、父が移植して、私が直播することができます」。作業効率を高めることになり、天候などで不測の事態が生じ、限られた作業期間となっても対応できる。 今年からはドローンを稼働し、それによるコスト削減の可能性を探る。「有機資材のドローン散布を行って、その効果を確かめたいと考えています」。さらに、「ドローンでの直播も検討中です」。今の田植機による湛水直播よりも作業時間の短縮は確実だが、時間を含めた投入資源と収量の成果がどのように釣り合うのか興味深い。

 「導入した技術や機械を、様々な使い方で自分なりに追求したいと思っています。特にドローンは汎用性があり、期待しています」。

コーティング作業の様子
鉄コーティングした種籾

緑肥で窒素を補い、化学肥料を削減

化学肥料に比べて約半分の投入量で同等効果

 肥料が高騰する中で、充分な効果を維持しながら、これを安価なものに置き換えることができればコスト削減の効果は大きい。その一つとして取り組むのが緑肥栽培だ。

 「緑肥に取り組み始めて2年目になります。元々興味はありましたが、知見がないので他の地域での取り組みを視察して先ずは1haでトライしてみました」。使用したのはヘアリーベッチ。根に根粒をつくり土壌に窒素を固定するマメ科の緑肥で、秋に種を播き、春にすき込む。「この緑肥によって圃場に窒素を補い基肥をカットすることができました。従来の方法と遜色がない結果です。今シーズンは2haに増やしました」。価格に関しても、「投入量にもよりますが、仮に3㎏窒素を入れるとして、従来の投入コストは6250円です。それが緑肥だと3300円になります。従来使用していた肥料と比較して半分程度になります」と効果は高そうだ。しかし、「よく育った状態ですき込めば窒素量も増えますが、天候によって生育不足になれば、後で肥料を追加投入しなければならなくなって、逆にコストアップになるかもしれません」。生き物である以上、生育のリスクはある。ただ、化学肥料を有機質肥料に切り替えるということでもあり、環境配慮の側面でも意義はある。コストを下げながらも付加価値をのせることにも繋がりそうだ。

緑肥のヘアリーベッチ
緑肥でも収量はほぼ変わらず

購入者の期待を裏切らない米づくりに取り組むことが大切

 コストを下げることで、収量が落ち、品質が損なわれれば、経営メリットは相殺される。良い物をいかに安くつくるか。昔から変わらぬものづくりの命題が、昨今の状況により、その輪郭を鮮明にしてきている。「仕事として農業を選択した以上、農業を続けていくためにも、購入者の期待を裏切らない米づくりに取り組むことが大切だと考えています」。コスト削減が品質低下を招いてはならないということだ。また、「私が農業に取り組む姿を子供が見て、後を継ぎたいと思ってもらいたいですね」。

 生産コストの上昇は世界情勢も絡んで様々な要因があるが、いつまで続くのか先が見えず、また新たなリスクが顕在化するのではという不安もあり、早く嵐が過ぎ去るのを願いつつ、最善手を探る模索が続きそうだ。従来の方法に限界が来ているのかもしれず、新しい技術、新しい方法に躊躇っていては農業の明日が遠ざかる。

新しい技術、新しい方法でレリジエントな農業に挑む
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