高級ブランドの“さくらももいちご”で高齢化の村を未来に繋げる 取材先:徳島県佐那河内(さなごうち)村

アグリソリューション

  「地方創生」が掲げられ、地域によっては、農業を通じて地域活性化を目指す様々な取り組みが行われている。地域特産物を強くアピールしたり、農産物のブランド化を図ったり、あるいは6次化で商品開発を進めたり。ふるさと納税においては、その地域でしかつくられていないような特産物は大きな魅力で、それを返礼品にすることで寄付金を集める上での大きな強みになっているようだ。

  しかし、人を強く惹きつける農産物がどの地域にもあるわけではない。うちには無いからと端から諦めている所もあるけれど、無ければつくればいいと奮闘している所もある。今回、村の特産物として高級ブランドいちごに取り組む徳島県佐那河内村を訪れ、新たに生まれた特産物について、その可能性を探った。(記事中の状況・数値は2021年8月現在)

新たなブランド“さくらももいちご”

化粧箱が平均1万円前後で販売される高級いちごを高齢化する村でつくる

 徳島県佐那河内村は、県中東部の山間に位置する県内唯一の村。周囲を山に囲まれていることから、昼夜の寒暖差が大きく、その気象条件を活かした柑橘類の生産が盛んで、特に徳島県の特産物であるすだちの一大産地として知られている。さらに村の特産物として注目されているのが、高級ブランドいちご“さくらももいちご”だ。味よし、見た目よしで、贈答用を中心に高い支持を集めている。

 ただそんな生産地でも高齢化は進む。現在の村の人口は約2300人、年々減少していく中、65歳以上の高齢化率は4割を超え、村と農業の未来には多くの課題がある。それを乗り越えていくための鍵の一つが“さくらももいちご”。その取り組みに地域の持続を探るため、“さくらももいちご”を生産するハウス苺部会部会長の栗坂政史さん(47歳)、副部会長の日下正人さん(44歳)、部会メンバーの松本祥幸さん(53歳)、中川昌典さん(48歳)、JA徳島市の中川俊樹さん(28歳)、佐那河内村産業環境課の佐河敦課長(58歳)、日下洋志課長補佐(47歳)に集まっていただき話を聞いた。

 佐那河内村でブランドいちごが誕生したのが1992年。当初は高級ブランドいちごとして、“ももいちご”の生産を行っていたが、棚持ちが悪いという欠点があり、新たなブランドとして別品種の“さくらももいちご”が開発され、2008年から生産をスタート。現在はほぼ全て“さくらももいちご”に生産移行し、村内にある22軒の農家によって生産されている。栽培面積は2.8ha、年間出荷量は約80t。関西を主として一部東京でも取り扱われており、贈答用として百貨店を中心に人気は高く、化粧箱(16〜28個入り)で平均1万円前後で販売される高級いちごになっている。

 「昨シーズンの初出荷時には、15万円の値段が付きました。高値ですが、消費者の方には十分満足していただける自信があります」と栗坂さん。初出荷にはプレミアも含まれているが、その値段でも食べたいとする人たちの存在はその価値の高さを示している。ふるさと納税の返礼品でもあり、村内の直売所でも購入できる。販売期間中の休日になれば県外から多くの人が訪れ、整理券を配って購入制限を掛ける状態となる。

前列左から栗坂さん、日下正人さん、後列左から佐河さん、日下洋志さん、松本さん、中川昌典さん、中川俊樹さん
化粧箱に詰められたさくらももいちご

よそでは珍しい摘花を採り入れ、実を大きくし、糖度を上げる

 「“さくらももいちご”は品種名ではなく、佐那河内村のブランドいちごとして商標登録された名称です。そのいちごの大きな魅力は、甘みはもちろんですが食べた後はさっぱりしていて後味が良いことです。また色艶も良く、大粒で形も良い。このあたりが消費者に評価されています」。

 出荷時には外観や糖度が厳しくチェックされる。糖度検査では、いちごの先端、真ん中、ヘタ元の3ヵ所の平均が12度以上で合格となり、その基準をクリアして初めて“さくらももいちご”と名乗ることができる。また、棚持ちが良くなったことで、他産地のいちごと比較して品質に対してのクレームが非常に少なくなり、市場関係者からは扱いやすい高級ブランドいちごとして定評がある。

 栽培は土耕で行われ、秋に定植を行い収穫時期は12月から5月初旬まで。栽培スケジュールは一般のいちごと変わらないが、大きく糖度を伸ばすために様々な工夫や労力が注がれている。その一つが摘花である。「従来ですと、仮に一株に20の花が付けば、そのままにして栽培を続け、実ったいちごを出荷します。しかしここでは厳選して摘花を行い、一株に半分以下の7〜8の花にします。いちご栽培で摘花をすることは今まであまりなかったようですが、このいちごの摘花に取り組み始めたのが佐那河内村です」。摘花することで、一株に実るいちごを少なくして、養分を集中させていちごを大きく甘く育てるというわけだが、「摘花したところで残した花が大きな実になるかどうかは賭けのようなものです。絶対に大きな実になるという保証はありません」。

 そのために土づくりや苗の手入れも欠かすことができない。いちご一粒に掛ける手間と時間は従来のいちご栽培と比較してはるかに掛かっている。「摘花に加え、いちごを大きく甘くする独自の技術が佐那河内村にはあります」。ただ、栽培が高度化すれば産地として統一性を持たせるため、農家ごとの品質を揃えることが重要になる。部会では勉強会を行い、また先輩からの技術的なノウハウの共有を積極的に進め、生産者が皆、高いレベルでいちご栽培ができるように取り組んでいる。「“さくらももいちご”と同じ品種を県内で栽培しているところもありますが、味が違います。佐那河内の生産者の努力と風土によって品質が違ってくるからです。これがブランド力になっています」。

選ばれた花から実ったいちご

危機を乗り越えて生まれたブランドいちご

みかんより収益性が高く、果樹栽培よりも軽労化が図れる品目として白羽

 高度経済成長期、食生活の向上に合わせて果物の需要が拡大したが、当時佐那河内村では時流に乗ってみかん栽培が盛んになり、産地として発展していった。「みかんが良かった頃は、村自体が大変豊かでした」と産業環境課の日下さんは当時の様子を教えてくれた。しかし、そこに大きな災難が訪れる。「1981年に異常寒波が襲来して大きな冷害が発生し、みかんの木が枯れてしまいました」と栗坂さん。さらに1984年には追い打ちをかけるように大雪に見舞われ、枝折れやハウスの倒壊などが相次ぎ、ほぼ全滅の状態。「その後に、またみかんの苗を植えるか、他のものを植えるか、地域の農業の大きな転換点になりました」。この頃になると、既にみかんの市場価格は低迷しており、みかんをそのまま続けても将来性を見いだせない状況でもあった。そこで村ではこれを契機にみかんからすだちへの転換を図ると共に、みかんより収益性が高く、果樹栽培よりも軽労化が図れる品目としていちごに着目した。

 果樹栽培に適した佐那河内村の環境は、いちご栽培にも適している。しかし本州の他産地と比較すると、四国からの出荷は物流面で不利が生じる。そこで取引のある大阪市中央卸売市場の卸会社からのアドバイスもあって、付加価値の高いブランドいちごの栽培に取り組み始めた。その中で摘花を取り入れ、高品質のいちごづくりを進めた。「摘花することで収量が減り、それだけ農家の収入が減るのではと当初は反発もありましたが、新たなブランドいちごを目指そうとまとまっていきました」。新しいことには不安もあるが、それを乗り越えようとする力があった。そして1992年には“ももいちご”が、2008年にはそれをブラッシュアップした“さくらももいちご”が誕生した。

 「今ではブランドいちごとしてある程度知られるようになった“さくらももいちご”ですが、最初からそうではありません。最初の“ももいちご”では、大阪で無料配布を行ったりして知名度を上げるための地道な活動を展開してきました。“さくらももいちご”に転換してからは東京への売り込みを開始して、有名百貨店の売り場で店頭販売を続けています」。高い品質に加えて、このようなプロモーション活動の積み重ねが、今のブランドいちごのポジションへと繋がっている。

 自然災害により当時主要農産物だったみかんが大打撃を受け、そこからすだちの産地化や新たな特産物である高級ブランドいちごに取り組んできたわけだが、その中で感じるのは地域のまとまりの良さだ。そこに村の強みがありそうだ。「村の中には常会と言う組織があり、住民の一体感を育んでいます」と佐河さん。常会とはいわゆる自治会に当たるもので、村内全ての集落にあり、毎月1回定例会が開かれ行政や農協、地域行事などの連絡事項を周知し地域の合意形成を行い、同じ地域に住む人同士の大事なコミュニケーションの場となっている。同じ地域に住んでいてもそれぞれが思い思いの方向を見ていたのでは、力は分散してしまう。危機に面したとき、同じ方向に足並みを揃えることが大きな力を生む。村には人が少ない。しかし大きな結束力がある。

丁寧な収穫作業が行われる

特産物がこれからも続く村のパワーに

高設栽培とスマート農業を取り入れ、平均年齢70歳で生産を維持

 近年“さくらももいちご”は市場の需要に対して供給量が充分に確保できていない状況が続く。大きな要因は高齢化や担い手不足による生産量の減少だ。現在生産者の平均年齢は70歳を過ぎている。その状態が続けば希少性は増すかもしれないが、「ブランドとしての存在感は落ちてしまいます」と危機感を募らせる。そのため「今まではいちごを栽培できる場所が無かったので、U・Iターンでの新規就農者を受け入れることが難しかったのですが、これからはリタイアした生産者の施設や農地があるので、新規就農しやすい環境づくりを進めています」。

 また、“さくらももいちご”のブランドと生産量を維持するためには、これ以外にもベテラン生産者の技術を受け継ぎ、軽労化の取り組みも必要になってくる。そこで村やJAなどの関係団体により、今年5月に“佐那河内村いちご栽培振興協議会”が設立された。協議会では、「担い手確保のために農業研修や定住など、就農までの流れをつくっていきます」。また、従来の土耕栽培から軽労化が図れる高設栽培で、同品質以上の“さくらももいちご”が生産できるかの実証試験をはじめている。「高設栽培とスマート農業を取り入れて、労力を軽減しハウス内の環境を数値化してマニュアル化することを進めます。それにより、新たな人が入ってきやすいようにしていくつもりです」。高値で取り引きできる農産物を生み出すことはできた。それをどうやって継続していくか、大きな課題に取り組む。

出荷前の厳しいチェック
出荷を待つさくらももいちご

1000年続く村の趨勢をさくらももいちごに託す

 佐那河内村は平安時代にその名が命名され、村として1000年の歴史を持つが、これから先も続いていくのか、その趨勢の一部は“さくらももいちご”が握っている。現状、高いブランド力を形成し、高い収益を生み出しているが、それを引き継いでいくことができなければ、地域としての持続力は保てない。このブランド力を今の生産者だけでなく、これからの生産者にも共有していく仕組み作りが求められる。今年Uターンで28歳の新規就農者が生まれた。それが一つの希望だ。

 “さくらももいちご”が利益の出る仕事をつくり、人を留め、地域のまとまりに貢献し、そして誇りにもなっているように感じた。また人を呼び込む力としても期待できる。美味しい農産物は地域の明日にも繋がる。

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