さぁ、一緒に働こう!農副連携でいろんな人が働ける場所に 取材先:奈良県高取町㈲ポニーの里ファーム

アグリソリューション

  今回はSDGsと農業。“持続可能でよりよい世界を目指す”取り組みの中で農業の果たす役割は様々あり、食料供給、環境保全の他に、雇用の場の提供として重要な役割を担っている。“誰一人取り残さない”という理念は、その一つとして“全ての人に雇用の場を平等に提供していこう”とする行いに形を変える。農業はこれを実践できる懐の深さがあり、また担い手確保が大きな課題となる生産現場においては、多様な人材を受け入れることは農業を持続する力になる。

  そこで農福連携を取り上げ、障がい者が働く現場から雇用を通した『サステナブル・アグリカルチャーへの挑戦』を考える。障がい者の働き手としての実力はどれほどのものなのか、事業として成立させていくためにはどうしたらいいのか、実際の取り組みからSDGsと農業の可能性を探る。(記事内の状況・数値は2021年7月現在)

農業の場でそれぞれの力を発揮

“障がい者も健常者も若者も高齢者も、皆が何かしらの役割があって、農の力で働ける場をつくる”

 奈良県中部に位置する高取町で、農福連携に取り組む㈲ポニーの里ファームを訪ねた。「1995年に有志が集まって、アニマルセラピーを目的とした障がい者向けの乗馬クラブを設立したのですが、それが元々の始まりです」。そう語るのは同社統括マネージャーの保科(ほしな)政秀さん(32歳)。設立の経緯や実際の取り組みについて聞いた。

 乗馬クラブは、2001年に福祉事業所としてNPO法人化し、“ポニーの里をつくろう会”となり、2006年には、障がい者雇用と耕作放棄地解消などの地域課題解決を目的として、同ファームが誕生した。同社の代表を務めるのは明見(あけみ)美代子さん(59歳)。元町役場の職員で、様々な担当部署を経験する中、農業や福祉が抱える課題解決のため、自らが行動に移した。同ファームの理念は“障がい者も健常者も若者も高齢者も、皆が何かしらの役割があって、農の力で働ける場をつくる”こと。

 現在ポニーの里ファームは、3haの栽培規模で、青ネギ、水稲、薬草を生産している。従業員は5名で、そこに就労訓練として10〜15名の障がいを持つ人たちが農作業や加工品の製造作業に携わっている。その中で主力となっているのが薬草栽培。高取町はかつて、配置薬を主とした製薬売薬業が盛んで、地域の主産業として発展したことから、“くすりの町”とも呼ばれている。それらを背景に、同ファームでは、漢方薬に利用される奈良県原産の大和当帰(やまととうき)に取り組み、2012年から本格的に栽培を開始した。翌年には奈良県が“漢方のメッカ推進プロジェクト”をスタートさせるなどの追い風もあり、今では大和当帰を中心とした薬草事業が一番の売上となっている。

 大和当帰は根の部分が薬になり、葉の部分はハーブとしてそのまま生で食べることができる。また、塩を合わせたハーブソルト、お茶、入浴剤などに加工することができ、同ファームで加工品の製造も行っている。生産された農産物は飲食店、直売所、個人客への直接販売が中心となるが、薬草には販売先に製薬会社が加わる。

障害者向けの乗馬クラブから始まった
主力農産物の大和当帰

作業によっては向き不向きがあり、如何に適材適所に配置するか 

 この事業において大きな力になっているのが障がいを持つ人たちだ。NPO法人ポニーの里をつくろう会では障がい者就労支援センター「ポルテの森」の運営も行っており、同ファームでは就労訓練として知的障がい、発達障がい、精神障がい、ひきこもりや生活困窮者といった様々な人たちに農作業を依頼している。障がいを持って働いている人の平均年齢は30歳前後で最年長が58歳、最年少は20歳だ。「障がいの度合いも様々ですし年齢も様々な人が私たちと一緒に働いています。私たちスタッフも一番上が65歳ですし、一番若いのが23歳です」。

 障がいのある人に依頼する仕事は、現場に出て草引きや施肥作業などに携わる農作業と、収穫物の選別や袋詰めなどを行う出荷作業、農産物の加工品をつくる製造作業があり、主に3つのグループに分かれる。「仕事には向き不向きがありますので、施設のスタッフと情報を共有しながら、個人の特性に合わせて仕事を分けています」。勤務は1日5時間で、個々の体調によっては勤務時間を短縮することも可能だ。また、繁忙期などには、勤務時間の延長を事前にお願いすることもある。

 農業には手作業の工程が多く、就労訓練として働く人々との相性は概ね良好だが、作業によっては向き不向きがあり、如何に適材適所に配置するかが、農福連携を進める上での鍵となる。「障がいの特性をスタッフ側がしっかり理解することが大切です。それと向き不向きがありますので、事前の体験もあります。作業内容だけでなく、作業中の人間関係についてもそこで確認できます」。また作業内容をしっかり見える化することも課題の一つとしてある。「それぞれの感覚で仕事をしていたのでは伝わりません」。言わないでも分かるだろう、暗黙の了解としてあるだろう、ではうまくいかない。同ファームでは、草引きにしても、育てている薬草と雑草の違いが分かるように、写真を見せて何回も確認したり、収穫物の仕分けをするにも、ラミネートに基準となる印刷をしておいて、それに合わせてもらう工夫を行っている。作業内容は具体的に細かく指示する。

 また、福祉の支援員にも作業内容を理解してもらう必要がある。「スタッフ側でも、それは何のためにしている仕事なのかを理解しておかなければ、利用者さんは自分が何をしているのかが分からなくなって、仕事がはかどらなくなります。安心して仕事に取り組んでもらうには、最初の段取りがすごく大切になります」。受け入れる側がしっかりとした体制を整えなければ農福連携は機能しない。これらの課題に対してどのように対処を進めていくか。農福連携を広めていくポイントになりそうだ。 

 保科さんは学生時代フィールドワークとして高取町に来たのが縁で、2014年にポニーの里ファームに入社した。農業や福祉に関して学んでいたわけでなく、全くの未経験。それ故に「言葉を選ばずに言ってしまえば、障がいを持った方達の生産性に関して期待していませんでした」。しかし一緒に働き始めると、障がいの特性によって、得意、不得意はあるものの、作業によっては一般の人よりも速かったり、丁寧だったり、集中して取り組んでいることを肌で感じた。「障がいを持つ彼ら彼女らの能力に対して、何も知らずに無知でした。今思うと恥ずかしい話です」。障がい者が働く事に対して、保科さんが最初に抱いていた先入観は、多くの人が抱く正直な思いと恐らく等しい。先ずは正しく知ること。それが農福連携の第一歩であり、それを踏まえた対策を講じれば、大きな力を発揮する。

保科政秀さん
障がい者就労支援センター「ポルテの森」

働くことが自信と誇りに

ファームでの経験を通して、挑戦したいという気持ちになることが大切

 障がい者が農業に携わる内に、「最初は指示がないと動けなかった方が、しだいに自分で仕事を探して動けるようになったり、ルーティンの仕事であれば、自らの判断で仕事ができるようになってきます」。中には「手先が非常に器用で集中力もあり、農作業でも加工でも大変活躍してくれる方がいます。会話はぎこちないのですが、自分の想いをしっかりと持ち、自分が取り組んでいることを理解し、誇りを持って仕事に携わっています」。個々の特性に配慮する必要はあるが、大きなポテンシャルがあり、同ファームの働き手として欠かせない力になっている。「彼ら彼女らがいないと、仕事が回らないと思う事がたくさんあります」。

 また仕事を通して、働く喜びや自信が芽生え表情も明るくなってくる。さらに、ここでの経験を糧にして、就労訓練から就職へと次のステップを目指す人もいる。障がいによっては就職までに長い時間が掛かったり困難な場合もあるが、「精神障がいの方は仕事ができるようになり、他者とのコミュニケーションが多少でもとれるようになると、就職先の環境次第ですが、就職できるケースが多くあります」。ただ様々なパターンがあり、そのため就労訓練としてここで働く期間の制約は設けられておらず、本人が希望すれば、継続して仕事をすることができる。長い人だと10年近く働いている人もいる。「就労訓練を受けて就職される比率は決して高くはありませんが、自立していく人もいることは事実で、ここでの経験を通して、自信が付き、様々なことに挑戦してみたいという気持ちになってくれることに大きな意義があります」。

出荷作業の様子
加工品の製造作業

SDGsでサステナブル・アグリカルチャー

6次産業化にも積極的に取り組み、新商品の開発を進める

 SDGsに基づいた“全ての人に雇用の場を平等に提供していこう”とする流れにおいて、農業が大きな役割を果たしていけると、農福連携の現場から実感できた。農業にとっては働く力を得ることになり、障がい者にとっては生きる力にも繋がっている。どちらかが負担を強いられるわけではなく、未来に続く関係だ。その上で成長を目指し、持続性を確かなものとするためには、収益性の向上も求められる。それが工賃の上昇ともなればさらに意欲が増す。

 そのための取り組みとして、「薬草事業の中でも特に薬木などの苗木生産に力を入れ、伸ばしています」。薬木の中でもミカン科の落葉広葉樹であるキハダの苗木を生産している。その樹皮は和漢薬の胃腸薬として古くからある“陀羅尼助”の主原料に使われる。県内でキハダの植林を進めている地域もあり、今後の需要に期待が持てる。「苗木の生産には細かい作業が多く、私たちの事業とも相性が合います」。

 6次産業化にも積極的に取り組み、新商品の開発を進めている。「その一つとして3月にクラフトコーラを出しました」。クラフトコーラとはスパイスやハーブ、かんきつ系オイルなどでつくった飲み物のことで、同地では陀羅尼助をモチーフにキハダを原料にしたコーラを製造し、売れ行きも好調のようだ。また、キハダの未利用部位で木工品をつくっている他の障がい者施設と連携し、食器類を商品化している。「加工品が増えると就労訓練の仕事が増えるので、商品開発をしっかり行っていきたい」。さらに、薬草を使ったワークショップなども開催している。

ハーブソルト
キハダで作られた食器

より持続性を持つレジリエントな農業となるために収益の上がる農福連携に

 また営業に関しては保科さんが中心となって行っているが、障がい者の家族からも売り先の情報や紹介があり、新たな販路に繋がっている。「親御さんが知り合いに会うとき、商品を持参し紹介してくれます。自分の子供が商品をつくったと、本当に喜んでいただいています」。

 農福連携はSDGsに貢献する取り組みであり、また農業の持続性を図る上でも貴重な労働力の供給となり有効だ。この地の取り組みでは、親御さんの喜びを含めて広く関係者にメリットがあり『サステナブル・アグリカルチャー』の実現に貢献する。

 ただ取り組みにはまだ先があり、より持続性を持つレジリエントな農業となるためには、もう一つ上のステージがある。「今就労訓練として仕事に携わってもらい工賃を支払っていますが、それをさらに進め、きっちり収益を上げ、事業を回し雇用していければと思っています。それが最終的な目標であり、夢です」。その夢をぜひ現実のものとしていただきたい。その道に“誰一人取り残さない、よりよい世界”が続いている。

農福連携が“誰一人取り残さない、よりよい世界”につづく道に
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