持続的畜産経営の道を探る 粗飼料自給で持続可能な酪農経営へ 取材先:岐阜県坂祝町 臼田牧舎㈱

アグリソリューション

  続けることは難しい。ただ一瞬なら何とかできることでも続けるとなると話しは別だ。マラソンだって、商売だって、健康習慣だって、つかの間良い状態となっても、準備や仕組み、覚悟ができていないと続かない。農業だって同じ事だ。ほんの一時ならば何とかなるが、明日も明後日も営み続けることに難しさがある。頑張って三歩進んでも、その負担が四歩の後退を招くのなら先は見えている。

  負荷がマイナスを招かないようにしなければならない。その一つの方法が循環だ。サイクルがマイナスをプラスに転換していく。今、畜産業は非常に厳しい状況にあり、その中で持続的な経営が強く求められている。今回、粗飼料を自給している生産者を訪ね、循環サイクルによる、これからも続く酪農の形を探る。(記事中の状況・数値は2020年12月現在)

酪農経営を続けるための土づくり

50軒あった酪農家も今では1軒だけ

 岐阜県中南部に位置するのが坂祝町。地域ではトマトやセントポーリア等の花き栽培が行われているが、同地では自動車産業が盛んで、就業者人口の半数以上がその関連に勤め、製造業が町の基盤産業となっている。「人口8000人程の町ですが、今ここで酪農をしているのは私達を入れて2軒だけです。以前は5頭程の乳牛を飼っている酪農家が50軒程ありました」。こう語るのは、今回お訪ねした臼田牧舎の代表である臼田邦宏さん(55歳)。場長の高木孝さん(51歳)にも同席いただき、話を聞いた。現在、臼田牧舎は乳牛を中心に肉牛も取り入れた複合経営を行っている。乳用牛のホルスタインが約70頭。約60頭から搾乳し、1日当たり1.8〜2tの生乳を生産している。肉用牛の和牛は繁殖用の雌牛が22頭で、子牛と育成牛を約50頭飼養。生まれてから9ヵ月ほどで市場に出荷している。売り上げ構成比率は乳用と肉用で2対1。労働力は従業員6名とアルバイトが3名。飼料としては堆肥を還元してイタリアンライグラスを18haで栽培し、粗飼料のほとんどをそこから調達している。

 「私の祖父が、戦後に1頭の牛を飼い始めたのが臼田牧舎のスタートです。昭和30年代がこの地域の酪農の黎明期で、1〜2頭の牛を手絞りでバケツに受けて、それを集めて出荷していました」。その後、臼田さんの父親の代になると、当時の酪農振興政策もあって、20頭程の牛舎を建てたり、地域で組合が設立されるなど、酪農家の数もピーク時には50軒と増えてきた。その後、糞尿処理が問題となり、パイプライン搾乳などの設備投資が求められるようになって、後継者が不足し、昭和40年代後半から酪農家が減少し始める。続けることは難しい。その中、昭和55年、今後も専業で酪農をするためにと、地域の酪農家4戸で農事組合法人坂祝酪農団地組合を設立。団地化で牛舎2棟を整備して、新たな場所で酪農を開始した。しかし、昭和から平成へと時代が移りゆく中で「4軒の内3軒が離農して、私達だけが残りました」。臼田さんは牛舎を引き継ぎ、平成27年に臼田牧舎を設立して、今までの家族経営から法人経営に舵を切った。

臼田さん(左)と高木さん
イタリアンライグラスの自給粗飼料

ラップサイレージで粗飼料を自給し、地域農業を持続する

 臼田さんが就農したのは29歳の時。「大学卒業後は海外に行きたいと思っていましたので、継ぐことは考えていませんでした。米国で2年間酪農研修を受けましたが、帰国後就農することなく、一般企業に就職しました」。しかし農業への想いが次第に心の中にわいてきた。「父親の背中と、米国で目にしたプライドを持った職業人としての農家が重なり、農業は魅力ある仕事だと気がつきました」。また、共に米国研修を受けた友人の農業に対する夢を聞き、「有り難いことに、自分には後を継ぐという選択肢があることに気づかされました」。

 そしていざ就農へ、そこには農業を続けるための想いや工夫があった。臼田牧舎では、長年に亘って飼料を栽培しそれを給餌していたが、就農前の臼田さんは父親に、「餌なんか買った方が安いし、手間もかからないよと言っていました」。当時は円高で、輸入乾牧草の価格が安く、しかも電話一本で運んできていた。父親は「“そうか”と答えていましたが内心怒っていたと思います。でも父は飼料づくりを止めませんでした。生まれ育った地元の農地を守りたいという気持ちがあったからだと思います」。中に入ってみるとものの見方が変わる。父親の心中には地域農業を持続させたいという想いがあり、その取り組みの一つが自給飼料の栽培だった。

 その想いと共に、その頃導入したラップサイレージ体系が自給飼料づくりを継続する力になった。「それまでは、乾牧草をつくる機械がありましたが、湿ってしまってカビが生えて給餌できないことがありました。乾燥しなくても発酵飼料をつくる事が可能になりました」。また飼料づくりは糞尿を受け入れる場所としても大きな力となっていた。地域農業への想い、手間やロスを削減する新技術、時代の要請に応える取り組み、それらが飼料づくりとして結実し、「先代が続けてきたことが素地になって今があります」。資源循環型を基本にしてきたからこそ、今もしっかりと続く酪農経営となっている。

ラップサイレージ体系が自給飼料づくりを継続する力に

飼養牛の堆肥を使って土をつくり、粗飼料生産

 臼田牧舎では、イタリアンライグラスを栽培し適期の収穫、調製のため、早生と中生の品種を4対6の割合で作付けしている。「イタリアンライグラスの播種は、早生と中生と品種を分けて、10月中に終えます。順番に適期に刈って、一番栄養価と嗜好性が高い時期に調製できるように播種をしています」。早生はゴールデンウィークを目安に、1ヵ月ほど掛けて刈り取りを行う。6月からは2番草の刈り取りが始まり、夏の暑い時期から3番草、4番草と続き、刈り終わりは9月になる。調製作業では、10a当たり100〜120㎏のロールベールサイレージを平均10個生産する。「10a当たり1t強の収穫を得ようとするとそれなりの施肥量が必要になります。それを私達は飼っている牛からの堆肥を使って循環させています。一番良い状態で収量を得ようと思うと、草地の更新をしっかりとして施肥管理を行い、適期に播種することです。粗飼料づくりは土づくりです。牛を飼う上で一番大切なのは粗飼料だとも思っていますので、つまり牛づくりは土づくりです」。

 出来上がった粗飼料は、TMRミキサーを使い購入した濃厚飼料と混合して牛に給餌する。ロールベールサイレージは1日に5〜6個使用する。「乳用牛に与える粗飼料と濃厚飼料の比率は、6対4から5.5対4.5です。肉用牛の親に関しては、給餌のほとんどが粗飼料です」。自家栽培のイタリアンライグラスで粗飼料は全て賄っている。

TMRミキサー
資源循環に欠かせないマニアスプレッダ

地域で酪農を持続するための次なる展開

自己完結型の資源循環型農業へ

 耕種農家と連携しての稲WCSや飼料用米に取り組む地域もあるが、「この辺りは専業で農業を営む地域ではありません。水稲農家と連携するにも、連携する相手がいなくなってきているのが実状です」。今後の取り組みとして連携の可能性はあるとしながらも、実際は「どこまで自分たちでできるかが重要になってきます。この状況は、先の話では無く、来年、再来年どうするかの問題です」と切実だ。

 この地でも農家の高齢化は進み、臼田牧舎に圃場の面倒を見てもらえないかという要請は増えそうだ。「どんどん環境は変化しています。地域の変化の中、情勢が変化する中で、その時々に何ができるかと、地域農業を維持するためにも臨機応変に考えていかなければと思っています」。そのベースとなっているのが、自己完結型の資源循環型農業だ。「規模が拡大すれば、作業を細分化してそれぞれに特化した方が楽です。飼料をつくらず購入して365日牛だけの世話をしている方が楽です」。しかし、地域の事情がそれを許さない。

 「北海道や酪農が盛んな所では、コントラクターや機械を揃えた圃場専門の組織があります。しかしここでは、私達が百姓として、100の仕事をどこまでできるか、自力でどこまでできるかが現実的です」。乳牛1頭当たり、1日約30㎏の生乳を生産するが、そのためには乾物で30㎏以上の餌を食べさせる必要がある。そして、排泄物は60㎏以上になる。「60㎏以上の堆肥を自分たちの力でどう処理するかとなると、これからも資源循環型農業による自給飼料生産に行き着きます」。そこで今後の事業展開の一つとして、「社内に専門の耕作部門を作った方が良いのではないかと考えています」。

餌寄せロボットで効率よい給餌
清潔に洗浄されたミルカー

乳量や繁殖状況をデータ化し、従業員間で共有して生産性向上へ

 その上で、自分たちの力で続ける工夫として、より効率の良い自給粗飼料生産の仕組みが必要だと考え、一昨年よりGIS(地理情報)システムを導入した。点在する飼料圃場で複数の従業員が作業を行う中、作業計画や進捗状況の共有化を図ることができ、次年度以降の作業計画立案等にも活かせる。「今まで手書きでやってきたことを、地図情報に落とし込む作業を始めています」。データが蓄積されていくことで、圃場の管理や作付けの工程管理が最適化されていく。

 「単に堆肥を投入するだけでは、バランスの良い圃場にすることはできません。データを蓄積して分析することで、1反当たりの施肥量を適正値にし、バランスの良い土づくりができ、質の良い自給飼料にすることが可能となります」。また、酪農部門では、ファームコンピュータを用いて乳量や繁殖状況をデータ化し、従業員間で共有して生産性向上に活かしている。「データを活用して、問題点を把握し、そこからアクションに移していかなければなりません。個々の仕事ではなく、チームで仕事をするというふうに意識を変えていかないと生産性は上がっていきません」。そのトライアルが今、始まっている。

生まれて間もない和牛の子牛

雇用環境を整え、次世代の育成の場に

 臼田さんが家族経営から法人化するにあたり考えたことが、農業を雇用の場にしていくことだった。「後継者不足と言っても、ここで働きたいと希望してくれる若い人達がいます。その声に刺激されて、働く場として続けられるように、雇用環境を整えました」。就業規則をつくり社会保険制度や退職金制度を導入。「従業員の立場に立って、働く環境を整備することは非常に重要です。ルールと共に従業員の権利も明確化しました」。労働環境をしっかり整えることが、人材力を向上させ、経営を持続していく大きな力となる。「酪農がしたい、地元で働きたい。そんなやる気のある人に声を掛けています」。その一人が場長の高木さんだ。「元々動物が好きで、大学で畜産を専攻していたのですが、自分で牛を飼うとなると多額の資金が必要となります。これは無理だなと思って諦めて別の仕事をしていましたが、声を掛けてもらいました。とてもうれしかったです」。

 臼田さんの元には、酪農の次世代となる20〜30代の若い従業員が働き、搾乳を行い、子牛を育て、畑で飼料を栽培している。資源循環型の「畜産には様々な知識が必要です」。ここで仕事をすることがこれからも持続していく畜産を学ぶことに繋がり、成長する機会となっている。「働いているスタッフには酪農の事業ができ、また農業をプランニングしてプロデュースできる人になってもらいたい」。牛づくりが人づくりにも繋がっている。日本の畜産を持続させる循環だと思えた。

資源循環型の畜産で日本の酪農を持続させる
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