水田アップデート 田圃でお米とレタスととうもろこしをつくる“水田3倍活用法 取材先:静岡県森町 緑葉 KMファーム

アグリソリューション

  今回のテーマは“水田のアップデート”。アップデートという言葉には、古い物を新しくして、より快適に、より便利にする、というようなニュアンスがあって、実行すれば面倒がなくなって楽になるなんて感じだと思うのだが、今回のアップデートはちょっと違う。眠れる可能性を見いだしてパワーを高めるというものだけど、これ、楽して儲けようという話ではないのでご覚悟を。

  農業全般そうだが、様々な敵に囲まれている。新型コロナウイルスによる活動制限で米価が下落し、異常気象が生育環境を脅かし、ライバルの産地も数多ある。その中で不安定化している稲作経営を如何に安定させるかが農業持続の鍵。水田の収益力を高める取り組みが各地で行われているが、野菜作を取り入れている産地を取材し、水田経営の可能性を探った。(記事内の数値・状況は2022年8月現在)

水田で野菜をつくって収益力を上げる

 静岡県周智郡森町で実践されているのが水田3倍活用。水田でお米をつくると共に“レタス”と“とうもろこし”をつくって水田の収益力を上げていこうというもの。「他の地域ではお米しかつくっていない所も多く、そういう所からはちょっと働き過ぎじゃないのかと思われていて、森町の生産者は一年中田んぼにいるって言われます」。そう話すのは森町で農業を営む森一弥さん(62歳)。

 緑葉 KMファームの代表で、水稲7ha、レタス1.8ha、とうもろこし3haを手がけ、それに加えて柿、サツマイモの栽培も行っている。労働力は従業員2名と4人ほどのパートさん。就農は17年ほど前で、他の地域からのIターン。意欲的に農業を展開しJA遠州中央のレタス部会の部会長も務めている。

 森町は静岡県西部の遠州と呼ばれる地域にあって、3方を小高い山に囲まれているが、その内側は比較的平坦で、町を流れる太田川から水を得て、水田が広がる。「3反歩の圃場が多くて、土壌は粘土質です」。そこでコシヒカリときぬむすめを生産している。収穫したお米は同ファームが運営する直売所で販売し、一部は農協出荷を行っている。「評判はよくて、販売量も伸びています。最近は6月には品切れになってしまいます」。特別の栽培方法を実践しているというものではなく、この地で穫れた一般的なお米として販売しているが、独自ルートを確保することで市況に左右されない安定収益となっている。

 地域では生産者の高齢化が進展し、担い手に田圃をあずけるということも多く、同ファームの経営面積も拡大の傾向にある。「今年も増えましたし、来年も1町ほど増える予定です」。ここまででも、規模拡大と独自販路を確立する意欲的な稲作経営なのだが、この地ではこれにまず、レタス栽培が加わる。

森さん(直売所の前で)
広々とした水田地帯

冬場のレタスとして高いブランド力を確立

2L、Lクラスを冬に作る高い技術力

 「お米の収穫はお盆過ぎから始まって、9月15日ぐらいまでには終えます。その後レタスの準備に入ります」。田圃を乾かし、2m幅の平畝をたて、マルチを張り10月から移植機による定植を行う。1畝に4条の千鳥植え。「水田でレタスを作るためには排水対策などの下準備が大切です。暗渠や溝を掘って排水対策を行い、お米の栽培でも早めに水を切って、田んぼを乾かすようにしています」。

 現在レタス部会には61人が所属し、栽培規模は70ha。部会設立から60年を超え、地域農業の大きな柱になっている。「最初に水田の収益力を上げようと導入された方がいて、土と気候が良かったんでしょうね、反収も良くて、それで地域に広まっていったそうです」。

 また、ただ生産しているのではなく、品質が極めて高い。味は“柔らかく、甘くて、肉厚”という評価で、「私たちは2L、Lクラスを中心に出荷していますが、冬に収穫を迎えるレタスで、この大きさのものをつくれる産地はなかなかありません。冬場のレタスづくりの技術としては日本一だと思っています」。栽培でこだわっているのは味。収穫のタイミングが重要で、若採りを心掛け、鮮度を長持ちさせて、シャキシャキの食感が大切にされている。JAでの共販で、殆どが関東に出荷され、その時期のレタスとしては「東京で一流と言われている所では、遠州中央のレタスを使っていただいているのではないでしょうか」。高いブランド力を確立している。

高品質の「うまレタ。」
レタスが育つ水田

「うまレタ。」ブランドで存在感を高める

 冬場に大きくて品質の高いレタスをつくるため、現場では様々な工夫が行われ、耕畜連携による堆肥の施用もその一つ。畜産農家から出てくる糞尿を堆肥にし、田圃に散布。稲わらを畜産農家に提供している。堆肥の質も高く、優秀堆肥として賞も受けている。さらに特徴的なのはトンネル栽培。「寒くなってきたらトンネルの支柱をたて、12月ぐらいからビニールをかぶせます」。その時期になると地域では、ビニールに光が反射し、“銀の波”と呼ばれる光景が広がる。

 それでも産地の高齢化は進んでいる。部会員は以前、150名もいたが高齢化で減少。ライバルとなる産地が量で押してくる中で、量的な存在感を高めるために、静岡県内でレタスをつくっている6農協が集まって、静岡レタスを“うまレタ。”というブランドに統一して出荷を行っている。

 栽培の大敵は天候。「雨が続けば田んぼが乾かず、畝たて、定植が進まなかったりします。また定植後でも台風がきて、全滅するようなこともありました。雨にはかないません」。生産のピークは12月から2月にかけて。収穫の終わった圃場では、1月下旬からとうもろこしの播種が始まる。

とうもろこしの直売場に行列ができる

冬場に発芽するトンネルを利用したとうもろこし栽培

 とうもろこしは普通4月以降に植えるが「ここではレタス栽培で使ったマルチ、トンネルをそのまま流用することで、冬場の発芽を可能にしています」。レタスを収穫するときに、トンネルのビニールをめくって収穫し、その後に播種をして、ビニールを再びかぶせトンネルの中で育てる。そして背丈が伸びてきたらトンネルを取り除くという方法。地域ではこの体系が定着している。

 主に栽培されているのは甘々娘と甘太郎。実が柔らかくて高い糖度を持つのが特徴。生でも食べることができ、“森のとうもろこし”として人気の特産物。市場出荷ではなく、生産者それぞれが、ファーマーズマーケットなどで直売している。収穫時期は5月下旬から7月中旬。森さんの所では「今年はお米の作業が増えて、販売が1週間遅れましたが、天候が良くて成長が進み、7月上旬にはほぼ終わりました」と、慌ただしく収穫の時期を過ごした。

お米と一緒にとうもろこしが栽培されている
黄色い実が「甘太郎」、白い実が「雪の妖精」

夜中の3時から人が並ぶ地域特産物に

 とうもろこしの販売が始まると各直売所では開店前から人が並ぶほど。「50人も並んでいますよ」。森町ではこの時期、朝採りの甘いとうもろこしが農家の直売所に並ぶことが広く知れ渡るようになり、多くの人が訪れるようになった。それに合わせて水田にとうもろこしを導入する生産者が増え、「自分がやり始めたときからでも倍以上の人数になりました」。

 森さんの所でも収穫シーズンになると朝から人が並ぶ。「夜中の3時ぐらいから並ぶ人もいますし、周辺だけでなく東京、千葉からも買いに来られます。直売所の前の道路に車が並んで渋滞になり、駐車場の確保も大変ですから、今は予約制にしています」。とうもろこしに関しては部会がなく、それぞれの生産者が消費者と向き合っている。

直売所 シーズンになるととうもろこしを求めて多くの人が訪れる

“雪の妖精”など特徴的な品種で独自性

 森さんは甘々娘、甘太郎に加え雪の妖精という品種も栽培している。白い実が印象的で粒はふっくらと張りがあり、強い甘みが特徴。産地の知名度だけに頼らず、消費者の選択が得られるような独自性を出している。しかし栽培には苦労も多い。「他の品種と交配すると実が黄色くなってしまうので、少し離れた所で栽培しなければなりません」。条件の良い所は栽培が集中し、そこから離れるとなると「動物の被害もあって大変です」。

 とうもろこし栽培全体のこだわりは甘さ。そのため追い肥は3回ほど行うが、昨今の国際情勢から肥料の調達が厳しい状況でもある。これまでの所はJAなどの在庫などで対応できているが、状況が長引けば、先行きはより不透明になる。

 管理作業で気を使う所は虫。収穫時期は気温が上がり、雨の季節となり、農産物を脅かす物は多い。虫だけでなく、「雨が多い時期ですから、適期に収穫しないと腐ります。また暑過ぎるとしなびたりしますから、その時は田んぼに水を入れます。そこが水田で作る良さですね」。

 手間暇かかるとうもろこしだが、そこから得られる売上げは同ファーム全体の6割以上を占めるまでになっており、それだけの価値はあると言えそうだ。森さんは休耕田を借りてレタス、とうもろこしを作っているがとうもろこしの収穫が終われば、田圃をかえし、そこには飼料用の稲が植えられていく。そのようにして水田では1年を通して作物が栽培される。

山手にある雪の妖精の圃場
雪の妖精を収穫する

自然と闘い、力を尽くす

積極的な事業展開の中で利益と負荷のバランスを

 課題もある。年中とにかく忙しい。「明日何をすれば良いのか、その次の日は何をすれば良いのか、自分がするべきこと、従業員にお願いすること、天気を見ながら、毎日考えています」。

 レタスの収穫時期は午前中に収穫して、午後から調製と商品のラップ巻きをして、夕方から出荷します」。レタスの収穫は3月中旬に終わるがそれとクロスしてとうもろこしの播種が4月まで続き、その後、稲を植え、森さんは5月からサツマイモの定植も行う。5月下旬からはとうもろこしの収穫が始まる。甘さを追求するため、朝採りが実施され、「収穫は夜中の2時くらいから始まって、5時半くらいまで。その後作業場に持ってきて作物を綺麗にし、選別して袋詰めを行い、7時半から8時くらいには直売所の店頭に並べ販売を始めます」。それがシーズンの間続く。また年間を通して作物を生産し続ければ、それだけ天候リスクに晒される時間も長くなる。その対応にも追われる。

 いつまで続けることができるのだろうか。非常に体力のいる営農を展開しながら年齢を重ねる中で、森さんにとっても大きな課題だ。「後継者がいればいいけれど、いない所は従業員と力をあわせながら取り組んでいくしかないね」。森さんには大学生の息子さんがいるが今の所同じ道に進むというわけではないようだ。

 その中で機械力は助けになる。直進アシストの田植機を導入し、とうもろこしの消毒にドローンが活用できないかとも考えている。「ジメジメとした暑い時期に、とうもろこしが密集している中に入っていくと気分が悪くなります。本当につらい作業でそれがドローンでできれば嬉しい」。

 また作業負荷を如何に低減するかという問題に加えて、コストの問題もある。積極的な営農に比例して費用もかさむ。機械装備は稲作用、野菜作用と必要になり、レタスをラップ包装する機械も備えなければならない。またトンネルやマルチ、農薬、肥料などの資材費も多くなるし、直売所の運営費も必要になる。その中でレタスの資材を使ってとうもろこしをつくるという工夫もある。

 積極的な事業展開の中で利益と負荷のバランスをうまく取らなければ持続性を失う。この地の農業は水田を利用してブランド農産物をつくり、消費者が行列をつくる農産物を直売所で売るなど、前へと進む大きな力があり、その歩みは農業の明日へと繋がっているように感じた。

生産者の意欲が水田の潜在力を引き出す

 日本農業にとって最大のインフラである水田にはこれだけの付加価値を産む力がある。稲作の収益力が不安定化する中で、それらに期待する所は大きい。ただそれを引き出すためには地域生産者の意欲が必要となる。この地では、伝統的にそれがあって“それが農業”だとしていたが、それでも生産者の高齢化は進展しており、この意欲を継続するための仕組みが必要になる。

 森さんはもともと食に興味があり、調理師免許も持ち、建設業から農業の世界へ踏み込んだ。当初は初期投資もかかり、栽培に関する知識もなく、苦労することが多かったが、今、部会長となりその経験が人を育てることに向かう。地域では、新規就農者が入りやすいように古い資機材を提供するような態勢も整えられている。また森さんの想いとしては農家レストランを開きたいというものもある。夢のある農業の形で農業の魅力が伝えられるなら、その意欲が引き継がれていくことになるかもしれない。

 稲作経営のこれからを模索する中で、農業持続に立ち塞がる壁を打ち破る一つの形をこの地に見た。それは水田を頼りにして、自然と闘い、智恵と工夫を重ね、持てる力を尽くす農業だった。

レタスにトンネルをかけ、“銀の波”と呼ばれる光景が広がる
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