フランスの伝統のあるワイナリーではブドウ畑を所有し、ブドウ栽培、醸造、直売の一貫体制を敷いている。それ故、ブドウが育ったその土地でしかできない味わい“テロワール”を醸し出し、人々を魅了する。同じ醸造酒である日本酒造りも、元々は6次産業として地域に根ざしてきた。
農業を成長産業にするとして、各地で様々な取り組みが実施されている。6次産業化の取り組みもその一つで、ものづくりの原点に立ち帰る挑戦も行われている。そこから、新しい価値が生まれ新たな道が広がるかもしれない。伝統を守りながら、6次産業に取り組み、質の転換を図る酒蔵の5代目女性当主の挑戦を追う。(記事内の状況・数値は2018年10月現在)
米作りからの一貫体制を目指す酒蔵
無農薬有機栽培の酒米にこだわり、酒造会社が農業法人を立ち上げた
日本酒の国内出荷量は、1970年代前半の170万kL超をピークに年々減少。他のアルコール飲料との競合などにより、近年では60万kLを割り込む水準まで減少している。一方、日本酒全体の出荷量が減少傾向で推移する中で、純米吟醸酒、純米酒の出荷量は増加傾向で推移している。消費者の志向が量から質へと変化してきていることが読み取れる。この様な日本酒の市場環境の中で、米と米麹、水だけで造る純米酒のみを仕込む純米蔵に転換し、酒造りの原点に立ち帰る酒蔵がある。京都府亀岡市にある、明治15年創業の丹山酒造だ。蔵の入口にある、“酒造りは米作りから 米作りは土壌から”と染め上げられた暖簾が来る人を出迎える。「納得いく酒造りをするには、納得いく米作りをしたい」と、丹山酒造5代目当主で女性社長の長谷川渚さん。現状とこれからを伺った。
丹山酒造が居を構える亀岡市は、嵐山を流れる保津川(桂川)の上流に位置し、安土桃山時代に明智光秀が丹波亀山城を築き、城下町として発展した。周辺の農村では稲作が盛んに行われた。これを原料に、江戸時代から酒造りが行われている。この地は、晩秋から早春にかけて深い霧が発生することから“霧の都亀岡”とも言われる。この霧が農産物の恵みとなり、隣接する京都市や大阪府への農産物の供給地として、米や京野菜の多くが生産されている。
130年を超える酒蔵の次女として生まれた長谷川さん。高校卒業後発酵学を学び、10年間の杜氏見習いの後、全国でも数少ない女性杜氏として蔵に入り酒造りに専念した。「より良いものを造りたい」。その想いから、日本酒本来の米と米麹、そして創業時から絶える事が無い、蔵の井戸水だけで酒造りを行う純米蔵への転換を図った。「地元の米と地元の水で造るのが本来の地酒。酒造りの原点を見直すと必然的にお米が一番大事」。さらに良質の純米酒を造るために、無農薬有機栽培の酒米にこだわった。そこで、長く酒米の栽培を委託していた農家に無農薬有機栽培への転換を相談。しかし、無農薬ではムリとあっさり断られてしまった。それでは自分たちで酒米の栽培をしようと、3年前にメイドインキョウトという農業法人を立ち上げた。しかし、農業に関しては全くの素人集団。「うまくいくわけないですよね」と振り返る。
米作りに悪戦苦闘する中、人を介して米作りのプロであり、現在農業法人メイドインキョウトの取締役を務める中澤和之さんが酒米作りに参加した。「お手伝い程度の、ほんの軽い気持ちで参加しました」。しかし、酒米の山田錦の栽培は未経験、しかも無農薬での栽培。この高いハードルは中澤さんのプライドをかき立てた。雑草対策として糠を撒くなど試行錯誤しながら、この地に合った山田錦の栽培を模索した。現在の圃場は約5ha。この秋20tの山田錦の収穫を予定している。さらに、来年は7haまで圃場が広がる予定だ。
お米がもたらす次の展開
「お米の持っているパワーや可能性を最大限活かしていきたい」
「20tの収穫で、純米大吟醸酒と純米吟醸酒は自前の山田錦でまかなえます。15haまで圃場が広がれば、全てのお酒に自分達のお米が使えます」。もろみ造りの掛米には、酒米以外の米が使用されることもあるが、丹山酒造では掛米もこの山田錦が使われている。「さらに付加価値と信用を高め、企業的な視線で農業に携わり、6次産業化を確立していきたい」。現在は3名で米作を行っているが、15haまで圃場が広がれば人手も必要となってくる。「農業を志す若者がいれば、会社が雇用して農業のプロとして技術を伝え育成していきたいですね」と、中澤さんは話す。
現在丹山酒造は、蔵での販売をはじめ、京都市内に直営店舗が2店舗、丹山酒造のお酒を取り扱っている商業施設が2箇所ある。どの店舗でも試飲が可能で、消費者は自分の好みに合わせて購入することができる。また、常設店舗だけでなく、全国の百貨店で開催される物産展等に積極的に参加して対面販売を行っている。「物産展の期間は1週間、次回は1年後。だからこそ一期一会の気持ちでお客様と接し、良いお酒をお届けしたい」。酒造りだけでなく、米作りのストーリーも語ることができ、消費者の信頼と高い付加価値を得ることができる。
また、純米蔵として本来の純米酒造りにこだわりながら、もう一方では消費者ニーズに対応した純米酒をベースとした商品開発を進めている。日本酒の苦手な方や、日本酒の初心者でも気軽に飲める低アルコールや微発泡の純米酒を開発。ボトルやパッケージラベルのデザインも従来の日本酒のイメージと異なった、女性ならではの繊細でおしゃれなものになっている。また、昨今注目されている甘酒も展開。「山田錦と麹だけで造った甘酒は甘さが違う。後味が良く美味しい」と評判だ。「お米の持っているパワーや可能性を最大限活かしていきたい」。長谷川さんは酒米を使ったお酒以外の商品開発も視野に入れている。
和食ブームが世界に広まり、日本酒も海外で注目されている。海外輸出に活路を見出す酒蔵も少なくない。丹山酒造でも輸出はしているがその額は全体の2〜3%程。長谷川さんは、「多くの外国人観光客にもお酒を買っていただいています。海外輸出も魅力的な市場ですが、先ずは京都の地酒として足元をしっかり固めたい」としながら、「蔵を継いだ時、今までの慣習がわからず卸問屋を通さず直接販売を始めました。このことが契機で今の直営店舗開設に繋がりました。今までと同じでは新しいことは何も始まらない。次の時代を見据えていきたい」として、今後の動向が注目される。
「おいしいね」と言ってもらうために
“酒造りは米作りから 米作りは土壌から”
中澤さんは、「自分が育てた山田錦の純米酒を飲んだお客様の口元が、おもわずほころんでしまう姿を見るのが何より嬉しい」と語る。「地元の水で育てた酒米は、地元の水で仕込むのが一番ベスト。他の地域からいくら品質の良い酒米を持ってきても、必ずしもここの水と合うとは限らない」。だからこそ、地元での米作りにこだわる。
冒頭に紹介した“酒造りは米作りから 米作りは土壌から”と染め上げられた暖簾のこの言葉は、長谷川さんが高校を卒業し、その後、発酵学の師となる東京農業大学の小泉武夫先生に初めて進路を相談した時に授かった言葉。丹山酒造の基本理念としている。長谷川さんは着実にこの理念を現実化させているようだ。11月には稲刈りが行われ、いよいよ仕込みが始まる。今年の山田錦で造られた酒は来春“今年のお酒もおいしいね”と、沢山の顔をほころばすだろう。