「さぁ今こそ、夢のある農業を語ろうじゃないか!2」〜日本一のお米が地域を活性化〜  取材先:高知県本山町

アグリソリューション

  “夢を見る”とは、“善き未来を想像する力” だと思う。その想像力、若い頃は闇雲に発揮できるのだが、年齢を重ねるごとに現実を知り、善き未来に疑念が生まれてしまう。それが心に広がれば、前に進む足が止まり、昨日と同じ今日が続いていくことになる。同じような今が繰り返されていく。高齢化が進み、若さがあるとは決して言えない今の日本農業において、明日に善き未来を想像することは簡単じゃない

  その思いに流されれば今が続いていくことになる。いや、高齢化が進む中では維持すら難しい。ただただ、衰えていくことになってしまう。その未来に抗うのならば、まずは夢を見ることが必要だ。勇気と愛をもって善き未来を想像しなければならない。農業を成長産業にしようと各地で様々な試みが行われている。中山間地のブランド米の取り組みを追った。(記事中の数値・状況は2018年10月現在)

お米のブランド化に挑む

山の中の米づくりで日本一に

 四国の真ん中に位置しているのが高知県の本山町。人口が約3500人、森林面積が91%を占める山の中の町だ。その中で農業が主産業として行われ、急峻な土地を切り開き、見事な棚田が山の上へと続いていく。先人の多大な労力、知恵と工夫によって生み出された賜物。日本の原風景とも言える美しい光景が広がる。しかし一つ一つの田んぼは小さく、変形し、畦畔の面積が耕作地を上回り、機械が入らない所は手作業になるなど、平場での米作りに比べて手間隙がかかり、苦労も多い。また他の地域同様高齢化も進み、高齢化率は40%以上。恵まれた生産条件ではなく、農業の持続が大きな課題になっている。

 しかしその中、2010年に“お米日本一コンテストinしずおか”において、本山町のお米が食味日本一にあたる最優秀賞を受賞した。「まさか!本当に?高知県の私たちのお米が日本一?」と本山町特産品ブランド化推進協議会の川村隆重会長(57歳)。当時、美味しいお米は北国や東北というイメージが強く、高知県のお米が日本一になるなど、普通には考えられないことだった。ブランド米の名前は“土佐天空の郷”。本山町は一躍全国に轟く米所となった。そこには夢を現実にする軌跡があった。

山の町の本山町
本山町のお米が最優秀賞に

農業中心の地域づくりを進める 

この地では豊かな自然の中、米作りに加えて、ショウガ、米ナス、彩りピーマンといった畑作物が手がけられ、この他に椎茸、林業、土佐あか牛なども組み合わせて意欲的な複合経営が展開されている。しかし、時代の流れの中で、高齢化が進展し、米価低迷、JAの合併などもあり、地域農業の持続を支援するため、平成6年には本山町農業公社が設立された。「農林業を中心とした地域づくりを進めることが目的で、米作の受託やブランド米の取り組み、育苗、特産品の開発や販売などを行っています」と同公社の和田耕一専務理事(44歳)。

 第1次産業が主力で、農業と暮らしが密接に結びついた地域の中、「農地が荒れれば、地域に住めなくなります。また、水源の棚田が荒れれば水が下へと来なくなります」。田んぼを守ることは地域を守ることだとし、獣害で苦しむ山際の農地の受託なども積極的に行っている。しかしそれだけでは、守りに重きがあり、一歩踏み込んだ地域の発展には繋がりにくい。当初、棚田で苦労して作ったお米にしても、味には自信があったが、高知県のお米としてJAから一括販売され、評価されることもなかった。

大きな寒暖差とミネラル豊富な水で美味しいお米に

 その中、平成20年に本山町特産品ブランド化推進協議会が立ち上げられた。「何とかお米の価格を上げていかなければ、この地域は保っていけない」と川村さん。若手農家を中心に15戸が集まり、お米のブランド化が始まった。「自分の所のお米が一番美味しいと思う人達ばかりでした。それだったら、皆で知恵を出し合えばもっと良いものができるはず」と意気込んだ。しかし、当初は“今更ブランド米?”という声もあった。「全国では有名な所がすでに確立されているのに、今から米でブランド化なんか無理。そんなことやっても無駄だよという人もいました」。川村さんの経営にしても、お米だけに頼らない、ショウガ、ニンジン、ヤーコンなどの栽培も取り入れた専業の複合経営。農地は4haほどだが、60枚にも及ぶ。集約的な農業に注力し、利益を上げていくほうが有利という向きもある。ただ、地域の稲作を守ることは地域の暮らしを守るためという強い思いがあった。地域を愛する心が感じられる。ブランド化に地域の未来がかかっていた。

 本山町の水田は標高250m~850mの間にあり、平均の気温は新潟と同じぐらいの14℃。日中の気温は高知市内より高く、夜間は低い。大きな寒暖差があり、朝は霧が立ち込める。水にも恵まれ、豊かな森林に蓄えられた水が棚田を満たす。「この寒暖差とミネラル豊富な水が、お米の中のでん粉が糊化してできる網目を発達させ、美味しさの決め手となる“霜降り”構造を作り出します」。山の中の田んぼは生産効率が悪く、不利な条件にあるが、美味しいお米づくりの条件には恵まれていた。品種はそれまで作り続け、その良さを引き出してきたヒノヒカリ。これに「その頃、地域でテスト栽培が初められていた新品種の“にこまる”を取り入れた」。高温障害に強く、温暖化が進む中にあって、地域で農業を継続するための選択でもある。標高の高い所ではヒノヒカリ、低めの所はにこまるが栽培された。

川村さん(左)と和田さん
標高250〜850mに水田があり、平均気温は新潟と同じ

高知県から日本一のお米が誕生

“にこまる”で、西日本初の最優秀賞

 協議会を立ち上げた翌年、“米・食味分析鑑定コンクール”に応募し、水田環境部門で特別優秀賞を受賞。平成22年には、“お米日本一コンテストinしずおか”で、にこまるが食味日本一にあたる最優秀賞を受賞した。「西日本で初めて、コシヒカリ以外の品種でも初めての受賞でした」。味に自信はあったものの、まさか日本一にまでなるとは思っておらず、これが生産者に大きな自信と誇りを与えることになった。

 このブランド米は“土佐天空の郷”と名付けられ、本山町農業公社から販売されている。「関東、関西などの都市圏にある米穀店様から販売して頂いています。量販店に卸しますと、生産量がそれほどありませんので、すぐに販売が終わってしまいます」と和田さん。米穀店を通じて販売することで、どういうふうにお米が作られているのか、また、農家の農業や地域に対する思いも合わせて伝えることができ、ブランド力の向上にもなっているようだ。それまで高知県のお米として、他の地域と一緒にされていたが、本山町のお米として自立した。

日本一のお米となった土佐天空の郷

賞をとれば終わりではなく、高みを目指してプレッシャー

 食べた人が美味しいと言えばそれは本山町に向けられたものとなり、生産者の喜びとなるが、売れ行きの責任も自分たちで負わなければならなくなる。「販売当初は1500袋/30㎏ほどでしたが、消費者との対面で試食販売しても、高知に美味しいお米があるのかとも言われ、1年で売り切れるのかどうか不安になりました」。しかし、入賞を果たした後は、販売が一気に伸び、お米が足らないようになった。今、“土佐天空の郷”は35haで栽培され、販売量は4000~5000袋/30㎏。1㎏800~900円の価格帯で販売されている。他の地域から羨望の眼差しを受ける。

 コンクールでの日本一のインパクトは絶大なものがあったが、各地でブランド米の取り組みが進められ、今や群雄割拠の時代。毎年新しい銘柄が登場し話題をさらっていく。1度賞を取ればそれで終わりというわけではなく、「もう一度、もう一度と毎年コンテストに挑戦しています。一時期、今一歩で結果に繋がらず、どうすれば余所との違いを出せるのか、悩んだ時期もありました」と川村さん。高みを目指すほど生産者のプレッシャーも強くなる。その中、同じことをしていては成果に繋がらないと、「毎年毎年、新しい取り組みをして、他の産地よりも、私たちは先へ先へと、走っていこうとしています」と和田さん。ブランド米の世界にはライバルとの競争があり、それが付加価値を高めることにも繋がっている。

コンテストで2度目の日本一に

 “土佐天空の郷”のブランド価値は恵まれた自然環境によってもたらされているばかりではない。例えば良食味を引き出すために、高知県室戸の海洋深層水のにがりを散布しマグネシウムの含有量を増やしたり、また食味分析機で合格ラインを設定し、基準に満たないものをふるい落とす。粒の選別では通常より大きい1.9㎜の網目を使い、そこを通り抜けた物は商品化されない。生産者はエコファーマーで農薬は7割減を目指し、有機肥料を入れた土作りを行っている。昨年はドローンを使った地力の分析を行い、今シーズンは100ヵ所の圃場に水田センサーを設置し、農業の見える化を進め品質の安定を図っている。

 これらの取り組みを支えているのが、生産者の情熱。月1回の会合を重ね、知恵を出し合い、情報交換し、新しい方法の採り入れ、技術向上を図っている。ブランド化10年の取り組みの中で「この前が99回目、収穫前に100回目の会合を行います。余所の人からは回数が多いと驚かれますね」。この取り組みの前は地域の生産者が定期的に集まるとことはなく、「結構バラバラでした」。しかし、連帯意識を持つことで互いに繋がり、大きな力となっている。そうやって地域で品質を高めコンテストに臨む。「個人で出品する所もありますが、私たちは、地域で予選をして選ばれたものを出品します」。そして平成28年、“お米日本一コンテストinしずおか”において再び日本一の最高位となる特別最高金賞を受賞した。2度目の日本一は全国初の快挙。

海洋深層水を散布しマグネシウムの含有量を高める
水田センサーを設置し水田の見えるかを進める

ブランド米で地域に人を呼ぶ

美しい棚田を荒らさず残す

 現在ブランド化推進協議会の人数は36名に増え、地域の活性化にも大きく貢献してきた。「10年前にこれを立ち上げていなかったら田んぼの半数は荒れていたと思います」。耕作放棄地は少なく、外部から視察に来た人達に「こんな秘境みたいな場所で、棚田が綺麗に残っている所は見たことがない」とも言われている。美しい棚田が残る風景は地域の誇りでもある。また、この取り組みをすることで、農業に対する気持ちが変化してきている。「若い頃は、家の手伝いをしていたら何か恥ずかしい気持ちがしていました。休みの日に作業するのも嫌でしたね」と川村さん。しかし「これは、地域が生き残るために始めた必死の事業ですが、今は楽しくやっています」。多くの人々が評価する価値を産み出すということは、喜びのある仕事に違いない。

 地域の大人たちの意識が変化すれば、その影響は子どもたちにも及び、学校の学習発表で「本山町には天空の郷がある」と、誇らしげにブランド米を課題に選ぶ子どももいるとのこと。「皆が自慢できるものができたんだと思います」。また最近は、後継者が「ぽつぽつ増えてきたように思う」。それに加えて、Uターンで農業を始める人もおり、「2度目の日本一に選ばれたお米を作ったのはUターンの人でした」。人が残り、あるいは集まり、意欲的に地域の仕事に携わっていく。“善き未来が想像できる” 地域になってきたということではないだろうか。農業公社の和田さんは「自分は夢を見続ける仕事をしていると思っています。だから面白いです」と言う。ここには明るい未来へと通じる“陽のあたる坂道”があると感じた。”

美しい棚田を守る
変形田も荒れずに維持されている

景色もブランドのさらなる価値に 

 ブランド米の産地として名前が知られるようになると、地域外から人が訪れるようにもなる。その時に見る光景、体験、得る情報はブランド米の更なる付加価値となる。交流人口が増えれば、ブランド力の強化に繋がるし、地域活性化にも貢献する。地域の棚田では平成22年から、“土佐天空の郷”の認知を広げるため、田んぼアートを実施している。田んぼに色の違う稲を植えて、絵柄や文字を描き出すもので、今年は坂本龍馬を筆頭とした土佐勤王党三志士や本山町特産品のイメージキャラクターであるさくらの妖精“ぽんぽん”を描き、各地から、外国人も含めて、人が訪れた。

 その他、田んぼの安全・安心な環境をアピールする“田んぼの生き物調査隊”というイベントを実施したり、農業体験やコンサートなども行っている。「外から人が来てくれるようになりますと畦畔の草をしっかりと刈ったり、ゴミを落とさないようにしたりと、地域の人々が意識するようになりました」。地域を愛し大切にしようとする心にも繋がっていく。美しい棚田が観光資源になる可能性も大いに秘めている。

限られた農地の中で事業発展するために6次産業化

 ブランド米に、より付加価値をつけるため、加工品の展開も行われている。「お米を炊飯しておにぎりにし、地域に来て食べてもらうなど新しい取り組みを考えています」。限られた農地の中、生産量をどんどん上げていくことは難しく、その中で事業の発展を考えるなら、6次産業化などの展開が一つの方法となる。この他にもドライフルーツを加えた玄米グラノーラや米油で揚げて室戸海洋深層水のミネラル塩で味付けしたせんべい、加熱した米粉の“ポン粉”、そのポン粉に野菜と塩を加えた“ポンスープ”、濁酒、米焼酎、ノンアルコールの甘酒などを開発している。米焼酎は廃校となった中学校の体育館に醸造所がある。販売は農家が主体となって運営している直売所“さくら市”などから。「地域が潤う仕組みを作っていきたい」。ブランド米の取り組みが次の局面に差し掛かっている。

 これらの取り組みは「みんなでやるという意識を持ったからこそできたこと」。1人でも夢を見ることはできる。善き未来を想像することは可能だ。しかしそれを信じて未知なる道を進むためには勇気が必要だ。1人では心許ないが、皆が信じれば、道はより確かなものとなる。地域で取り組む強さがそこにある。

水田アート
グラノーラなどの加工品を開発

みんなで見る夢が農業を持続する力に

 ブランド化は品質の良いものを作り、利益を上げ、農業を持続し、地域を維持していくための一つの有力な方法。それによって未来の展望が開けていけば、若手農家が増えることにもなる。川村さんにも後継者がいて、既に結婚もしている。「ここで農業を続け、家族を養っていってもらえれば」との想いがある。和田さんも「農家の方々が平穏に暮らしていけるように」と願う。それらの望みが叶う地域づくりにブランド米が貢献している。ただ、課題もあり不安材料もある。その一つが今年の夏の大雨などでも思い知らされた、気候の不安定だ。時に激烈な天候となり、大きな被害をもたらす。「施設園芸なども取り入れて、生産を安定させていきたい」。ブランド米だけに偏らないバランスのとれた経営も必要になってくるようだ。

 そういった気象変動も要因の一つとなるが、今の日本農業において夢を見ることは簡単なことではない。その中で夢を見るためにはどうすれば良いのか。本山町の取り組みでもそうだが、1人じゃないということが大きな助けになる。夢を見たいと思っているのは自分だけではないのだ。想いを重ね、語ることで繋がりが生まれ、想像する力を後押しし、信じる勇気が芽生えてくる。そして助けたいと思う人も現れる。それらが農業を持続する大きな力となる。だから、さぁ今こそ、夢のある農業を語ろうじゃないか。陽のあたる坂道を上るために。

棚田とともに暮らしが営まれている
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