日本一の柿産地和歌山で、富有柿をつくる生産者が、ネット販売に力を入れる理由 取材先:和歌山県橋本市 ㈱ケーズファーム

アグリソリューション

  新型コロナとの付き合いも2年半が過ぎ、昨今の感染者数動向から、リスタートに向けた動きも出てきた。今まで止まっていたものを再開しようとする動きで、外食需要が上向けば米価も期待できる。それと同時に、以前と異なる新しい形も現れてきている。新型コロナの経験が私たちを、社会を変え、価値観の変化が起こっている。その根底にあるのはデジタルで、リアルのくびきから解き放たれ空間を易々と越え、新たなコミュニケーションを始めている。

  リアルにおいて集団化は大きな力だったが、密集を避けてきた経験が新たなあり方を模索させている。その状況の中、農業市場の姿も変化する。ポストコロナで農産物をどのように売っていけば良いのか。ネットを活用する柿農家の取り組みに探る。

新たな販路を求めてネット販売に挑戦

和歌山は柿の生産日本一

 和歌山県は温暖で日照時間が長いことから果樹栽培が盛んで、中でもみかんや梅は全国一の生産量を誇り、一大産地として知られている。その影に隠れているようだが、柿の生産量も実は日本一。大阪府と奈良県に隣接する県北東部で主に生産され、全国シェアの約2割をも占めている。「日本一の生産量なのですが、柿と言えば和歌山をイメージする人は多くありません。和歌山の柿をもっと知ってもらいたいと本当に強く思っています」。

 そう語るのは今回お伺いした柿農家の大原康平さん(43歳)。柿栽培が盛んな橋本市で㈱ケーズファームを運営し代表取締役を務める。同地で祖父の代から続く農家の3代目だ。長く続く家業を継いだわけだが、それを土台にインターネットを活用した新しい試みに挑む。

大原さん
和歌山は柿の生産量日本一

独自販路に力を入れる理由

 同ファームは柿の専業で、園地の面積は3.5haあり、大原さんの父親も別事業体として2.5haの園地を管理している。栽培している柿は、9月上旬から収穫ができる渋柿の極早生品種から始まり、9月中旬からは渋柿の刀根早生、10月中下旬から同じく渋柿の平核無、そして11月からは甘柿の富有柿が12月の上旬まで続く。「この他に、2019年に品種登録された和歌山限定品種の甘柿となる“紀州てまり”の生産も小規模ながらスタートしています」。

 労働力は大原さんと年間雇用2名と季節雇用2名。収穫した渋柿の8〜9割は共同選果場に出荷する。そこで二酸化炭素によって渋抜きが行われ、市場へと流通する。また収穫した1〜2割は自分たちで渋抜きを行い、直売所やスーパーマーケットに卸している。一方甘柿の富有柿は、そのほとんどを橋本市のふるさと納税の返礼品として出荷し、またインターネットの産直モールを使った販売も開始している。日本一の生産量を持つ産地であれば、市場での存在感もあり、集団化することで大きな力になるが、大原さんは独自販路の開拓に力を入れる。そうしなければならない理由がある。

 大原さんが就農したのは10年前。父親の病気がきっかけでサラリーマンを辞め、家業の柿農家を継いだ。「私が就農したときに3つの目標を掲げました。1つはサラリーマンと同じぐらいの収入を得られる農業経営。2つ目は従業員を雇ったときに、サラリーマンと同等の給料を払えること。そして3つ目が和歌山の柿の認知度を高めることです」。就農時は共同選果場への出荷がほぼ100%で、それまで行ってきた方法を続けてきていたが、それだけで良いのか、新たな取り組みが必要ではないのかと思えてきた。市場での価格は上がり下がりがあり、利益は時々の成り行きに左右される。時代が変化する中、それまでの経営では農業の持続性を確かなものとすることに難しさがあった。

ケーズファームの園地
9月上旬から12月上旬まで収穫が続く

普通になるためにチャレンジが必要

 大原さんが掲げた目標を達成するためには、それまでの方法を変えなければならなかった。掲げた目標は決して無理難題というわけではない。時勢に左右されず適正な収入を安定的に得て、給金を支給すること。普通の会社になることとも言えそうだが、農業においてそれを実現するにはチャレンジが必要だった。

 そこで取り組み始めたのがネット販売。販路開拓を模索する中で、「ホームページにショッピングサイトを立ち上げれば、全国の消費者に和歌山の柿を知ってもらえることもでき、直接販売することができると思いました」。しかしそう簡単にいくものではなかった。

 まずはホームページを立ち上げ、インターネット販売の取り組みを開始。検索エンジンの上位になるようSEO対策も試みた。しかし、「ネットで“柿”や“贈答用柿”で検索しても自社サイトは出てきませんでした」。さらに消費者から見れば信用しても良いかどうか分からない個人事業者のショッピングサイトを利用するよりも、大手ショッピングモールの方が安心して利用できる。「ホームページをつくれば売れると最初は考えていましたが、自社サイトでの購入は1%もありませんでした」。それが現実だった。そこで、アマゾンや楽天と言った、大手ショッピングモールへの出品を視野に入れてみたが、「今度は手数料がネックになって、私たちには利益が出せない状況でした」。思い描いた取り組みとはならなかった。

斜面に広がる園地
ケーズファームで収穫された柿

富有柿がふるさと納税の返礼品に

売上がそれまでの3〜5倍

 ホームページを立ち上げたものの、全く注文が来ない状態が2年、3年と続いていく。「こんなことをしてても仕方ないなと思って、5年前に橋本市のふるさと納税の返礼品として富有柿を応募しました」。これが承認され予想以上の結果となった。

 ふるさと納税は12月31日までの支払い分がその年の控除の対象となり、寄付は10月頃から徐々に増え始める。また返礼品をお歳暮として送る需要もあって、寄付は12月にピークを迎える。この時期はちょうど返礼品となる富有柿の収穫時期(11〜12月)と重なり、旬を迎える果実は、ふるさと納税者に大きな魅力となった。「年末に700件程の注文が一度に来ました」と大きな手応えになった。「今では共同選果場に出していた富有柿のほぼ全てを返礼品として出荷しています」。代金は市が支払うので安心して取り組むことができ、事務処理や配送伝票の出力も市が対応しており、さらに取り組みやすくなっている。ふるさと納税が新たな展開をもたらした。

 有望な販路の開拓となり「富有柿の売り上げはそれまでの3〜5倍に増えました」。ただ、作業の手間は増えた。選果場に出荷するのとは異なり、依頼に合わせての個別出荷となり、最初の頃は出荷先を間違えるという失敗もあった。「従業員の数はふるさと納税の返礼品に対応する前と変わっていませんが、出荷作業が増えたことで、今まで渋柿の収穫時期だけにお願いしていた人にも、この期間に来てもらうようにしました」。

箱詰めされた富有柿

農産物を専門とする産直モールに挑戦

 次に取り組みをスタートさせたのがネット販売。以前検討したものは様々な商品を扱う総合ショッピングモールだったが、再度挑戦したのは近年伸びてきた産直モール。ポケットマルシェなど農産物などを専門とするもので、よりターゲットが絞られ、また手数料も販売額に対してだけで、売れなければ費用がかからない。「手数料もさほど高くありません。運営にコストが掛からず便利だと思いますね」。さらにこの取り組みの後押しとなったのが、新型コロナによる環境変化に対する対応だ。橋本市では新型コロナの対策事業として、“橋本ふるさと便事業”や“農産物等インターネット販売促進事業”を展開し、生産者が産直モールなどを使って農産物を販売する際、送料や手数料に関する補助を行っている。ネット販売を進めていく上での追い風だ。

 ただコロナを契機に産直モールを利用する生産者が増え、多くのライバルがひしめく。如何に消費者に選んでもらうかが大きな課題だ。「まずは写真が重要だと思っています。どんなふうに柿が栽培されているのか、どんな人がつくっているのか、ストーリー性のある写真を載せるのが良いと思っています。また食べ頃や食べ方などの役に立つ情報も。まだまだ勉強中です。それとレビューに対して真摯に対応することが大切です」。

 直接見たり触れたりできないインターネットでの買い物の場合、そこに記されている評価やレビューのコメントは選択時の大きな決め手になる。また、問い合わせなど、出品者とのやりとりも表示される。「産直サイトは購入者の半分以上の人が感想を書いてくれます。美味しかったなどのコメントが励みになります。また一方で、苦言もあります。その中には農家にとってみれば当たり前でも消費者にするとそうではないことが意外にあります」。例えば、生産者にとって富有柿に種が入っているのは当たり前であっても、「種ありと書いてないじゃないですかと、仰る方もいます」。そこで商品説明にその旨を記述したり、その言葉をユーザーニーズと受け止め、なるべく種ができないように、単為結実の性質を利用して受粉を避けるような栽培を行っている。作物に真摯に向かい合いながら、消費者目線に立って、“どうすればお客様に満足してもらえるのか”。この問い掛けの繰り返しが、消費者の選択に繋がりそうだ。

 また、安定した経営を実現するために、通年の販売も必要になってくる。ケーズファームでは品種を繋ぎ、9月から12月まで柿を販売しているが、その時期以外でも販売できる商材として、「柿のドライフルーツを開発しました」。それを母の日や父の日のプレゼントとして提案すると、「売上が急に増えたりします。一年を通して提案や情報を発信することで、リピーターをしっかり繋ぎ止めておくことが大事です」。

産直モールへの出品はスマホで簡単に行える
柿のドライフルーツ

柿の認知度と柿農家の所得向上を目指す

自社サイトのネット販売に力を

 同ファームの売上げは、ふるさと納税の返礼品が約半分を占め、新たに始めた産直モールでの売上も1割程になり、収益性が高まっている。「インターネット通販はまだまだ伸びしろがあると思っています」と期待は高い。しかし、ふるさと納税や橋本市の対策事業がいつまで続くのか、見通しのない不安定な要因もある。

 そこで力を入れるのが自社サイトでのネット販売だ。そのためにアクセスを増やす取り組みを行っている。「SNSの活用が一番効率的だと思っています。まだフォロワー数は僅かですが、積極的に情報発信していきたいと思っています」。ネットを利用した取り組みが次のステップへと進む。「農家の所得向上にインターネットでの販売は大きな力です。私が取り組んで所得を向上させることができれば、地域の柿農家の刺激になれると思っています。しっかりと自立した柿農家を増やすことで、柿産地の認知度を上げていきたいですね」。

 集団化は今でも大きな力ではあるけれど、その中で埋もれてしまっては十分な利益を得られなくなってきている。それはコロナ前からのことで、その状況を変えようとする動きが既にあったが、コロナがそれを加速させた感じだ。脱密を経験し、個々の別がますます重要なキーワードになってきた。一人一人が消費者に認識されることが利益に繋がる。ポストコロナの農業は一対一の繋がりが一つの重要な鍵に違いない。

丁寧な収穫作業が行われている
地域の柿栽培活性化に繋がれば
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