うどん県でそばをつくって高地の荒廃農地を再生する 取材先:香川県まんのう町 島ヶ峰の原風景を守る会

アグリソリューション

  あなたはうどん派だろうか、そば派だろうか。それぞれに良さがあって優劣は付けがたいのだけど、どちらかといえば、うどんは庶民的で、そばはちょっと高級というイメージがなくはない。グーグルで「そば 高級」「うどん 高級」で検索してみると、そばのほうが15倍ほどヒットする件数が多い。うまくブランド化が成功している形で、そばの市場性の高さが窺える。またその土地固有の味などもあって、人を呼ぶ力にもなっている

  そんなそばを生産し中山間地の活性化を図ろうとする取り組みが各地で行われている。美味しいそばをつくるには平場より山間地の方が向いていて、耕作放棄地の有効利用にもなっている。しかし今回訪れたのは香川県。うどん派だと頷く人が多くを占めるうどん県。県外からもうどんを求めて人がやって来る。それでもそばを選択した地域で、その事情と実際を聞いた。

荒廃農地から新たな特産品を

うどんの香川でそばをつくる

 香川県と聞いて先ず“讃岐うどん”を思い浮かべる人は多いはずだ。実際に県民食でうどんに対する愛は深い。背景にはこの地の気候風土が関わっていて、雨の少ない瀬戸内気候は、慢性的に水が不足しがちで、米の安定生産に課題があり、干ばつなどで米がとれなかった場合の代用作物として米と小麦をつくる二毛作が普及していった。また製塩業や醤油づくりも盛んだったことから、地域の食文化として讃岐うどんが根付いていった。2011年からは、うどん県を宣言するプロモーション活動が展開されたこともあり、今や讃岐うどんは全国的に認知され、香川県の地域活性化に大きな力となっている。

 このように、うどんのイメージが強い香川県だが、「ここでは昔からそばを栽培しています。在来品種を栽培して自分たちが食べる分を賄っている農家もいます」。そう語るのは、今回話を窺った髙尾幸男さん(74歳)。そば栽培で地域活性化に取り組む“島ヶ峰の原風景を守る会”の会長を務めている。副会長の宮地隆さん(71歳)にも同席いただいた。

島ヶ峰の原風景を守る会の高尾会長
同会の宮地副会長

開墾された畑がすっかり原野に戻った

 取り組みの舞台は、香川県まんのう町の東南部、徳島県との県境となる讃岐山脈北陵に位置する標高900mの島ヶ峰地区。高低差100mほどの傾斜地に段畑が並び、そこの4haで、同会会員17名によってそばが栽培されている。昨年度は10aあたり60〜70㎏を収穫した。栽培されているのは収量と食味を検討して選定された“常陸秋そば”。同町の新たな特産品“島ヶ峰そば”として生産されている。

 同地区には住居がなく耕地だけがあり、「1960年代に畜産振興を図る目的で造成事業が実施され、牛の放牧地として開墾されました。その後牛価の下落で放牧が行き詰まったことから、高冷地の利点を活かして夏キャベツの生産団地として再開発されました」。高い収益を生み出すことから盛んに栽培された夏キャベツだが、1988年に瀬戸大橋が全線完成し、大きな転機を迎える。四国と本州が陸路で結ばれ、本州から野菜が流入し、地元産地としての有利性が薄れた。さらに病害が発生し、生産者の高齢化もあってキャベツの生産が廃れていった。「農地も荒廃して、8ha程あった畑はすっかり草と木に覆われてしまいました」。

すっかり草に覆われてしまった畑

荒廃農地をそばで再生

 そして2006年、島ヶ峰地区がある琴南町は近隣の仲南町と満濃町と合併し、まんのう町となり、これを機に町全体として新たな地域活性化の取り組みを進めていきたいとする気運が高まった。しかし、「それぞれの町には従来から観光資源や特産品があるのですが、琴南町には特産品と呼べる物がありませんでした」。旧仲南町であれば重要無形民俗文化財に指定されている民俗芸能の“綾子踊”や特産品としてタケノコ、旧満濃町であれば日本一の溜池と知られる満濃池や特産品としてイチジクやカリンが知られていた。しかし旧琴南町には、新しい町の地域活性化に貢献できるような観光資源や特産品が見当たらなかった。さらに加えて、「草木に覆われ荒廃農地となっている島ヶ峰地区をどうするかということも課題でした」。しかしこれらに明確な答えを出すことができずに時が過ぎていった。

 しかし2016年に集落支援員制度ができ、現副会長の宮地さんと同会の会計を務める佐野さんが任命されたことで事態が動き出した。同制度は、『地域の実情に詳しく、集落対策の推進に関してノウハウ・知見を有した人材が、地方自治体からの委嘱を受け、市町村職員と連携し、集落への“目配り”として集落の巡回、状況把握等を実施する場合に、総務省から支援が行われる』というもので、地域おこしを進めていく力となった。その頃、髙尾さんはそば打ち教室を開くなどして地域活動を行っており、宮地さんらと、島ヶ峰の現状を相談する中で、“そば”で地域おこしを図っていこうとする案が浮かび上がり、島ヶ峰地区の荒廃農地を再生し、まんのう町の新たな特産品としてそばを栽培することになった。 

そばによる地域活性化に取り組む

そばが花咲く頃には多くの人が訪れる

 中山間地という地域柄そば栽培については全く初めてということではなく、栽培に関する知見はあり、また同地区は標高900mと、夏場は冷涼で昼夜の寒暖差が大きいことや傾斜地にあって水はけも良いことから、そばの栽培には適していた。しかしまずは荒廃した農地を再生するという大きな仕事があった。「地域の皆さんにお話をしたところ、12名の方が快くこの取り組みに参加してくれることになりました」。こうしてそばの生産に取り組む“まんのうそば生産振興会”が立ち上がり、2016年11月から島ヶ峰地区の再生がスタート。また、そばによる地域活性化を進めるため、同時に“島ヶ峰の原風景を守る会”を同じメンバーで立ち上げた。翌年の8月には再生した1haの圃場で播種が行われ、その後「毎年60〜70aを開墾して畑を増やしていきました。そして今が4haほどです。この後も増やしていく予定です」。

荒廃した農地を再生する
再生させた段畑にそばを播種
そばの収穫作業

 そばの播種は8月の20日前後に行われ、10月末頃に収穫される。収穫したそばは、町内の宿泊施設や地域のイベントで利用され、そば粉として地元の直売所や同町の特産品を集めたウェブサイトで販売している。また同時に、観光資源としての価値もあり、その活用にも取り組む。「開墾された段畑一面に咲くそばの花は、素晴らしい景観です」。9月下旬から10月上旬に掛け、そばの花が一斉に咲き誇る。その景観は人を惹きつけ、地域の認知度向上に繋がる。そこで2017年から町や地域団体の協力を得て、そばの花見会を実施し、そのための駐車場や展望台も整備した。「花見会は1日だけの開催ですが、250〜300名程の方が訪れます」。花見会に訪れた人には無料で打ち込みそばなどを振る舞い、その他、地元伝承の獅子舞を披露したり、ミニコンサートを行い、地域総出で訪れた人をもてなしている。

花見会ではミニコンサートも開催された
段畑一面にそばの花が咲く

コロナで足踏みするも店舗施設もオープンへ

 しかし新型コロナ感染症の影響で、昨年と一昨年は花見会が中止となった。しかしそれでもそばの花は咲く。その期間は、「1日に30〜50名の方が訪ねてきてくれて、多い日には100名を超えます」。こうして訪れた人はそばの花が咲いた景観を写真に撮り、SNSにアップし、それが交流人口の増加へと繋がっていく。「感染状況によりますが、今年の9月は花見会を再開したいですね。地域に定着したイベントにすることで地域活性化に繋げていきたいと思っています」。開催できれば3年ぶり。どれだけの人が集まるのか、期待は大きい。

 また、収穫したそばを食べてもらうための店舗開設も進めている。「昨年、町の支援で廃校になった中学校を再利用してそば屋の開店準備を進めてきました。11月の開店を目標にしています」。同じ施設内には、穀物乾燥機や脱皮機、製粉機も用意した。そしてそこで提供するのは、「そば粉が6〜7で、小麦粉が4〜3の、この地域で昔から食べられている“しっぽくそば”です」。香川県でいうしっぽくそばは、数種類の野菜、油揚げ、肉などの具材が入っただし汁をかけたもので、「田舎のそばの打ち方、食べ方にこだわり、ここに来ないと食べられないものです」。その地域でしか接することができない食文化の体験であり、訪れる人にとって大きな楽しみになる。

 他にも、まんのう町が取り組むツーリズム事業と連携したそばの栽培やそば打ちの体験イベントなども実施している。

そば屋の開店準備も整っている
石臼の製粉機を導入
そば打ち体験の様子

6次産業化を進め、うどん県のそば処を目指す

取り組みを持続的なものに

 意欲的な取り組みが評価され、中国四国農政局の“ディスカバー農山漁村の宝“の奨励賞や、香川県の“さぬきの棚田アワード”の認定、全国農村振興技術連盟より、農業農村整備事業に係る広報活動の面で特に顕著な功績のあった団体を表彰する、令和3年度農業農村整備事業広報大賞を受賞している。今回取材に訪れた際は、町長への広報大賞の受賞報告が行われたタイミングだった。「地域活性化の取り組みが評価されました。こうした表彰は会員だけでなく、地域住民全体のモチベーションも上がり、一緒に喜んでもらえます」。

広報大賞の表彰状

 そして次のステップへの取り組みが始まっている。「6次産業化として乾麺を地元でつくりたいと思っています。今、試食をしていただいたりしています。まだ試験段階ですが、商品化を進め、そばの販売を広げていくつもりです」。乾麺であれば市場も広がり新たな販路の開拓が期待できる。さらに、「新たな雇用の場をつくることができるかもしれません」。

 会員は当初の12名から17名と増えてきたが、平均年齢は60歳後半。「定年後に参加してもらえる方が3〜4名いますが、一番の問題は後継者です。そばに取り組む人をつくっていかなければ今までの努力が無になってしまいます」。取り組みを持続的なものにしていくためには、それが魅力的な仕事でなければならない。収益を生むということも重要な要素だ。6次産業化の推進はそれに貢献していく。

そばに取り組み、地域が明るくなった

 2016年からの再開墾から始まり、そばによって荒廃農地を復活させたことで、同地区の止まっていた時計が動きだした。段畑にはそこで栽培されるそばの花に魅了され、多くの人が訪れるようになり、花見会で交流の場もできた。そしてツーリズム事業との連携も始まっている。さらに今年からは、地域ならではの味であるしっぽくそばを食べられる店舗もオープンする。また6次産業化で販路を広げ、より多くの人にそばを届けようとしている。閉ざされていた場所が開かれていくようだ。島ヶ峰を発見する人が増えていく。「この取り組みを始めて、地域が明るくなったと実感しています。そばを通して地域のまとまりが一層強くなりました」と髙尾さん。地域の人々もお互いを再発見しているのかもしれない。地域活性化が着実に進展している。

 「香川県はうどんのイメージですが、そばもあることを広めたい」。中山間地にとってそばは貴重な食料だったが、今この地区では陽の光のようにも思える。島ヶ峰を日陰から照らし出していくようだ。ここはうどん県でもそば処。地域の良さを活かして前に進む。

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