農家がつくるクラフトビールで世界に挑む 取材先:石川県能美郡川北町 農業法人㈲わくわく手作りファーム川北

アグリソリューション

  クラフトビールとは小規模醸造所で生産されたビールのことで原料や製法にこだわっているものが多い。職人の手技によってつくられる“クラフト(Craft・工芸品)”の名が付けられ、国内のビール市場ではプレミアムなジャンルとして定着してきた。世界では、日本の食文化が注目され、その中、日本酒が注目を集めているが、日本のクラフトビールへの関心も少しずつ高まってきている

  それに合わせて、日本らしさや地域性を打ち出した製品を開発し、クラフトビールの文化が根づいている欧米や新市場となるアジアに販路を拡大する動きもでてきた。消費者に選んでもらうための差別化を如何に図るかがポイントになる。しかし新型コロナウイルス感染症の拡大は国内外とも酒類の消費に大きなブレーキとなり輸出にも甚大な影響が出た。今回、原料の麦から自分たちでつくり、輸出にも取り組むクラフトビールの生産者を訪ね、危機に挑むこれからの農業を探った。(記事内の数値・状況は2020年10月現在)

クラフトビールで地域活性化を目指す

自分たちが作った麦をビールにしたい!

 石川県能美郡の川北町は日本三霊山の一つである白山を源とする手取川の北岸に位置し、県内有数の米どころ。この地で、麦の栽培からビールづくりを行い、販売、輸出にも取り組む㈲わくわく手づくりファーム川北を訪ねた。同社は、1998年に設立され、2000年からビールの製造販売を開始。2015年からビールの輸出にも取り組んでいる。現在、正社員、パートを含め13名が働き、大麦7ha、水稲6.4ha、大豆1.4ha、ホップ等その他を0.8haの規模で経営している。昨年度のビール出荷量は350mL缶に換算して約74万本。その内輸出が3万3000本を占める。今回、代表取締役の入口博志さん(68歳)に話を伺い、営業やマーケティングを担当する大髙綾美さん(34歳)にも同席してもらった。

 農家の長男だった入口さんは、地元でアパレルの仕事をしながら農業をしていたが、「ここ川北町はお米をつくり、転作で6条大麦か大豆を栽培していました。そのどれかを使って、地域の活性化に寄与しながら、ビジネスとしても成り立つような農業がしたいと考えました」。その頃、1994年の酒税法改正で、ビール製造免許取得に必要な年間製造量が2000kLから60kLに引き下げられ、地方を中心として小規模なビール醸造所が急増していた。いわゆる“地ビールブーム”が巻き起こっていた。そんな流れもあり「施設をつくって、自分達がつくった麦をビールにして飲んでもらえれば、この小さな川北町のことを多くの人に知ってもらえるのではと考えました」。そこで、入口さんに賛同する仲間3名と共に、わくわく手づくりファーム川北を1998年に立ち上げた。

入口さん(左)と大髙さん
金沢百万石ビール

独自の麦芽製造技術を開発し6条大麦の渋さを個性に

 しかし、その頃になると地ビールブームは下火に。撤退するメーカーも相次ぐ厳しい状況となっていた。その中、地ビール製造の免許を申請したが一向に交付されない。「あなたに免許を出したら、全国で初めて倒産する会社に免許を出した事になると担当官に言われました」。しかし諦めず何とか免許を取得。ビールの醸造をスタートした。申請時、免許条件の消費量確保のため、近辺の飲食店や宿泊施設と掛け合い、使用する旨の署名を集めていたが、「いざとなると“値段が高い、不味い”と使ってもらうことができませんでした」。しっかりとした事業計画を立てたつもりであったが、「新しく起業するということは簡単ではありません。売れるだろう、あそこで使ってもらえるだろう、そんな形でスタートしたことになります。世の中そんなに甘くないということで、結局なかなか売れなくて、苦しい経営状態が続きました」。

 ビール製造免許条件の年間製造量60kLは350mL缶に換算すると約17万本の製造に当たる。ところが年間18kL、350mL缶にして5万本しか販売できない状況が毎年続いた。さらに追い打ちをかけるように、ビール醸造の基になる麦芽の製造を委託していた麦芽工場から小ロットでの取り引きを打ち切りたいと打診された。麦芽は“発芽した麦”のことで、ビールづくりでは芽と根をとって乾燥させ、さらに熱風にあてながら焙燥したものを指す。これがビールの個性に大きな影響を与える。もちろんこれがなければビールはできない。「廃業するか自分で麦芽をつくるしかありません」。事業をなんとか継続したい入口さんは、自分で麦芽をつくろうと考え、地元にあった壊れた椎茸の乾燥機を借り受けて修理し、麦芽づくりの基礎データを収集。補助金を活用し県の研究機関とも連携して、独自の麦芽製造設備を開発した。

 止むに止まれずつくった設備だがこれが奏功した。ビールの醸造にはビール麦とも呼ばれる2条大麦が使われるのが一般的。そのため、北陸地域は6条大麦の産地だったが、ビール用として2条大麦を栽培していた。しかし、気候が合わず収量が安定しない。「委託では6条大麦で麦芽をつくってもらえませんでした。渋みが出たり粘り気が出てビールにできないと言われています」。しかし、自社で麦芽をつくる設備を開発したことで、6条大麦での麦芽づくりに挑戦。「最初は渋くて失敗もしましたが、それを個性に変えることに成功しました。6条大麦独特の苦みや渋みを生かし、美味しいと評価されるようになりました」。

ずらりとサーマルタンクが並ぶ
ドイツ製の仕込装置

金沢駅で「金沢百万石ビール」の販売を開始

 またその頃、北陸新幹線が2015年に金沢まで開業すると報道され始め、一計を講じた。JR西日本の金沢支社に赴き「地元にある6条大麦の麦芽を使った、本当のハンドメイドビールをつくっているので、それを新幹線で来られる観光客やビジネス客に是非飲んでいただきたいとお願いしに行きました」。最初はけんもほろろの対応だったが、何度も足を運ぶうちに商品のコンセプトが評価され、取り扱いの確約を得た。「この確約があって、補助金の事業計画書を出すことができました」。

 新幹線開業前の2012年より、新しく開発した6条大麦を原料としたクラフトビールの販売が金沢駅でスタートした。お土産としての購入を考え、軽くて割れないよう、従来の瓶ビールから缶ビールに変更。缶のデザインも金沢らしさを取り入れた。さらに商品名も、それまでの白山わくわくビールだったのを、金沢百万石ビールと新しい商品名にした。開業前にも関わらず「最初の1年目で5万本売ることができました。翌年には、新商品を加えた3本セットを販売し、10万本の販売となりました」。

 さらに、新幹線開業までの時間を利用して、「新幹線の車内でも売れるビールを開発したいと思いました」。そこで6条大麦と同県小松市で栽培されている小麦を使い、フルーティーで女性にも飲みやすいビールを開発。車内販売で使ってもらえないかと提案したところ、「開業の1週間前に採用の連絡を受けました。北陸に新幹線が来るという一大事業に、大手メーカーもある中、一農業法人のビールを使ってもらうことができて、本当にこの時は嬉しかったです」。

6条大麦の収穫
自家製の麦芽作り

日本のクラフトビールを世界に

米国のクラフトビール市場への進出を図る

 6条大麦を使ったクラフトビールは、市場の評価も良く、販路も広がり、2016年には当初5万本の販売から10倍以上となる54万本の販売へと成長した。しかし消費者の嗜好変化があり、若者のビール離れが進み、国内のビール消費は年々減少している。そこで、新たな販路として海外に目を向けた。国が農林水産物・食品の輸出額1兆円を目指すとしたことも背中を押した。「2015年にシンガポールに小さなアンテナショップを試験的に立ち上げました」。その後、香港、台湾へと輸出先を広げていった。しかし、輸出先として最も期待するのは米国だ。米国のクラフトビール市場は、同国のビール市場全体の2割ほどあり、その2割は日本国内のビール市場全体よりも大きい。「体も大きくてグイグイ飲む。米国はクラフトビールの大きな市場です。地元石川県の大学と協力して市場調査を実施し、私達の身の丈に合った北米での代理店を探しました」。また同時に、輸出に向けたラベルをつくり、1年間の品質保証を達成。

 ニューヨークとロサンゼルスで販売契約を結び、2017年から米国への輸出をスタートさせた。「まだまだ取引規模としては小さく、去年が瓶ビールで3万3000本程です。少しずつ輸出を広げようと準備をしています」。その一つが海外市場向けの新商品の開発だ。様々な味のビールを現地で試してもらい、中でも評判の良かった金沢IPAを新商品として決定。瓶も今までの小瓶から中瓶に変え、ラベルデザインもより日本的な物にした。「ターゲットを日本食レストランに絞りました。日本の食文化では杯を差し出して酌をします。そこで中瓶が良いだろうと考えました。世界で中瓶はほとんど流通していません」。設備投資を行い中瓶にも詰められる装置を用意した。しかし、新商品としてデビューを待つばかりの時、新型コロナウイルス感染症が世界中に拡大した。

米国での展示会に参加
日本食レストランへ提案

危機を糧に次のチャレンジに取り組む

ホップの栽培も行い全て自前のクラフトビールへ

 「今年(2020年)、ニューヨークとロサンゼルスで新商品の発表会をして、販売を開始する予定になっていました」。それが新型コロナウイルス感染症の拡大により、あらゆる事がストップしてしまった。「コロナで輸出がキャンセルになってしまいました。ニューヨーク、ロサンゼルスへの出荷は全滅です」。しかし、いち早くコロナ対応を行った台湾は収束が早く、去年よりも出荷量が伸びてきている。「新商品を米国に先駆けて台湾で展開できるかもしれません」。米国もようやくオープンテラスで飲むことができるようになり、輸出再開の準備をしている。国内の流通も大きな打撃を受けた。JR関連の取引が多かったため、乗客減少、観光客減少はそのまま売上に影響を及ぼした。

 しかし、新たな取り組みもスタートさせた。「この8月には、HACCPにも対応する食品安全衛生管理規格JFS−Bの認証を取得しました。日本のクラフトビールでは、最初の取得となります」。国内外の取引において、製品の安全性とトレーサビリティの大きな担保になる。その他にも、オンラインでの販売を充実させることや麦の加工品開発、世界に向けたクラフトビールの新商品開発がスタートしている。

 「輸出の目標は15万本まで広げていきたいと考えています」。ビールの将来的な国内市場を考えると、海外の拡大に期待が掛かる。これからの展開を見越して、わくわく手づくりファーム川北では、3年前からホップの栽培にも取り組み始めている。これまで使ってきた海外製を自社製に切り換える試みだ。「国内はもちろん世界的に見ても自分たちで麦を栽培し、麦芽をつくってビールを製造しているところはまず無いと聞いています。ホップも自前でできれば、これこそ世界に類を見ない、全て自前のクラフトビールをつくることができます」。海外の消費者は商品の背景やストーリーを大切にする。全ての原料がオールジャパンで全工程に携わる生産者のこだわりは、他が真似できないもので、商品に高い価値を付加する。

 「国内でクラフトビールを醸造する所は今300社ほどありますが、今すぐに麦をつくろうと思っても、それはなかなか難しい。先祖代々この地で農業を続けてきたことが私たちの強みです」。農家がつくるクラフトビールに大きな可能性を感じた。小さくても、地方でも、世界に挑む力はある。

ホップの栽培
輸出されているクラフトビール
自社製ホップを栽培し、全て自前のクラフトビールづくりを目指す
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