農産物のフェアな取り引き 顧客に寄り添い、持続する農業の形をつくる 取材先:京都市伏見区 中嶋農園

アグリソリューション

  農産物の取り引きは果たしてフェアなのだろうか。生産コストを割り込む価格でしか値が付かなかったり、天候の影響で、通常よりも随分高値となったり、あるいは異常気象により作物が壊滅すれば、天候のリスクを生産者が一手に引き受け、売り上げが0という場合もある。そこに公平性はあるのだろうか。実現すべきは、一方だけが損をせず、また利益を独占することなく、相互が利を分け合うような取り引きだ。

  商いを長く続けていく秘訣とされる、“買い手よし、売り手よし、世間よし”という『三方よし』の経営が農業にも求められる。ニーズを満たす品質を確保しながら、考えられるリスクを実需者と分け合い、その上で約束を果たしていく。そんなフェアな取り引きをどうすれば実現できるのか。都市近郊農業を営む生産者を訪ね、契約栽培に取り組む姿にこれからの農業を探った。(記事内の数値・状況は2020年5月現在)

新たな流通を作り出す

市街地まで車で30分、飲食店に直接販売できることは大きなメリット

 京都市伏見区の向島地区は、市内の南部にあって、大阪にも比較的近くベッドタウンとして開発が進み、高層マンションが立ち並ぶ。今回、その向島で、都市近郊農業の強みを活かして、実需者と直接取り引きし、契約栽培を行う中嶋農園を訪ねた。「超都市近郊農業である私達の経営形態は、8〜9割が飲食店への直接販売になります」。そう語るのは、中嶋農園4代目として、代表取締役を務める中嶋直己さん(38歳)。同農園では、中嶋さんと両親、2名の従業員が働き、酒米60aを含む水稲8haと、サニーレタス1ha、レタス50a、キャベツ1ha、黒枝豆30a、タマネギが30a、ニンニクを5aなどを栽培し、これらに加えて、50aを少量多品目の品種に振り分け、京野菜全般やイタリア品種のトマトなど、飲食店からの個別の要望に対応して栽培している。「京都市の中心街までここから30分程で行けるので、飲食店に直接販売できることは大きなメリットです。春から夏にかけては、朝に収穫した野菜を、その日に届けるサービスが行え、非常に大きな強みになっています」。米は全量が飲食店との契約になっている。現在10社の飲食関連企業と直接取り引きし、中には大学食堂への食材供給なども行っている。

中嶋直己さん
ほ場の向こうには高層住宅が建ち並ぶ

ネットで小ロットを売る方法に触発され、農業でも実践

 中嶋さんが就農したのは10年前。農業が楽しそうに見えず、「この仕事はやりたくない」と思い、実家の農業を継がず、東京で繊維商社の会社員として働いていた。「激務でしたが、すごく楽しかったし、天職だと考えていました。しかし、これから先の事を考えた時、命を支えるような、もっと人の役に立つ仕事があるのではないかと考えました」。そこで、実家に戻り就農を決意する。そして取り組んだのが、従来の農作物の流通を変えることだった。それまで米はJAに供出し、野菜は地域の卸売市場に出荷していた。「繊維の商社で働いていた時、本来であれば1本200mが最小単位の反物を、インターネットでクリックすれば1〜2mの小ロットで注文を受けて翌日届ける会社がありました。すごく使い勝手が良かった。もちろん大きなロットにも対応している。それを農業でやってみたいと考えました」。そこで早速、中嶋さんは会社員時代に知ったこの発注システムを農業で行ってみた。「当初、ネギ1㎏くださいと言われました。大体500円です。それを持って行くのに往復1時間かかりました」。全く採算が合わないスタートとなった。

 試行錯誤が続いた。営農のヒントを求める中、ある時、評価の高い近県の農家を訪ねた。そこで、「恥ずかしい話しですが、格好をつけて日本の農業を良くしたいと話しました」。それに対して返ってきた言葉は、「農業を良くする前に、君は自立できているのか」。胸に刺さった。その当時中嶋さんは、父親から給料をもらって生活している状況で、さらに年収を聞かれても答えることができなかった。「妻からも普通の生活をさせて欲しいと言われました。こっちも頑張っていると思っていましたが、冷静に考えればその通りで、3年待って欲しいと話しました」。そこで、3年で経済的に自立することを目指す。「3年で何とかする。その思いだけでした。自分のやっていることが正しいのか正しくないのかわかりません。始めたからには、そのやり方で行くしかありませんでした」。中嶋さんの営業努力もあり、注文を受け、鮮度の高い農産物を直接届けるやり方が徐々に評判となる。それに伴い顧客が増え、採算がとれるまでになった。「3年でどうにか会社員時代の給料よりも収入を得ることができるようになりました。この方法に共感するお客様が増えたのは、時代の流れかもしれません」。

キャベツ畑
キャベツは1haで栽培している

取引先の期待を裏切らない農業

適正な規模で適正な品目、そして適正な人員で効率化を図る

 しかし、単に顧客からの注文品を届けているだけでは、お使いのようなもので、それ以上の取り引きには繋がっていかない。「最初の切り口として、配達して届けることは良かったのですが、同じような取り組みを始めるところも現れ、競合になってきました。そこでお客様から言われたのが、より安く、求める農産物を手に入れたいということです」。まずはどの取引先も“より安く”を共通して希望していた。「私たちが生産しているキャベツやサニーレタスは世の中に溢れるほど出回っています。いくらでも比べることができます。その中で買ってもらえる一番早い方法は、安くすることです。皆が100円で売っているところを、私たちが90円で売れるかどうかです」。都市近郊農業のため、消費地までの輸送コストは比較的低い。

 そのうえで、「90円で売るためにさらにコストを抑え、努力をするかです。そのためには、適正な規模で適正な品目、そして適正な人員。これが安くするためのポイントになります」。その中でも、人が一番重要だと語る。「農作業をするうえで、1人でやる方が効率が良いのか、2人のほうが良いのかを、私が指示を出すのではなく、コスト意識を持って、従業員が常に考え、動くようにしています。このコスト意識を持ってもらうまでが非常に大変でした。人材を育成することは、私自身が成長して勉強していかないとできません」。中嶋農園では、午前8時から午後5時までで、その日予定していた農作業を終了させる。限られた時間の中でいかに効率良く仕事を進めていくかが求められている。作業に関わる全員がコスト意識を徹底していないとなかなかできないことだ。この取り組みが“より安く”の基盤となっている。

 価格に対応しても取引先が求める“欲しいもの”はまだその先にもある。「精米した袋を指定の袋にしてほしいと話があれば面倒でも対応します。キャベツの栽培方法や欲しい時期が4〜5月であれば、希望の栽培方法で、その時期に対応する品種を栽培します」。価格の先の希望に応えることでさらなる差別化が図られる。そのため、実需者に寄り添い向き合うことが必要となる。「お客様と一緒になって、欲しい時期に対応する品種を試して、この時期はこの品種でいくと決まれば、翌年以降も継続して納品出来る様に話し合いをします」。しっかりコミュニケーションを取って、双方の一方的な希望や思いだけでなく、一緒になって農業に携わるという姿勢で関係をスタートさせる。この対応によって、安心感と安定感があり、信頼できる生産農家だと取り引き先の認識が変わっていった。

実需者と持続的な関係を築き、フェアな取り引きを目指す

 ただその認識を守っていくことは容易ではない。天候に左右される農業では、約束した品質と収量を、約束した時期に納めることは簡単ではない。「収量は絶対譲れないと言われるお客様もいますが、相互でリスクを持ちましょうと言っていただけるところもあります」。大切なのは、実需者としっかりコミュニケーションを取るということだ。メリットだけではなくリスクについても充分に話し合い、その分担をどのようにするかをお互いが納得して決めることができれば、持続的な関係を築いていけるし、フェアな取り引きだと言える。

 「欠品時に仕入れをしてでも納品しなければならない場合は、話し合いをして仕入れ原価分はお客様に負担していただき、その上で要望に応えています」。中には中嶋農園で生産したものでなければ困ると言う取り引き先もあり、「お客様が使われる1.5倍程をリスク管理として作付けします。それでもだめなときは相談させていただきます」。ただそうなると、多めに作付けした分が余ってしまう場合もある。その時は、直売所や他の飲食店へ取り引きを提案し、ロス率を低く抑えることに努めている。「お客様のこだわりを、今まで蓄積した農業の技術でいかに実現するかが私達の農業です。お客様の期待を感じ取り、期待を裏切らないよう取り組んでいます」。

サニーレタスのハウスが並ぶ
ハウスの中のサニーレタス

農業が続けられる仕組みを作る

自然環境の保全にも取り組む

 中嶋農園の経営理念は、農園がある京都の代表的企業である京セラの経営理念に倣って、“全従業員の物心両面の幸福を追求すると共に、農業を通じて社会の発展に貢献する”としている。「農業を続けるということだけで、社会の発展に貢献すると私は思っています。その仕組みを作りたい。これが今の目標です」。

 その一つとして自然環境の保全にも取り組む。取り引き先の要望もあってだが、裏作のタマネギとニンニクは栽培において化学肥料や農薬は使用していない。「生ゴミを回収して堆肥化し、それを畑に戻す循環型農業の取り組みをしています」。都市近郊農業では、自然環境への配慮も農業を続けていくためには必要となってくる。また、環境悪化を招く耕作放棄地を抑制する農地の受け手としての役割にも積極的だ。「今後、地域の農家さんが農業を辞めるとなった時、私たちが引き継ぎ農業を続けていきます。規模が大きくなれば、人を増やし、お客様を探します。そのために今取り組んでいるのが、人材育成と農業技術の蓄積です」。農業を続けていく仕組みを一つずつ作っている。

 その仕組みの根本にあるのは、中嶋さんが実践してきた契約栽培の取り組みだ。実需者に寄り添い向かい合う中で、その要望に応え、またしっかりとしたコミュニケーションを図ることで、生産現場に発生するリスクを受け入れ、それに対して公正に対処していこうとする姿勢に、これからも持続していく農業の形を見た。実需者と生産者の距離が近いからこそ生まれる関係性だと思えた。

 お互いが自分たちの利益しか見ないのでは、どちらかが疲弊し、その関係は長くは続かない。またその取り引きが社会の負担になるのならこれもまた継続は難しい。“買い手よし、売り手よし、世間よし”という『三方よし』の関係が商いを継続させる。その実践には誰に対してもフェアであることが必要だ。中嶋農園の取り組みにそれを見た。  「ここでの仕組みが出来上がれば、次に私は違う地域に行って同じ事をやります。農業を続けていくのに困っている地域や、農業で面白いことに取り組んでいる地域があると思います。もしかしたらそれが海外かもしれません」。農業を持続するフェアな取り組みが広がることを願う。

誰に対してもフェアであること、それが「三方よし」にとって必要なこと
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