若手農家3人で合同会社を設立 他産地と差別化したトマトを直売所で販売する地産地消の取り組み 取材先:岐阜県海津町 スマイルふぁーむ

アグリソリューション

  農業は第1次産業に分類されるけれども、今の日本で商品として通用する農産物を作るためには、生産設備・機械を揃え、肥料・農薬を投入し、安全・安心を担保する取り組みも行う必要があり、品質を維持するためにはしっかりとした生産コストが必要になる。第2次産業に分類される製造業となんら変わりがない。これを“自然界に働きかけて直接に富を取得する”として第1次産業に分類するには少し違和感がでてきているのではないだろうか。

  野に生えているものを売っているわけではない。人は食べ、眠り、働き、対価を得る。もし食費が対価を上回れば生活は成り立たない。それ故、暮らしの基底にある第1次産業として食の価格形成において社会的要請を反映することになるが、このままでいいのだろうか。生産コストを顧みない価格は生産者を追い込む。価格形成能力を半ば手放したままでは、供給サイドの食費が対価を上まわってしまう。その危機感が生産者に新たな一歩を踏みださせる。(記事中の数値・状況は2020年3月現在)

単価が低下するなか、直売を開始

現状では限界が来る 乗り越えるためにチャレンジ

 岐阜県の海津町にあるのがスマイルふぁーむ。3戸の若手トマト栽培農家によって2019年の8月に設立された合同会社で11月より直売を始めた。「トマトを取り巻く環境が厳しく、市場での単価がどんどん下がっていく現状の中で、このままでは限界が来ると感じていました。自分たちで何かできることはないのか、また消費者の声を聞きたいという思いもあって、この直売所を始めました」。

 それまでは全量を農協に出荷するスタイルで、どんなにいいトマトを作ろうとも市場での価格は需給状況により自分たちの手の届かない所で決まっていた。安いときもあれば高いときもあるという状況ならば、均して採算を取ることができるが、他県大産地のトマト生産量が増加する中で、価格は芳しくなく、生産者の先行きに対する不安は大きい。それを乗り越えるためのチャレンジとなった。代表は近藤康弘さん(37歳)、経理を担当する業務執行社員が田家一衡さん(34歳)、栽培を担当する業務執行社員が福島紳太郎さん(29歳)。20代、30代と若く、意欲も高い。3人の個性が互いを補い合って農業を持続する力になる。

左から福島さん、近藤さん、田家さん

 海津市は岐阜県最南端の濃尾平野に位置し、比較的温暖な気候で、豊かな水と肥沃な土壌で昔から農業が盛んに行われてきた。現在は大型圃場が整備され、県内有数の米・麦・大豆の産地であり、施設園芸も多く行われ、特に10月~6月まで収穫される冬春トマトの生産量は県内の80%あまりを占め、全国で見ても上位にランクされる産地。しかしそれに安穏としている余裕は全くない。「このままの値段では、海津でもトマト栽培をやめる人が出てきます。他の産地なら産地ごと潰れるかもしれません」。従来の農業の形では採算がとれず、生き残るためにはこれまでのやり方を変えていかなければならなくなっている。

 そんな地域で2007年に親元就農し、トマト栽培を続けてきたのが近藤さん。2017年に経営を継承し80aでトマトを栽培している。3人の中では一番キャリアが長くリーダー的存在でもある。田家さんは愛知県からの新規就農者。大学院で養液栽培の研究を行いスイスでの農業研修の経験もある。その後岐阜県就農支援センターでトマトの独立ポット耕栽培を学び2015年に独立就農。現在50aの規模で展開している。「今、目の前の事に一生懸命取り組む」のが信条。福島さんは大学卒業後、地元農協に勤務。その後、岐阜県就農支援センターで独立ポット耕栽培などを学び、実家の農業を2018年に引き継ぎ41aの規模でトマト農園を経営している。3人の中で最も若く発想も柔軟だ。3人とも土耕栽培に加えて養液栽培にも取り組む。「養液栽培ですと、どれだけの栄養が吸収されたかなどが分かりやすく、木の健康状態などとリンクさせながら管理することができます」。栽培技術の高度化に役立っている。

独立ポット耕栽培
木なりトマト

他産地と差別化できる商品を出荷

 これまでは作ることに精一杯で、確かに良いものが多く作れるようにはなったが「単価に全く目を向けていなかった自分たちがいました。そこをなんとかしないと」。この先この地で長く農業を続けていくためには必要不可欠の視点だ。それではどうすれば単価を上げていくことができるのか。他産地と差別化できる商品を市場に出荷するのもその一つ。加熱用トマトのパスタと言う品種に目を付けたが、産地として新品種に取り組むのは様々な課題も多く、「まずは自分たちで作って売ってみようということを一つのきっかけ」とし、スマイルふぁーむを設立した。

 「40歳になって今のことをやろうと思ったら絶対できなかったと思います。今はまだ伸びるチャンスがありますし、子どもが大きくなったらリスクを取れなくなってしまう。それに、体力的についていけない。このタイミングで踏み出したのは良かったと思っています」。冬春トマトの出荷シーズンに連動した直売場を設けて消費者への直接販売事業を開始した。また直売所の向かいには自社の栽培ハウスも用意し、将来的には農業体験などによる食育なども行えればとしている。ただ、今の所、メインの販売ルートは農協を通した市場出荷であり、こちらも変わらず重要。直売事業を通して海津産のトマトという地域特産品をPRし、市場価額の向上に繋げていくのも大きな狙いとなっている。

直売所
ハウス内部

複数の販路でリスクを軽減する

新鮮さを大きな武器に直売所を展開

 市場には大玉トマトの華ロイヤルを卸しているが、直売所ではこれに加え中玉トマトのフルティカ、トマップル、華レジェンド、ミニトマトのラブリーさくら、アルル、トマトベリー、華カミカミ、カラフルミニトマト、加熱用トマトのパスタを扱っている。バラエティー豊かな品揃えだ。市場出荷と違い、完熟してから収穫し、店頭に並べることができ、商品の新鮮さが大きな武器となっている。量販店との違いを出し消費者の評価も良く、リピーターを獲得。2019年11月にオープンし、週2日の営業で、現在は1日40人ほどが来店する。「最初は物珍しさからの来店で、その中からリピーターになっていただける方が現れ、そこから口コミで徐々に増え、ポスティングのチラシなどで集客を図りました」。目標の集客数は1日100人。「しっかりとした品質の美味しいトマトを売っていきたい」と、低価格で人を集める店ではなく品質で人が呼べる店を目指している。

週2回開かれる直売所
バラエティ豊かな品揃え

地産地消は生産者にも消費者にも大きなメリット

 消費者にとっては新鮮で地元産のものが食べられるというメリットがある。地域のスーパーでも他県産のトマトが溢れ、地元住民でも海津産トマトに触れる機会は少なく、「海津がトマトの産地だと知らない方も多くいます」。ここに来れば地域の食材を必ず購入できるわけで、地産地消による地域貢献へと繋がる。また生産者が直接対応する顔の見える販売で、安心感も高く、昔の八百屋さんで買い物をするときのように、ちょっとした会話を楽しむこともでき、コミュニケーションの場ともなっている。

 経営においては、売り先を複数確保することで、単一販路に頼るリスクを軽減することができる。市場出荷は時々の需給状況に左右され、また近年は異常気象が常態化し、頻発する想定外の事態に大きな影響を受ける。それらを和らげる一つの手段となる。また直売事業に携わりながら、そこから派生する地域量販店との取引やレストランで使ってもらうことなどのさらなる展開や規格外品を有効に活用することなども視野にある。これから何十年も農業に携わっていく農業経営者にとっては当然の選択だ。

繋がることで食に対する意識が高まる

生活者の視線を得ることで、栽培技術の向上に

 この直売事業は販路の多様化だけではなく、生産者としての意識改革にも繋がっている。「それまで自分たちの作ったトマトは単なる“商品”としか見ることができませんでした。もちろん食品として気を遣い、常に良いものを作ろうと心がけてきましたし、どのような販路で流れていくのかも把握していましたが、最終的にどのような方が手に取って食べているのかは全く実感できませんでした。しかし実際こうやって、食べて下さる方を目の前にして販売し、“美味しいね”などの感想を直接言っていただいて、やりとりする内に自分たちが作っている物は“食べ物”なんだという思いがすごく実感できるようになりました」。

 消費者とコミュニケーションを取る中で、人の命を支え、また喜びともなる“食” の生産に携わっているんだという自覚が強まってきているようだ。「それがやりがいとなり、生産に対するモチベーションが上がっています。もっと美味しいものを作りたい。もっと良いものを作りたい。そのためには栽培技術を上げていかなければいけない。そんな想いが出て来ています」。

 作る側、買う側が隔てを越えて交わり、生産者が消費者目線を得ることで共に生活者として相対するようになってきているのかもしれない。生活を豊かにする食、それに携わる自覚、同じ生活者の期待に応えたい気持ち、繋がることで食べ物に対する意識が高まっている。また消費者とのコミュニケーションで得た情報は自分たちの生産に活かしていくだけではなく、農協の部会に還元することもでき、地域農業向上のヒントになっていく。

左のハウスが直売所。その向かいが食育などを計画している自社栽培ハウス
食育として農業体験実施も考えている

子供たちに農業を職業として選択してもらうために

 スマイルふぁーむは直売事業に加え、自社で用意した栽培ハウスを食育の場として活用することも考えている。「近くの小学校や保育園の子どもたちを呼んで、植え付けから始まる農業体験などを実施できればと思っています」。農業について、食について小さな頃から知ることは、命を育てそれをいただくという、生きていく本質に触れることで、生きる力を養うことになる。また何より、海津産のトマトを含めた地域農産物に小さな頃から親しんでいけば、地域農産物に好意的な消費者を育てることになる。食育の経験は地域ブランドの形成にも役立つ。ひいては市場単価の向上にも繋がるかもしれない。

 「農業が子どもたちに魅力ある仕事として、職業の一つに選んでもらえるようになれば良いなと思っています」。それが3人の共通する思い。しかし今のままではとても勧められないのが現状。「今は単価が取れないので収益を上げようと思ったら自分の労働時間を増やすしかありません」と田家さん。「子どもが農業をやりたいと言っても、土日休みたいのならやめなさいと言います」と近藤さん。「今の状態を見てやりたいとは、多分言わないと思います」と福島さん。子どもが大きくなるまでにこの状況を何とかしたいという強い思いがある。

 「農業は魅力的な仕事だと思います」。ただ職業としてみれば、経済性の問題が大きく横たわっている。そこを何とかしなければ前には進めない。「1次産業はまだまだビジネスチャンスがあると思います」。農業を成長産業にしようとして各地様々な試みが行われている。その一つが消費者への直接販売であり、スマイルふぁーむの取り組みもそれに繋がる。

 今スマイルファームの運営は、雇用などはなく、3人のうち2人が店番をするという体制。直売するために栽培しているものもあり、仕事が増えているが、「大変だけど楽しい」というのが率直な感想。自由度が高くなり、様々な取り組みの可能性を持ち、「作ったものの良さを消費者に直接伝えられます」。消費者に向かって一歩近づくこと。それが視界を広げ、限界を突破する道に繋がっていくのではないだろうか。心踊る未来に向かって踏み出しているように見えた。

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