会社員の定年延長や撤廃などが行われているが、それらを可能にしているのは労働環境の変化だ。オフィスにはコンピュータを始め、人の能力を補う様々な機械・システムが導入され、労働可能な年齢を押し上げていく。音が聞こえにくくても、小さい字が見えなくても、記憶力が落ちても何とかなる。高度成長期のモーレツ社員が55歳で定年を迎えていたことを思うと隔絶の感だ。
農業も同じ事。高齢化が進行しているが、それを可能にしているのが便利な農機。それに負うところは大きい。そして働き手のさらなる力がスマート農機だ。中でもロボット農機には大きな期待がかかる。日本農業の可能性を押し広げる存在となる。その実際を大規模生産者の取り組みの中で探る。
地域農業の持続に貢献する
福井県大野市で水稲70haをメインに麦・ソバ40ha、地域特産のサトイモ2haを経営しているのが㈲ガーデンファームだ。経営主は庭榮治さん(78歳)で娘の栄子さん(47歳)をパートナーに土地利用型の大規模経営を展開し、地域農業の基幹的な役割を果たしている。昭和56年に榮治さんが専業で農業に取り組み始め、平成17年にガーデンファームと名前を変えてから規模拡大が進んだ。
「今年4ha増え、来年も7~8ha増える予定。多いときには10haを超えて拡大している」と榮治さん、「お年で農業を辞める方とか、兼業で続けてきたけど機械が壊れたのを機会にあずかって欲しいと言われる方の田んぼです」と栄子さん。地域ではこの先も農地を任せたいとする人が多く出そうだが、「もうこれ以上は怖いです」と栄子さんは言い、それに榮治さんが頷く。労働力は親子2人に従業員1名、農繁期には人手を集め14名程にもなるが、それでも手が回らなくなる。「人は簡単に集まりません」。これ以上面積を広げれば手に負えなくなる。そんな状況が迫っている。
作業の効率化が大きな課題
手がけるお米はコシヒカリをメインに、いちほまれ、あきさかり、今年からは飼料米も始めた。鶏糞を多用した土づくりを行い、減農薬を実践。水は山間部から流れ出る真名川から取水する。「冷たくて綺麗な水です。そのままでも飲める」。その中で、高い食味のお米づくりが行われている。旅館やレストランとも直接取り引きし、美味しいと、評価は高い。ただ食味向上に貢献する水の温度は収量に反比例し、反収は8俵前後。
生産においての課題は作業の効率化だ。地域では3反歩以下の小さなほ場が標準で、手がける枚数が多くなる。その中で「水管理と草の処理が大きな負担になっています」。草刈りはシルバー人材センターを利用しているがコストが増え、水管理は人の目で確かめる必要があり大きな手間がかかる。そんな環境で様々な新しい取り組みが行われ、密播を始め、水田水位の自動化を支援する装置やドローン、KSASにも取り組み、農業のスマート化を進めている。
アグリロボ田植機を導入
その中、今年の4月に導入したのがクボタのアグリロボ田植機NW8SA(無人仕様)だ。昨年、庭さんのほ場で実演が行われ、その時変形田を欠株なしに綺麗に植え付ける姿を見て決断した。「植え直し担当の母がぜひ欲しいと言ったのが決め手です」。また県内全域をカバーする福井県農業共催組合のRTK基地局が今年3月に開局し、精度を高める補正情報が安価に入手できるようになったのも後押しになった。
実際の作業では、まずほ場の外周を一周してマップを作成する。その後、自動運転開始エリアに移動して、リモコンでスタートすると無人で内側往復植え付けを始め、それが終わると内周をまわり、最後は有人で外周をまわって植え付けが完了する。また周回時は“ゆうゆうロータ”が起動して旋回跡を整地し補助者の作業が不要となる。
Point:マップを作成した後は見守っているだけで綺麗な植え付けが可能。経験が浅くても、ベテラン並みの作業ができる。体も心も余裕が持てる。
ここが一押し:変形田でも最適な植え付け条数を判断し綺麗な植え付け
動いている間はなにもしない
使ってみての感想は「良いですよ。自動で真っ直ぐに植え付けてくれますし、基本的に動いている間は何もしなくていいですからね。何よりも楽です」。今年の田植えでは、無人仕様だがあえて田植機に乗っての作業とした。「苗が詰まったりしたときでもすぐ対応できますから。田植機に乗ったのは主に50代、60代の方。田植機に乗るのも何年かぶりで、運転するのに怖さもあると言うのですが、トラブルが無ければ何もしなくても良いので楽な気分で安心して乗ってもらいました」。その上で仕上がりは不慣れな作業者であっても、ベテラン並の真っ直ぐな植え付けとなった。
アグリロボ田植機を上手に使うコツは「最初のマッピングが肝心でしっかり角を押さえていく必要があります」。それができれば、後は高いレベルの田植えを安定して行っていくことができる。その作業は慣れの問題でもあるだろうし、全面を綺麗に植え付ける従来の作業よりはずっと容易い。今年は1年目だったが、作業体系の中にしっかりと組み込まれたようで、他の仕事への余力にも繋がる。規模拡大によって段々余裕がなくなっているところだが、その限界で大きな力になりそうだ。
ロボット田植機の恩恵を多く受けるのはシニア世代
「スマート農業は若い人の興味を引くし、導入しやすいと思いますが、シニア世代の方が、その恩恵を多く受けるのではないでしょうか」。田植えのシーズンが終わったとき、体への負担の違いを明らかに感じるはずだ。その差が農業を続けていく力となるに違いない。
「いち早くキャビン付のコンバインを買ったとき、周囲の者に笑われましたが、今じゃ皆がキャビンです。このロボット田植機もそうなります」と榮治さん。無人の田植機が農村を行き交う風景が日常になる。そんな日も遠くないのかも知れない。
栄子さんの望みは「ファームの平均年齢を若くしたいですね」。高校生の息子さんが農業を手伝っているがその姿に想いを重ねる。ロボット田植機はシニアを助け、その先進性は若者を惹きつける。その間を繋ぐ力があり、そこに未来への道もできそうだ。