「このままお米をつくり続けていいのか」。多くの稲作農家が抱く正直な気持ちではないだろうか。新型コロナによる外食需要の低迷、平年並みの作況が重なって、供給過多から米価下落。需要面ではまだ不透明な状況もあるが、来年の生産数量目標は今年に引き続いて減少しそうだ。
その中、冒頭の思案の一つの選択肢となるのがトウモロコシだ。輸入飼料の高騰もあり、国産に対する期待は熱い。直近のデータでは飼料自給率は25%で、濃厚飼料だけなら12%。自給率向上の鍵でもある。飼料用トウモロコシは水田や畑作の輪作体系に取り入れることができ、稲作と比較して面積あたりの労働時間が少なく、十分な収量もある。土地利用型農業の大きな可能性と言える。生産現場の実際を探った。(記事内の数値・状況は2021年12月現在)
飼料用トウモロコシが規模拡大の力に
大型機械を共同購入し作業の効率化とコスト削減を図る
北海道安平町は北海道の南西部に位置し、苫小牧市や千歳市に隣接する人口約7500人の町。基幹産業は農業で、畜産と畑作が盛んな地域として知られている。また、古くからサラブレッドの生産地として繁栄し、同町生産馬は競走馬としてJRAだけではなく、ヨーロッパやアメリカなど世界各地で活躍している。
今回、同町で畑作として飼料用トウモロコシの品種である、デントコーンを生産する㈱スキット代表取締役の鈴木悟さん(48歳)に話を伺った。同社は鈴木さんを含めた地域3軒の畑作農家と2軒の酪農家によって2012年に設立されたもので、大型機械を共同購入し作業の効率化とコスト削減を図っている。個人、法人所有圃場は合わせて300haで、その内30haと近隣農家から委託された10haでデントコーンを栽培している。
導入に新たな負担が発生しないことも魅力
「ここでは麦から始まって甜菜、大豆、小豆、トウモロコシで輪作体系をつくっています」。トウモロコシは、加工用スイートコーンと飼料用のデントコーンを作付している。スイートコーンは契約栽培で、それ以外の場所をデントコーンが占める。同社デントコーンの10a当たりの収量は、子実、芯、外皮を合わせ雌穂の部分だと1.2〜1.4t、子実のみなら0.8〜1t、ホールクロップとして茎・葉・実の全てを収穫すれば5tとなる。昨年度の飼料用米平均単収が539㎏/10aで、それに比べて子実だけでも十分な収量があり、飼料作物として大きな魅力だ。「デントコーンの播種は5月10日前後に行って、ホールクロップサイレージにするものは9月20日前後に収穫します。その跡は秋小麦。イアコーンサイレージにするものは10月中旬に、子実用トウモロコシは11月上旬に収穫し、その跡地には翌年に豆や甜菜を作付けし、輪作を行っています」。
安平町でデントコーンの取り組みが本格的に開始されたのは20年程前から。その頃、高齢化による離農が進み農地を手放す人が増え、農地の集積化が行われ、畑作農家1軒の圃場が40〜50haへと拡大していた。しかし、規模は拡大したものの、労働力は限られている。その中で何を栽培すれば良いのかが大きな問題となった。「野菜などの手間の掛かるものは手に負えません。今まで使っている機械で栽培できるものに限られてきます」。そこで、以前から畑作農家と酪農家の間で麦稈と堆肥の交換が行われていたこともあって、地域を担当する農業改良普及センターとも相談し、デントコーンを栽培して地域内での耕畜連携を図っていくことになった。「加工用のスイートコーンを栽培していたので、同じ体系で栽培することができます」。導入に新たな負担が発生しないことも魅力で、広がった圃場を活用するためデントコーンの栽培が始まった。
デントコーンは丈夫で病気に強く、人手を掛けなくても育ち、収量も多い。青刈りで収穫されたものは、スタックサイロと呼ばれる地面にシートを敷いた上に積み上げられ、その上にシートを被せて土をかけ発酵を促し粗飼料となる。この地での収穫調製は酪農家が自前の機械で行い、畑作農家は新たに機械投資する必要がなかったこともあって、農地の集積が加速度的に進む中、デントコーンに取り組む畑作農家が増えていった。鈴木さん達もデントコーンの栽培に取り組み、規模拡大に対応し、さらなるステップとして法人化を図りスキットを設立した。しかし「デントコーンは地域内で粗飼料として確実に取り引きされましたが、栽培が増えたことで供給過剰がおこってきました」。売り物があるのに売り先がない状態だ。地域外で新たな販売先を開拓するか、デントコーンを粗飼料としてではなく他の形で販売するか、大きな課題に直面した。
濃厚飼料への取り組み
デントコーンの新たな活用法としてイアコーンサイレージ
鈴木さんがデントコーンの販売先や他の活用方法を模索している中、農研機構北海道農業研究センター(北農研)では、国産の濃厚飼料として、子実飼料やイアコーンサイレージの研究開発が進められていた。イアコーンサイレージはトウモロコシの雌穂(芯、穂皮、子実)と茎葉の一部をサイレージ化したもので、可消化養分総量(TDN)は75〜85%。ホールクロップサイレージと子実飼料の中間に位置する。トウモロコシ子実からイアコーンサイレージに替えて給餌した場合の実証データでは、牛の乳量や乳成分に差は見られず、濃厚飼料として十分活用できるとされている。収穫・調製作業は収穫用のアタッチメントを雌穂収穫専用のスナッパヘッドと呼ばれる刈刃構造に変更することで可能。従来のホールクロップサイレージと同様の作業体系で行うことができる。刈り取り跡の茎葉残渣は緑肥として土壌還元でき、輪作によるほ場の高度利用で失われる地力の補充が期待できる。
北農研の取り組みを知った鈴木さんは、規模拡大に対応するデントコーンの新たな活用方法として、国産濃厚飼料の生産実証に参加。2013年からイアコーンサイレージ用を、翌年からは子実用トウモロコシの栽培をスタートした。機械装備に関しては、雌穂収穫専用の収穫機械を用意するには費用負担が大きいため、イアコーンサイレージの収穫と調製は外部のコントラクターに作業委託した。子実収穫は自前の小麦用収穫機が使える。
濃厚飼料に取り組んだことで地域外の肥育牛生産法人との取り引きが生まれ、イアコーンサイレージの委託生産を請け負うこととなり、安定供給に向けて生産規模の拡大も行った。スタート時5haだったイアコーンサイレージの生産面積は2017年には25haを超えるまでになり、デントコーンの8割程がイアコーンサイレージ用にまでなった。「嗜好性が高く、夏場でも良く食べると高い評価でした」。しかし、2019年からイアコーンサイレージの生産量を大きく落とすことになる。
イアコーンから子実飼料へ
「イアコーンサイレージに取り組み始めたころは輸入濃厚飼料が値上がりしていた時でした。その後、価格が下がりはじめると、輸入と国産の価格差がどうしても問題になってきます。取引先の事情もあり2019年からイアコーンサイレージの生産量を縮小しました」。現在40haで栽培されているデントコーンの内訳は、ホールクロップサイレージ用として20ha、子実用トウモロコシで15ha、イアコーンサイレージ用としては5ha。拡大したイアコーンサイレージ分はホールクロップサイレージへと切り替わっていった。しかし濃厚飼料としての子実にはまだ可能性があった。
イアコーンサイレージは、外部のコントラクターへ作業委託しているため、コスト削減にも限界がある。一方、子実飼料であれば収穫には小麦等の畑作で利用しているコンバインを利用し、乾燥には自前の乾燥施設で対応できる。そこで新たに養鶏農家との間に子実飼料の取り引きをスタートさせた。「この地域は養鶏業も盛んで、今は乾燥子実を近隣の養鶏農家に供給しています。私達が粉砕までして、すぐ鶏に給餌できる状態で出荷しています」。供給先の養鶏農家は平飼いで、地元でつくられた国産飼料によって育てられた鶏の卵として付加価値を付け、販売している。「その分高価な卵です。国産濃厚飼料を使うのであれば飼料代を吸収できる、こういう形で取り組むことが必要だと思います」。
輸入飼料は高騰しているが先は不透明
飼料を購入し堆肥を供給する耕畜連携
現在保有地と受託地合わせて40haでデントコーンを栽培しているが、今後も農地拡大が見込まれており、それに合わせて作付を増やしていく考えだ。デントコーンは省力作物であり、大規模面積で農業を展開する上で、利点が多い。また、作付面積が増えることで生じるその供給先の確保が、以前の課題としてあったが、「酪農でも高齢化が進み、担い手によって規模拡大が行われ、メガファームが現れてきています。その結果として、ホールクロップサイレージに関しては今後の需要拡大が期待できます」。
地域の酪農家はその多くが自分のほ場で粗飼料をつくって自給し、不足分を購入するスタイルをとっていたが、規模拡大によって効率化が求められる中、人手を使って粗飼料を自給するよりも購入する方が効率的だとスタンスが変わってきている。「メガファームになると飼料栽培に手が回らないこともあって、畑作農家と比較して単収が下がったり、飼料に雑草が混入して品質が低下することがあります。また、飼料作物を作らないとなると糞尿処理の問題がでてきます」。飼料を購入し堆肥を供給する耕畜連携が地域農業の最適解の一つとなりそうだ。
“自給率の向上”を図る好機に
ホールクロップサイレージに関しては、今後の需要増加が期待できそうだが、濃厚飼料としのイアコーンサイレージや子実用トウモロコシはどうだろうか。現在輸入飼料が高騰しており、国産の濃厚飼料が改めて注目されている。畜産農家も価格が合うのであれば国産濃厚飼料の購入を躊躇わないだろう。しかし、「今は輸入飼料が高騰していますが、この先どうなるかは分かりません」。生産現場ではこれまでの経験からして、状況を楽観する雰囲気はない。「畑作の飼料用トウモロコシにも、麦や大豆の様な畑作物直接支払交付金があれば、輸入飼料と価格の面で合わせていくこともできると思います」。国産の濃厚飼料を安定的に広めて行くには、今後の国の支援が期待される。また一方で、前述の養鶏農家のように国産濃厚飼料を付加価値として輸入飼料とは全面的な価格勝負を行わないことも選択肢の一つになる。
現在の輸入飼料の高騰は“過度な輸入依存から脱却”し“自給率の向上”を図る好機になるかもしれないが、気候の問題、エネルギーの問題、他国の購入方針などが複雑に絡み合って、先は見えない状況だ。その中でもなお、飼料用トウモロコシには大きな魅力がある。生産労力は低く、収量は高く、牛の嗜好も悪くない。高齢化が進展し、地域の農地を如何にして守るかが大きな問題となっておりその課題に挑む一つの有力な手段に思えた。飼料用トウモロコシは北海道だけでなく都府県でも生産されており、畑作だけでなく水田でもつくれる。水田の場合は『水田活用の直接支払金』の対象でもある。悩める生産者に貢献する潜在力は決して小さくない。