人手不足に負けない!見える化とスマート化でチーム力を向上させ、水稲、麦、野菜の大規模農業を推進する 取材先:滋賀県彦根市 ㈲フクハラファーム

アグリソリューション

  今まさに大きなリスクに囲まれている。新型コロナに加えて次の感染症も油断ならない。気候変動に対する対応も待ったなしの状況になってきたし、そしてここにきて大きく顕在化してきたのが少子高齢化の問題だ。もう何十年も前から言われてきたことだが、いよいよ社会を支える基幹的人々の確保が揺らぎ始めている。働き手を如何に集め、育てるか、様々な場面で大きな課題となっている。

  農業においてコロナ禍では海外労働力の確保が困難となり、事業の安定化を考えるなら、海外人材だけに頼らない労働力の安定確保が喫緊の課題だ。大規模農業においてはなおさら。そこで注目されるのが、限られた人員を束ね力を合わせ、得意を活かし、互いをカバーしながら目の前の敵に挑むチーム力だ。いくらヒーローでも一人では戦えない。仲間を集め、互いの能力向上を図りながら、立ち向かっていかなければならない。では、どうやって。大規模農業の働く力を探った。(記事中の数値・状況は2022年3月現在)

規模を拡大するほど意思疎通は難しく

水稲180ha、麦40ha、キャベツ30haの大規模経営

 滋賀県東部、琵琶湖に面する彦根市で稲作を主にした大規模経営を行っているのがフクハラファームだ。同ファームが営農エリアとする地域は平坦地が多く215haの経営面積で農業を展開している。代表取締役社長は2017年に2代目社長となった福原悠平さん(37歳)。「もともと父が2haの兼業農家から始めたものです」。時代の流れを敏感に捉えながら、経営面積を拡大し、大きく成長してきた。また集まった圃場は地権者の了解を得て、区画整備をして集約し、圃場一枚の平均面積は70aになっている。

 令和4年度の作付けは水稲180ha、麦40ha、キャベツ30haの予定。キャベツは麦後に作付ける。水稲は実需者の要望に応えながら10品種を手がけ、作期の分散と作業効率の向上を図っている。その中の1/3で滋賀県環境こだわり農産物の認証を取得した減農薬栽培に取り組み、さらに8haの圃場ではアイガモ農法を行い、その内の3haは有機JAS認証を取得している。これらは付加価値米としてECサイトで消費者に直売し、百貨店などでも販売している。その他は外食用、中食用、餅や米菓の原料、日本酒のかけ米などを業務用米として問屋や実需者に対して直接取引している。麦は8割をJAに出荷し、キャベツはカット野菜用の契約栽培。

 これらの事業に携わるのが、社長の福原さん、会長で父親の昭一さん、そして14名の正社員と3名のアルバイト。それぞれがフクハラファームというチームで地域農業の持続に挑む。

福原悠平さん
215haの経営面積で農業を展開している

力を貸してもらうためには情報の共有化が必要 

 昭一さんが勤め先を辞め、専業農家になったのは1989年。自分の生まれ育ったふるさとの景色が変わりゆく中で、“今ある田園風景を守り、次代へと繋げたい”との思いが転身を決意させた。その熱意と合わせるように農地が集まり、その後、人を雇用し、1994年に法人化。規模が拡大し続けたが、昭一さんが取り組みの原動力であり続けた。

 しかしある程度の規模を超えると問題がでてきた。「面積が増え、働き手が増える中で、作業指示や技術指導が困難になってきたのです」。家族経営であれば意思疎通は図りやすい。全て言葉にしなくても、相手の考えをくむことができたり、身近で共に過ごす時間の中で暗黙知を共有し農業技術を身につけることができる。しかし人を雇用するとそうはいかない。経営者が状況を正確に把握し、適切な指示を出していかなければ人は動かないし、“見て覚えろ”ではいつまでたっても技量が向上していかない。誰もが等しく正しく理解できる言葉や数字を使った方法が求められる。

 大規模面積を経営するためには力を貸してくれる人が必要であり、人を使うためには情報や知識を共有する必要がある。そこで圃場の状況や各従業員の作業進捗などを記録し、情報の数値化を行って、それらに基づいた作業指示や技術指導の必要があると考え、「県の普及センターに相談したところ、当時、富士通が開発に取り組んでいたICTによる営農データ管理クラウドシステムのモニターに参加することになりました。それにより作業の記録を残すことでき、データを振り返ることで農業の“見える化”ができると考えたのです」。

 それが2009年のことで、その頃はまだ一般的でなかった農業の見える化への取り組みがスタートした。さらに翌年には、九州大学が中核機関となって進めていた、篤農家の“匠の技”(暗黙知)を可視化し、継承する『農匠ナビプロジェクト』にも参画。それまでの経験やノウハウがデータ化され、農業経営に関する様々な情報が蓄積されていった。それらがチームでたたかうための素地となった。 

“今ある田園風景を守り、次代へと繋げたい”との思いから先代が専業農家に転身し、規模拡大を続けた

見える化とスマート化が大きな力に

農業の見える化で従業員にもコスト意識が芽生える

 営農をデータ化し管理するシステムは袋のようなものだ。あるいは子供のようなものとも言えるかもしれない。中身を入れて育てていかなければ使えるものにはならない。将来の可能性は高いがまずは手間がかかる。一枚一枚の圃場を登録することに加えて、どこでどのような作業をしたか、どんな農薬や肥料をどれだけ使ったか、どんな機械をどれだけ使ったか、現場の作業を終えてからパソコンに入力する仕事が増えた。それは従業員にとって負担であり、「従業員の理解を得ることが大切です」。手間のかかることだけど、これは後々、ゆとりや豊かさを生み出すことに繋がることだと、しっかり説明しなければならない。

 こうして農業の見える化が進められ、作業状況が迅速に、そして正確に把握されるようになり、懸案であった適切な作業指示と技術指導が行えるようになった。「同じ作業でも、従業員によって作業時間は異なります。その違いを把握することで、個々の目標を設定することができ、技量の向上やモチベーションアップにも繋がっていきます」。その結果として作業時間の短縮が図れ、コスト削減ともなる。また、データを活用して、年間の作業工程とその作業に費やす時間を見直すことで年間作業の平準化、最適化が可能となった。「無駄を省きコストダウンを図ることができ、その分を従業員に還元できます」。無理のない作業や収入の向上に繋がる。

 さらに収量や品質、それに対する生産コストや売上の情報が共有されていて、コスト意識が従業員の中で生まれている。自分たちが置かれている状況が明確で、同じ目標に向かって歩むことができ、チームとしての力を高めることになる。それ以外にも「データを残すことでトレーサビリティを強化することができます」。生産する有機JAS認証米や滋賀県環境こだわり農産物の認証に役立つ他、業務用米の取引においても食の安全・安心を担保して有用だ。

 また大規模農業を支える働く力として、その労働力を補う農業機械の存在も大きい。現在所有しているトラクタは12台でその内100馬力以上のトラクタが8台。コンバインは3台が7条刈りで1台が汎用コンバイン。田植機は8条植が4台。「シーズン中稼働している田植機とコンバインは各3台です。残りの1台ずつは、機械トラブルがあった場合の予備機です」。充実した体制を整える。その中で、新たな力として導入されているのがスマート農機だ。

大型トラクタを整備
所有するトラクタ12台の内100馬力以上は8台

ドローンと自動給水栓を活用し省力化に成功

 フクハラファームは令和元年度のスマート農業実証プロジェクトに参画し、『大規模水田作複合経営(水稲・麦・キャベツの輪作体系)でのスマート農業一貫体系導入による環境保全型省力・高収益モデルの実証』を行った。「ロボットトラクタや直進アシスト田植機、ドローンなどを導入することによるコスト削減の実証でした。作業時間は短縮することができました。総合的な費用対効果は今後の課題としてあります。スマート農機は集約化された大区画の圃場でこそ真価を発揮するもので、基盤整備とセットで考えていくことが大切です」。また、ロボットトラクタや自動直進機能の精度を向上させるため、自社で基地局を設置している。先ゆく先端技術に対して、その能力を充分引き出すため、現場の実際が歩み寄る、そんな場面も少なくないようだ。

 スマート農機の中で軽労化に大きく貢献しているのはドローンだ。社員2名がオペレーターとして免許を取得している。「農薬の散布で使用しています。夏場の防除作業は防護服とマスクを付けて、熱中症のリスクもあります。ドローンを使えばその心配が無く、作業時間も短くなり肉体的な負担はかなり少なくなりました」。また水管理には自動給水栓を活用し、「非常に楽になりました。効率がまったく違います」。

 デジタル化は多様で複雑化する状況を見える化し、また高い能力に達した個人の経験やノウハウを共有化することができる。それによって経営体の総合力が向上していく。スマート農機はその上で、労働力のさらなる底上げを可能とする。一部の作業では、経験が浅くてもベテラン並の仕事が行えるわけで、限られた人員で地域農業を守る上での大きな力だ。

防除作業でドローンが活躍
導入されているロボットトラクタ

美田を残すため、多様な課題に挑む

年間作業を平準化し、新たな栽培品目に挑戦する

 フクハラファームの創業理念は“日本の美しい田園である美田を未来永劫悠久に繋げていく『守る農業』の実践”。時代の変化が速く、激しく、その中で失ってはいけない価値を守り続けることは、多大な力がいる。守るためには攻めることも必要になる。今後の経営的課題は「現状、約4億円の売上を5億円まで伸ばしたいと考えています」。現在麦の後にキャベツを栽培しているが、さらに農地の高度利用を図り、「新たにタマネギやネギの試験栽培に取り組んでいます」。それを可能にするのは労働力の確保があるからだ。

 見える化によって、年間作業を平準化し、新たに栽培品目に対応する。また主力の稲作においては米価下落の状況があり、その中では「もっとコストを下げていく必要があります。1万円で売っても利益が残るつくり方です」。そのためには、「ICTによる見える化の活用がポイントだと思っています。限られた労働力で最大の効果を出す仕組みをつくっていく必要があります」。精密な管理は無駄を省くことに繋がる。さらには付加価値米の強化ということも考えられるかもしれない。滋賀県環境こだわり農産物やアイガモ農法による有機JAS認証米を生産しているが、農水省で策定した“みどりの食料システム戦略”もあり、環境配慮型のお米には追い風になりそうだ。

アイガモで付加価値のあるお米を生産
収穫されたキャベツ

チーム全員の能力を底上げする取り組みが必須

 ただ、いずれにしても社会が複雑化、高度化する中で、一人で立ち向かうことは難しい。一点突破はできるかもしれないが、取り組みの持続を可能とする強靱さを持つためにはフクハラファームが取り組んできたような、事業に携わるもの全員の能力を底上げしていく取り組みが必須だ。「先ずは私自身が、もっと知識や技術を身につけていかなければなりません。そして先代の知識、知恵、ノウハウを全員で継承できるようにしていきます」。チーム力の向上が、時代の流れの中にある課題に挑戦することを可能にする。

 社会全体の働き手が減少する中で、ただでさえ人を集めにくい農業にあっては、より事態は深刻だ。地域農業の持続のためには職業として選ばれる努力と同時に、現従事者が単位当たりの労働で産出するアウトプットを量、質とも向上させていかなければならない。同ファームにはその方法があり、美田を後世に残す一つの形が見えた。

チームの力で美田を未来に残していく
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