りんごの木を氷で包む「散水氷結法」で遅霜と温暖化に対応 取材先 岩手県二戸市 りんご農家 近藤哲治 二戸農業改良普及センター 小野浩司

アグリソリューション

  農業は自然環境に依存し、特に果樹栽培は気候の変化に敏感で適応範囲が狭い。そのため、水稲や主要な野菜とは対照的に、地域ごとの気温の相違を第一の形成要因として気候条件に合った栽培適地が形成されている。そういう作物にとって気候変動による気温の変化は存続に関わる

  水稲をはじめとした一年生の作物は、播種期等を調整して適温期間に栽培することである程度の対応をすることができるが、樹木である果樹はその土地に根付いているもので、不適切な状況を選んで避けるようなことはできない。また、果樹栽培は、栽植後すぐには収穫ができず、その後同一の樹で数十年掛けて生産を続けるため、気候変動の対策は長期的に考えなければならない。乗り越える壁は高い。農業を成長産業にするため、果樹生産の現場で何が行われているのか。りんご産地である岩手県二戸市を訪れ、取り組みを聞いた。(記事中の数値・状況は2019年7月現在)

全国4位のりんご産地の温暖化への対応

 近年、温暖化が進み、全国のりんご産地では、夏季の高温傾向による果実の着色不良や日焼け果が増えている。また、春期の平年を上回る気温上昇は発芽・開花を促進し、その後に起こる低温・降霜によって凍霜害が発生している。これらの気候変動が収量や品質の深刻な低下を招き、生産現場では大きな課題となっている。今回、りんご産地の岩手県の二戸市を訪ね、温暖化に対しどのような取り組みを実施しているのか聞いた。

 岩手県のりんご生産量(平成29年)は、3万9600tで国内4位の生産規模。他県産地と差別化を図るため、新品種の開発や、樹上完熟を取り入れるなどして、糖度や色合いなどの品質向上によるブランド化にも力を入れている。二戸市は県内陸の北部に位置し、冷涼で昼夜の寒暖差があり、降水量も比較的少ないことから、りんごの栽培適地として発展してきた。同市の舌崎地区で長年に亘ってりんご生産に取り組んでいる、近藤哲治さん(76歳)と二戸農業改良普及センターの小野浩司さんに温暖化への対応を伺った。

近藤さん(左)と小野さん
期待の新品種、紅いわて

散水氷結法で凍霜害を防止する 

 近藤さんのりんご畑は3haあり、2400〜2500本のりんごの木が植えられている。生産している品種は“ふじ”を中心に、この地域で力を入れている“はるか”、そして県のオリジナル品種の“紅いわて”。「岩手県は収穫量よりも品質を重視しているので、他の産地よりも反収は少なく、2〜2.5tが平均ですが、気候の影響で品質、収量の維持が難しいくなっています」と小野さんが産地の状況を教えてくれた。その中、近藤さんは品質、収量ともに高く、約3tの反収を確保している。「品質と収量を維持するため、凍霜害と夏場の高温対策には、かんがい施設整備が重要」と近藤さん。園地には『県営畑地帯総合整備事業(担い手育成型)舌崎地区』によって給水栓が設置され、その効果をさらに有効利用するため、平成20年度の『果樹経営対策支援事業』を導入して末端かんがい施設整備を行った。これにより、園地全体にスプリンクラーによる散水が可能となった。

 凍霜害に関して近藤さんは、「この舌崎地区はすり鉢の底のような地形です。風がないので、霜が降りると動かない遅霜の常襲地帯です」。りんごは開花期に近づくほど凍霜害を被る危険性が高くなる。春先の気温が上昇し、発芽・開花が早まれば、それだけ遅霜による凍霜害のリスクが高まる。小野さんは、「凍霜害防止対策の一つが散水氷結法と言う技術です。大量の水を噴霧して、りんごの木全体を氷で包んでしまいます。水をまき続けると氷になるときの放熱で、りんごの木は0℃に保たれます。この技術で霜が降りるような寒さであっても、凍霜害による被害を防ぐことができます」。散水氷結法を初めて見た時の近藤さんの印象は、「りんごの木を氷で包んでしまって、はじめは本当にびっくりしましたよ。一面氷漬けになって。こんなことして大丈夫かなと思いました」。散水氷結法は、花芽を氷点下から守り凍霜害を防ぎ、結実率を高める効果がある。しかし、大量の水を必要とするため、畑地かんがい施設が整備されていないと実施するのは難しい。

 夏季の高温では、主力品種のふじの蜜入りに問題がでてきている。「8月の気温が高いとふじの蜜入りが悪くなります。十分なかん水により、園地の温度の高まりを抑えます」と、高温対策として夏季におけるかん水の重要性を小野さんは述べる。

 「スピードスプレーヤーでの防除作業時には、園地の給水栓から防除用の水を取り入れられるので、給水場所から園地まで行き来する必要がなくなりました」と近藤さん。かんがい施設整備による給水栓の設置は、凍霜害対策や高温対策以外にも、防除作業の効率化に役立っている。

設置された給水栓
散水氷結法で氷に包まれたりんごの木

 「高温になって影響を受けている一つが早生品種のつがるです。全国の産地で着色不良が発生し、価格も下がってきていて、この地域でもつがるの生産は減ってきています。それでりんごの着色対策として、新品種の導入を進めています」と小野さん。その新品種は岩手県農業研究センターで開発された、岩手県オリジナル品種の紅いわてだ。紅いわては、つがるほど早くはないが9月下旬に収穫でき、果皮は濃い紅色で、高温でも全面に着色する。強い甘みと淡い酸味があり、ジューシーながらパリッとした食感が特徴。見た目も食味も良く、皮をむいた後に果肉が茶色に変色しにくいという特性もある。近藤さんは、「紅いわては、着色に全然苦労しなくてすみます。食味も良い。今、1割程を紅いわてにしていますが、これから増えていく可能性が高いです」と新品種に意欲的。

 また、この地域で力を入れて生産に取り組んでいるのが、同じく岩手県で生まれた黄色い品種のはるかだ。ふじよりも後になる11月下旬に収穫される。このはるかの中でも糖度が15度以上、蜜入り指数が2.5以上を“冬恋”と名付け、さらに、糖度が16度以上、蜜入り指数が3.0以上を“プレミアム冬恋”としてブランド化を進めている。市場での評価も高く、高価格で取引されている。近藤さんは、「はるかは、高く売れるがその分手間も掛かります。袋掛けや摘果もしっかりやらなくてはなりません。今の労力では、はるかを増やすことは難しいです」。気候変動への対策もさることながら、労働力確保もこれからの課題となっている。

 「最初この辺は紅玉が中心で、他には国光を少し生産していました。昭和34年だったと思いますが、東北7号という品種ができたというので、もらって接ぎ木して増やしました。それがふじです」。近藤さんは消費者の好む品種をいち早く見極め導入してきたようだ。様々な品種を先ずは栽培してみて、その中で技術を確立し、良いと思うものを選択している。

 今までは消費者の嗜好に合わせて、品種の開発や栽培技術の確立が行われてきたが、そこに温暖化などを始めとする気候変動という要因が加わり、それに対応しながら、かつ消費者にも支持される品種の開発と栽培技術の確立が求められるようになってきた。果樹産地が存続のためにしなければならないことは多く、また高度にもなってきている。年間平均気温は今後もさらに上昇していく。日本の美味しい果物を守っていくためには、技術と共に、決して諦めない強い気持ちが必要に違いない。

温暖化に負けない果樹栽培が行われている
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