「さぁ今こそ、夢のある農業を語ろうじゃないか」~届ける農業から来てもらえる農業へ~ 取材先:北海道恵庭市 ㈲余湖農園

アグリソリューション

  日本農業を成長産業にするとして、規模拡大や6次産業化、輸出、ブランド化など、各地で様々な取り組みが行われている。今ここに在る環境に対応できる農業を模索しているということでもあり、質を転換し、如何に進化するかということが問われている。うまく順応できたものだけが成長の機会を得る。

  もし質を変えずに単に大きくなっただけでは、不摂生で体重を増やしたようなもので、それは成長とは言わない。そんな例も少なくないが、早晩歪が生じて立ち行かなくなる。農業を進化させる。それが生き残る道だ。地域の存続にも大きく関わってくる。でも進化はどのようにすれば起こすことができるのか。待っていてもうまくはいかない。それは往々にして意識の問題でもある。だから、そう、今こそ、夢のある農業を語ろうじゃないか。(記事中の数値・状況は2018年7月現在)

憧れを追い続けて、農業を進化

アメリカで大きなインパクトを受ける

 「26歳の時、農業の実習ツアーでアメリカに行きました。そこには、かっこ良くて、儲かる農業があり、私に大きなインパクトを与えました」。それをきっかけにして、従来のやり方に捕らわれずに、新しい農業に向かって果敢な挑戦を重ねたのが余湖智さん(70歳)。現在、北海道恵庭市で大規模な野菜作を展開。作物は特別栽培の野菜などが約60種類で、経営面積は約60ha、60名超の人々が働く。露地栽培、ハウス栽培を組み合わせて一年を通した農業経営を行い、環境に対応しながら意欲的に事業を展開している。しかし最初からこんな形の経営ではもちろんなく、時と共に変化を重ねてきた結果が今の形態に繋がっている。その軌跡は日本農業の進化の道程とも符合する。つまり来し方をもとに望む未来は、日本農業が向かう一つの行方とも言える。

 就農当初は7.5ha、農業系の専門学校を卒業し開拓農民の2代目として家業の農業を継いだ。そして26歳でアメリカの農業に直に触れる。「アメリカと日本の差は30年のギャップがありました。向こうではトラクタを使い、こちらでは耕うん機の時代。販売においてはファーマーズマーケットなどがあり、ホストファミリーに案内してもらいました。そして農家は経営者で人を雇っていました」。いつか自分もそのような農業をと、その憧れを常に追い続けてきた。

余湖 智さん
余湖農園の看板

有機農産物の宅配を始める

 日本に戻り、家業の農業に向かい合い、一般的な農産物をただ作るだけといった従来の農業からまずは一歩と、昭和58年に有機農業と直販の取組みを開始した。「ワゴン車に野菜を積んで宅配を始めました。私と妻と交代で、月曜から金曜、地元から札幌まで、野菜を届けて回りました」。有機野菜という高付加価値の農産物を作り、消費者と向かい合う農業を展開。「1週間後に行くと美味しかったと直接評価が頂ける」。それが励みになり、その言葉が商品価値を高めることにもなる。ここに余湖農園の商品力の基礎がある。

 需要者との繋がりが「原点です」。宅配で伺う消費者は800名ぐらいになり、それだけで1000万円を売り上げるほどになっていった。ただ販売する手間、有機で農産物を作る手間と苦労も多い。「有機農業は虫、草、病気が三大大敵で、それとの戦いです」。また当時は地域で航空防除などを行っており、それに異を唱え、周囲と齟齬を生むこともあった。

量販店での有機農産物販売へ

 どんな方法でも永遠に有効だというものはなく、有機農産物を宅配するという方法も同じで、時代は移る。「中国や韓国から輸入される野菜が増えるにつれて、野菜価格の暴落が始まりました」。市販の野菜との価格差が大きくなれば影響は少なくない。その中で、スーパーに有機野菜を卸すという方法に変えた。「お客さんの所を回ることから、お客さんに店に来てもらう形です。買って頂く方との交流は減りますが、効率が良くなり、コストも安くなります」。

 また10年前にはJAS法の改正があり、「それまで有機栽培を続けてきましたが、会社も大きくなり、生産する量も増え、このままでは労力ばかり大きくなっていくので、関係者と話し合い、購入しやすい値段で提供して欲しいという声もあり、特別栽培に切り替えました」。化学肥料は使わず、市内から出る食品残渣を業者からもらってきて、それを農園で堆肥化し施用している。またJGAPとたまねぎではGGAPも取得。美味しく、安全・安心なものとして余湖農園の農産物をブランド化した。現在、コープ札幌やイオン、地元スーパーなど200社と契約し、「売場に産直コーナーを設けてもらって販売しています」。

余湖農園の畑地
農園敷地にある直売所に並ぶ野菜

人が訪れる観光農業の展開

ブランド農産物で加工品

 ブランド農産物としてこだわった栽培を行い、「厳冬期でも燃料を使わず、ほうれん草やターサイを無加温で栽培しています。外はマイナス20℃でも、マルチを敷いて蓄熱し育てることができます。ほうれん草などは甘みを増します」。また余湖さんにとって思い入れの強い農産物は調理用トマト。4haの規模で露地栽培し、今年は200tの栽培計画となっている。

 とれたトマトは「グルタミン酸が4倍、リコピン酸が2倍、加熱することでGABAが増える特性があります」。こういう優れた特性を持ったトマトを活かしたいと加工も手がけ、ジュース、ピューレの他、トマト鍋の素、トマト醤油、トマトソフトクリームなど多彩に展開。ホールトマトの缶詰、トマト鍋の素などは台湾など、海外に輸出もしている。加工は規格外品の有効活用にも繋がっている。

トマトを活かした加工品

お客様を農園に呼ぶ

 時代に応じて変遷を辿ってきた余湖さんの農業だが、10年前にまた大きなターニングポイントを迎えた。「60歳の時に入植した土地からこちらへ移転してきました」。以前の土地は千歳川の流域にあり、頻繁に水害が発生していたためで、買い上げとなった。そのときできた資金を全て新天地に投資した。

 「60歳でしたから引退するという方法もあったのですが、20代の時、アメリカで見て感化され、夢見た農業を展開したいと思いました」。新しい余湖農園には芝生の緑地帯が設けられ、バーベキューハウスを建て、桜の木を植え、直売所が併設された。「お客様に来てもらえる農業を目指しました」。お店から生産現場へ。消費者との距離が再び短くなった。

農業体験を実施し、バーベキューハウスでジンギスカン

 バーベキューハウスは1700円でジンギスカンが食べ放題。収穫体験は500円で4品目の収穫ができ、ピザの加工体験では旬の野菜をトッピング。収穫を楽しみ、味で感動する、“こと消費”を提供する新しい農業の形となった。コープトラベルのツアーコースにも組み込まれ、今は年間5000人ほどが余湖農園を訪れる。

 旅行代理店にとっても農業体験は人を惹き付ける力があるようで、農園にはプラン作成のために商談に来た旅行会社の人間の姿もあった。収穫したものをバーベキューにして食べるという農園からの提案にも大きな興味を示し、来年のゴールデンウイークの受け入れ体制を早々に確認するなど積極的。また「そば打ち体験にはシンガポールからの観光客が来られました」。外国人旅行者にもアピールする力がある。

手間のかかる野菜作で生き残っていく

集客力が収益力

 観光としての農業の課題は、「如何に来てもらって楽しんでもらうかです」。集客力がすなわち収益に繋がっていく。そのために提供するコンテンツを充実させると共に、「旅行会社にプレゼンしたり、SNSの専門家に相談しています。今はテレビで紹介されても反応は鈍く、新しい時代を迎えていると感じます。誰かがインターネットで“美味しい”とつぶやいた方が効果は大きいですね」。ネットをうまく利用することが観光農業にとっても必要不可欠となっているようだ。

 「今、来園は5000人ほどですが、これが年間2万人になれば、様々なことがガラリと変わります。作った野菜は納品しなくても良く、ここの直売所で売ることができます。もちろん開発した加工品もです。この分野をもっともっと強化していきたいと思っています」。農業の新しい在り方を感じた。

新鮮な野菜が並ぶ直売所内
活気のあるバーベキューハウス

日本農業がすすで来た道の縮図

 余湖農園のこれまでの軌跡は、時代と共に変化する環境に対応することで、進化してきた歴史とも言えそうだ。日本農業が進んできた方向を先取りしているようでもある。“対面販売により消費者との関係を築く”ことが根底にあり、作ったものをただ売るという供給サイドの論理から、消費者の気持ちを考えて作ったものを売るという、需要サイドに立ったマーケットインの姿勢へと変化し、様々な発想が生まれていく。

 その中で農産物に付加価値が積み重ねられていく。美味しさ、安全・安心、鮮度、アイデアある加工品など。そして観光では農業の多様性が持つ、感動、楽しさ、教育機能も価値となっていく。そしてこれらをどのような生産コストで生み出し販売していくのか。その戦略も考えていく。これからの日本農業に求められる多くのことがこの農園にあった。

高齢者、障がい者、外国人に支えられて

 今、農業に携わっていく人を如何に確保していくかが、後継者問題も含め日本農業全体の大きな課題となっているが、労働力不足、それに加えて人件費の上昇は、余湖農園にとっても悩ましい問題だ。それに対して幾つかの方策で対処しようとしている。一つはパートさんの活用。「パートさん約40名の中で65歳以上が80%です。最高齢は80歳。でもベテランで、若い人に敗けていません」。年齢を問わない長期間の雇用を行い、培った経験を活かしてもらうようにしている。

 調理用トマトの収穫時期はさらに人手が必要となるが、容易には集まらない。そこで町内会の70歳以上で健康な方を対象に「いつ来ても良いです。いつ帰っても良いです。収穫したトマトは1ケース360円で買い取ります。そういう募集をすると人が集まってきました。最盛期は1万円ぐらい稼ぐ人もいます」。やり方一つで高齢者が大きな力となっていく。また農福連携にも積極的だ。賃金と労働量の適切な関係を見極め構築することで、有用な労働力として力を発揮する。

 そして頼れる労働力となっているのが外国の人たちだ。ベトナムの技能実習生や台湾からワーキングホリデー、インターンシップで来日する若者や大学生などを受け入れている。来日して暫くは自宅に一緒に住み信頼関係を築き、「日本のお父さん、お母さんと呼ばれています」。インターンシップの学生は「単位がかかっているので一生懸命やります」。余湖農園の生産力を維持強化する強い味方だ。

 人手不足を補うために機械を導入し、作業の効率化を図っていく農業もあるが、「小松菜やホウレン草などは機械化が難しく作る人がいなくなっていきます。私たちは人手を確保する方策を持っているので、この手間のかかる野菜作で生き残っていきたい。そうすればうちは大きく伸びる」。そこにこれからの日本農業の一つの形が見えた。

労働力を確保し生産力を維持していく

夢見る力で農業を進化させる

 かっこ良くて、儲かる農業がしたいと夢を追い続けてきた余湖さん。その想い、憧れが、余湖農園を進化させてきた。「憧れた農業には100%近づいた。しかし満足度は80%」。伸び代はまだあるとして、これからは今実践している農業をより深めていくことになる。来園者2万人の夢もいつか夢でなくなる日が来るかもしれない。

 余湖さんのこれまでを眺めれば、夢見ることが大きな力だったと感じる。また、それは独りよがりのものではなく、消費者との関係を築き、その中で夢を見てきたからこそ、今のように大きな成果に結びついたのではないだろうか。みんなで見る夢は取り巻く世界を変えていく。より良いものに向かって進化は続く。その先にある日本農業の未来にワクワクした。

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