桃の海外輸出にチャレンジ! 海外展開で視野を広げ、しっかり続く農業を展開 取材先:山梨県山梨市三ヶ所 ㈱内藤農園

アグリソリューション

  海外に行くと目新しいものへと目が向くが、しばらくすると、あるいはただの傍観者としてだけではなく周囲との関わりが始まると、その視線は自分自身にも向かっていく。自己と他者の区別が明確になる環境の中で、“自分とは何か、日本人とは何か”と、程度の差はあるがアイデンティティーの探索が始まる。それをきっかけとして自分自身を深く知るに至る人もいる。自分を知るとは、道を歩む上で現在地を知るに等しい。これまでの道のりが間違っていたと悔恨の念に捕らわれる人も、正しかったと確信を得る人もいる。どちらにしてもそれを頼りに次の一歩が定まっていく

  今、日本の農産物は海外展開を図る中で、自分自身を深く知る過程にあると言えるのではないだろうか。その魅力に、外部の反応を頼りに改めて気づいている。我々は自信を持って良い。萎縮する必要は無い。世界で通用する価値を生み出している。農産物の輸出事業にこれからの日本農業を考える。(記事中の数値・状況は2020年4月現在)

“ほんもののたべものづくり”を実践

ジュエリーピーチを基板に独自流通、直売、飲食施設を展開

 アジアを拠点とするシティースーパー。現在(2020年4月)、本社のある香港に4店舗、台湾に7店舗、上海に4店舗を展開している。その香港の店舗に、2019年、日本産の桃が並んだ。“JEWELY PEACHⓇ(ジュエリーピーチⓇ)”と名付けられたその桃は、美しい色、艶、姿でひときわ目を惹き、買い物客の関心を集め、店頭から品物が売り切れれば、入荷時期を問い合わせる声が寄せられるほど、上々の評判を獲得した。生産者は山梨県山梨市の内藤裕一(52歳)さん。高い品質を武器に海外で評価を受ける日本農産物、その可能性を探った。

 内藤さんが農園を運営しているのは山梨県山梨市。桃、ぶどうを中心にした果樹の一大産地で、桃はおよそ200年前からこの地で栽培されているという。日照時間が長く、穏やかな傾斜で水はけが良く、土壌、気候などが適している。地域では春を迎えると、桜の季節と重なるように4月の上中旬には果樹園の桃が花を咲かせ、6月中旬から収穫が始まり、9月中旬まで出荷される。

 その中で桃の生産に取り組んでいるのが農業生産法人㈱内藤農園。内藤裕一さんが代表取締役を務め、桃2.5haに加え柿1haの栽培も行っている。「桃の品種は15種類ほどあり、2週間くらいをつなぎながら出荷していきます。柿は、太秋柿と甲州百日柿を使用したあんぽ柿、ころ柿を生産しています。夏に桃、秋に柿と、農産物の安定供給を目指しています」。販売については市場を通さない形での流通形態を展開。主な売り先は百貨店、スーパーマーケット、自社直売所、インターネット販売、ふるさと納税の返礼品などで、東武百貨店での販売や楽天での出店なども行っている。

 スタッフは創業者の父、母、本人、従業員が4人、パートが10名程。また桃の収穫時期にはグリーンテーブルカフェという飲食と直売を行う施設も展開しており、そちらの運営スタッフとしてパートが10名ほど加わる。「グリーンテーブルカフェは6月下旬から9月一杯までオープンしています。今年で6年目。桃の食べ放題や桃を使ったピザやパスタなどの料理、お土産の桃、桃を原料とした加工品の販売などを行っています」。昨年は9000人ほどが訪れ、県外から来る人も多い。これらの取り組みの基盤にあるのがジュエリーピーチだ。

代表取締役の内藤さん
ジュエリーピーチ

木になる実の数を限定し品質向上

 昭和43年にこの地で創業し、2代続いて認定エコファーマーを取得。環境に配慮し、品質にこだわった丁寧な生産が続けられてきた。「これまでの50年の経験がデータとして蓄えられています。最近は天候が不安定ですが、経験値の中から今年にあった方法を選択し、木それぞれのデータなどと照らし合わせ、適期を逃さない栽培で安定した生産を行っています」。減農薬栽培で除草剤は使用せず、生態系を整えて健康な木を育て、「植物が本来の力を発揮できるように適宜サポートしていきます」。

 また、実の形や大きさ、実をつける場所を厳選し、一本の木からなる実の数を限定している。「木に咲く花の内、商品として最後まで残るのは全体の2%ぐらいです」。丁寧に手をかけて商品を磨いていく中で、ジュエリーピーチが生み出される。「夏場、色づいた桃は陽の光を浴びてキラキラとしてまるで宝石のようです。原石を磨き上げるようにして丁寧に栽培していることから私たちの桃をジュエリーピーチと名付けました」。山梨は昔から貴金属、宝石の町でもあり、その地で生産されたという思いも込められている。この栽培方法によって生み出された内藤農園の桃は全てジュエリーピーチとなる。「きっちりと手をかけた“ほんもののたべものづくり”を心がけています」。

 収穫の時期が近づいてくると、内藤農園の桃を心待ちにする常連客や取り引き先から、待ちきれないとばかりに問い合わせが寄せられる。期待に応え続けることで、「大地と人、人と人をつなげていきたいと思っています」。

しっかりと手をかけ、この花の中からわずか2%が桃の実となる
直売と飲食スペースのグリーンテーブルカフェ

香港、シンガポールに桃を輸出

「農業でなぜ食べていけないのか」、その疑問が始まり

 内藤さんが就農したのは15年ほど前。それまでは造園業で働いていたが、両親が年齢を重ね無理が効かなくなってきたため家業の農業に入った。しかし、いざ取り組むとなると、厳しい現実が待っていた。作物を育てることは造園業でも樹木に関わり経験を積んでいたが、農業経営となると初めて。「農業で何故食べていけないのかなという疑問は前からありましたが、自分で携わってみると実際に赤字になっていきました。このまま普通に続けていては、どんどん先細りになり、年々やっていけなくなることを実感しました」。

 当時の農業は、桃を作りそれを共選場に持っていくことだけの繰り返し。良いものを作ってはいたが、それが経営に反映されていなかった。それでまず自分たちが取り組んできた農業とはどのようなものなのかを知ることから始めた。「それまでの方法では、出荷した後、どこに流通し、誰が買ってくれるのか、美味しいと言ってくれているのか、どんな風に評価されているのかなどは直接伝わってきませんでした」。そこに農業が儲からない原因があるのでは無いか、それを改善すれば農業を変えていくことができるのでは無いかと考え、消費者との直接取り引きを始めた。「インターネットを使って売ってみたり、ファーマーズマーケットで試食販売をしたりしている内に、近隣のレストランが毎週桃を買ってくれるようになりました」。外からの直接受ける評価に自信を持ち直売を増やしていった。

 また、丹精込めて作った桃の良さをさらに引き出すための加工にも取り組み始めた。ピーチネクター、桃ジャム、桃バターなどを製造委託し自分たちで販売している。原料となる桃は、味に申し分のない品質の良いものを選び、桃が本来持つ甘さを活かし、陽の光を凝縮したような柔らかな香りもあって、購入者の評価は高い。

 「就農した当初は自分たちの作っていたものが、一体どういったものなのか、本当の所が分かっていませんでした。それを正しく知るために、少しずつ外に出て、人と触れ、評価を得ていくということをしてきました。作っているもの、そして自分たち自身を正しく知る道程がずっと続いてきたように思います」。グローバルな取り組みもその延長線上にある。

ジュエリーピーチとピーチネクター、桃ジャムなどの加工品

言葉の問題、手続きの問題などありますが、何とかなります

 自分たちのことが分り始めると、それを正しく評価してくれる所を求めるようになる。販路を開拓するための商談会などにも積極的に出るようになり、JETROの輸出案内もあって、販路としての輸出先を探す取り組みを始めた。

 「香港とのマッチングの機会があれば参加し、実際に向こうの方と商談をしてみたり、シンガポールでそういう機会があれば、行ってみるというチャレンジをしました」。その中、香港に本社があるシティースーパーが加工品のピーチネクターを飲んで気に入り、連絡してきた。そして2014年、香港への輸出が決まった。まずは加工品のピーチネクターから。「一番最初に、ピーチネクターをお店でお客様に勧めた時はびっくりしていました。“何だこれは”という感じで、あまり興味を持っていただけませんでした。しかし最近はニコニコとして試飲して頂き、“エクセレント”と、言っていただいています」。購入層も当初は富裕層だったが、最近では自分たちが食べる物を自分たちでスーパーに買いに来るような一般の消費者が多いそうだ。「香港などは変化が早いです」。競合品もなく、現在、ピーチネクターは年間を通じて出荷し、生産量の約半分が輸出に回っている。

 その中実績を積み重ね、昨年から生の桃の輸出を開始した。鮮度優先で福岡から航空便で運ばれ、出荷から5日ほどで店頭に並ぶ。現地で生産されている桃はなく、店頭には幾つかの輸入品が並ぶが、冒頭で述べたように品物がなくなれば問い合わせが来るほど需要は強い。生産者に更なる誇りと自信を与えている。流通としては、国内にシティースーパージャパンがあり、加工品は東京へ、桃は福岡へ出荷する形態となっている。

 2016年からはシティースーパーとは別ルートでシンガポールに進出した。「相手先は日本語が分りませんので、翻訳アプリなどを使い、英語によるメールでやりとりしています。私は特別に英語を学んだ経験もありませんが、面倒くさいなどと思わずにやれば、何とかなるものです」。経験を積み輸出の手続きも自分たちでできるようになった。求められれば荷送人となって荷を出荷することもできる。「最初は仕組みが理解できなくて頭の中が整理できませんでしたが、分かってしまえばどうと言うこともありません。こちらで船や飛行機を手配し、通関までできます」。経験を積むことで様々な輸出のパターンに対応できるようになり、それだけチャンスも掴みやすく、ドバイなど幾つかの国からも声がかかっている。しかし「条件の善し悪しだけで仕事を選ばないようにしています。依頼してくれた方と実際に会って話をし、どんな人かを見て、この人となら仕事をしてみたいと思えるのなら話を進めます。国も違いますから会って話をすることが大切です」。

海外での販売風景

しっかり利益の上がる農業にチャレンジする

海外であっても現地に行って消費者を知ることが大切

 信頼できる取り引き先を見つけるということと併せて、自分の目で現地を見て、その地域の消費者と直に触れ合うことを大切にしている。「香港には年2回ほど行って、お客様と話しをしています。売り込みに行くということより直に消費者の声が聞きたいと思っています。またスーパーに来られるお客様の感じや売られている物の価格帯、取り引きの様子、さらに国全体の雰囲気も含めて自分の中に蓄えておくことが大切です」。品物を送って、それで終わりでは昔の農業に逆戻りしてしまう。幾ら遠くてもコストがかかっても実際に自分の目で現地を見るということは欠かせない。外に出ることで自分の農業を正しく知ることができたわけで、販売ルートが異国に伸びたとしても、その方法は変わらない。それらで得たことを活かしながらしっかり手をかけた“ほんもののたべもの”の提供が行われている。

 またそれを通じて、「私たちの地域に目を向けてもらえれば良いなと思っています。この桃は山梨というところで作られ、近くには富士山がありますと、ポップなどでも紹介しています。興味を持って頂ければ次につながり、地域活性化に貢献できるのではと思っています。農業の未来がその先にあるのではないでしょうか」。

 輸出を通して自分が変わったとする内藤さん。農業に対する視野も広がった。「仕事を通じて海外に出たことで、農業を個人の営みから、地域、あるいは日本の取り組みという大きな範疇で捉えるようになりました」。日本のものづくりの良さを再認識し、「これまで自分がやってきた原石を磨き上げるような丁寧な栽培が間違いではないと思えたし、技術を代々伝えてきてくれた先代に対してありがたいと思いました」。グローバルな取り組みを通してさらに先へと意識が向かっていくようだ。

ピーチネクターなどは人気の商品
原石を磨き上げるように丁寧に栽培する

しっかり利益を上げ、続けていくことが大切

 輸出における今の課題は、引き合いは強いが、出荷量をすぐに増やせる状態ではないということ。「日本のこれまでのお客様を優先し、その上で、出荷量が確保できるなら輸出を増やしていきたいと思っています」。ジュエリーピーチの生産量は年々増えてはいるが、高い品質ゆえに手も掛かり、スタッフ全員で栽培ルールとスピリッツを共有し、高い水準の栽培を行っていても、一朝一夕には面積も人手も増やせない状況にある。同じ栽培基準で作れる仲間を増やすということも選択肢の一つだが、「皆で取り組めば喜んでもらえるものを多く作れますし、地域の活性化にもつながりますが、今はまだ自分の所で手がいっぱいです」。

 高い品質を持って販路を輸出まで拡大し、農業をしっかりと利益の上げられる事業にしていこうとする内藤さんの取り組みは、日本農業が持続していくための一つのモデルとも言えるが、その成長が止まってしまえば、後に続く者に戸惑いが生まれる。「農業でしっかり利益を上げ、年間雇用も行い、しっかりと続けていけることを示したい。それが私のチャレンジです」。簡単ではないが未来に向かって進む姿に期待したい。

 輸出と聞くと、とてもそこまではと尻込みする生産者も少なくないが、まずは前に進もうとする熱い気持ちを持つこと。それが言葉の壁も文化の違いも乗り越えてきたように思えた。「これまで特別に英語を学んだこととか留学したことはありませんが、やれば何とかなるものです」。しかし、その前提にはまず何よりも高い品質の商品を持つことが重要であると感じた。

 その上で内藤さんが幾つか心がけていることは、条件の善し悪しだけでは仕事をしないこと、相手を良く見て、会って話をすること、無理な取り引き数量を約束しないこと、値段も取り引き条件もしっかり主張すること、輸送の品質もしっかり考えること、現地の声を拾い従業員とも共有することなど。無理な約束をすれば、それが実行できなくなったとき、結局は期待を裏切ってしまい、信用を落とすことになる。無理な値段を承諾すれば利益が上がらず、生産を持続することが難しくなる。荷の送り方をしっかり研究しなければ、せっかくの桃が現地についた時、台無しになっていることもある。消費者との交流は、「にこやかに笑って美味しいと言ってもらえればそれが生産のモチベーションにもなります」。それを事業に携わる者、皆で共有することでさらに前進する力となる。

 桃の魅力をより直接的に知ってもらおうと歩みを始め、その過程で自分たちのことを正しく知ることになった内藤さん。そこから新しい農業が始まっていった。今世界に触れ、より深く自分たちのこと、地域農業、日本農業に思いを馳せている。そこから生まれる一歩一歩、そしてその先に日本農業の未来の姿が見えた。

世界に触れ、地域農業、日本農業に思いを馳せる
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