農業は第1次産業である。イギリスの経済学者コーリン・クラークの分類では“自然界に働きかけて直接に富を取得する産業”がこれに当たる。ただ、最近の日本農業は、生産効率を上げるため、品質向上を図るため、設備投資を増やし、高度化し、あるいはバイオテクノロジーを活用するなど、第1次を踏み越え、もはや製造業、さらにはサービス業へとその容貌を変えようとしている。新時代に対応した進化とも思える。
とは言え、第1次産業としての基本形を保ち、これまでの営みを続けている農業もまだまだ存在感を残し、そのやり方で持続できる利益を上げている所も少なくない。今回はそんな農業を実践している野菜作に注目。生産調整が廃止され、新しい農業の形が求められる中で、水田での野菜作なども進められているが、うまくいかずに撤退している所もある。何が悪かったのか。その原因を知る手がかりが、この農業との違いにあるかもしれない。野菜作りはここまでやる必要がある。(記事中の数値・状況は2018年6月現在)
重量野菜の産地として存在感
石の切り出し地が、重量野菜の産地に
岡山県瀬戸内市の旧牛窓町に位置する牛窓地区は、岡山県で最も古くから野菜産地として発展してきた。瀬戸内海沿岸に面し、日本のエーゲ海とも呼ばれ、冬期も温暖で晴天が多い瀬戸内海気候にあって、日照に恵まれ、はくさい、キャベツ、冬瓜、かぼちゃなどの露地野菜が生産されている。重量野菜が主な農産物となっているが「私らだってそりゃ、軽いものが良いよ。重たい野菜は年をとってくるときつい」と、産地の本音を教えてくれたのは、今回お話を聞いた太田修さん(61歳)。JA岡山牛窓キャベツ部会で部会長を務める生産者だ。「でも、重量野菜を作っているのは、そうなった理由があるんです」。
牛窓の沖合、フェリーで僅か5分の距離に前島と呼ばれる島があり、安土桃山時代には、大阪城の石垣に使う巨大な石の切り出しが行われていた。その重たい石を大阪に運ぶために船が利用されており、それが重い野菜を運ぶ手段に置き換わっていき、重量野菜の産地となっていった。重労働に従事しているのにはわけがある。自然や地形に向き合う中で形作られてきた農業と言える。昭和30年頃からは、農地整備、畑地灌漑施設、農道整備が行われ、栽培面積が拡大し、収量や品質のレベルが全国トップクラスとなっている。
傾斜地だから水はけが良く、甘みが増す
1年を通して生産活動が行われているが、太田さんが部会長を務めるキャベツでは、部会員が122名、作付面積が54haの規模。太田さんの中で最も力を入れている作物になる。7月に種まきが始まって8月に定植、本格的な収穫は秋冬物が11月中頃から3月末まで。春物が5月から6月。太田さんが生産活動を営んでいるのは、あの石垣の石が切り出された前島で、牛窓地区全体では平場もあるが、この島は沿岸部からすぐに山地となり、畑は全て傾斜地にある。ここで1.5haの経営規模で野菜専業農家として生産に携わっている。
「牛窓全体ですが土質が余所の産地と違います。水はけが良くて砂地に近いもので、それでいて肥沃です。夏作でワラなどの有機物をたくさん入れ、それが冬場の栄養素になります。全般野菜の味が良いですね。前島も同じでそれに加え、畑地が傾斜しているので、さらに水はけが良く、甘みを増します」。水は岡山三大河川の一つである吉井川から取水し、畑地灌漑施設を整備。前島まで用水を引っ張っている。また「湿り気のある海風も適度な湿度を運んできて、霧がでて、土が乾燥してしまうということがないね」。野菜作りに合った環境、地域で整えた環境のもと、良質なキャベツが育まれている。平均で反当約7t。農協を通じて岡山、広島の市場へ、今は陸送で出荷され、1㎏85円ほどの取引となっている。
風が強く、ハウスが不向きで、機械導入も難しい場所
産地としてしっかりした存在感を発揮しているが、順調な事ばかりでは無く、昨年は天候不順に見舞われ、今シーズンの秋冬キャベツは大きな影響を受けた。「9月に平年の3倍以上の雨、11月からの低温。これまでで一番の不作だった」。雨が多いと病気が発生しやすくなり、気温の低さは生育不良の原因にもなる。「露地野菜は気候の変動をまともに受けるのが宿命です」。もちろん稲作なども影響を受けるが、野菜はその感受性が高く、味が落ちたり、出荷に至らない圃場もでてくる。それが野菜作りの難しさでもある。前島は風を遮るものがなく、「海を渡る風がたまに強く吹き込み、ハウスには向きません」。天候不順から逃れるのは難しい。
また労働負荷を低減し、作業効率を上げる農業機械が現状あまり導入されていない。定植は、平場の地域で一部移植機が使われているが、前島のような傾斜地では、手作業が主流。その上、定植の土台となる畦も「トラクタで畦立て作業をすると段々ずれていきます。今は管理機に培土板を付けて作業しています」。収穫も手作業。「圃場面積が狭く、間引きどりを行っているので、機械は向きません。大きいものから収穫し、小さなものは残し、後で大きくなってからまた収穫します。傾斜地で栽培すると、肥が流れて低い場所の方が大きくなるなど生育がばらつきます」。調製作業は畑で形を整えて、持ち帰り、葉っぱを落として、10㎏の箱に詰める。それを集荷のトラックに積み込む。定植から出荷まで、体力と手間のかかる作業となっている。
手間暇を惜しまず農作業
夏はかぼちゃ、冬瓜、スイカを栽培
キャベツが終われば、トラクタで残渣を処理し、夏野菜が始まる。かぼちゃ、冬瓜、スイカで、俗にツルものと言われる作物だ。
定植は手作業だが、ツルものは植える数が少ないので、キャベツより負荷はずっと少ない。その代わり、キャベツでは行わなかった、圃場にワラを敷くという作業をする。「ワラに加えて、山ザサも刈って畑に入れます。それをすることで土が流れたり乾燥したりすることを防ぎ、作物に傷がつかないようにし、病気を防ぎます」。このワラなどの有機物は秋冬作の栄養素になるのと同時に、土を軟らかくし、連作障害などの特定病害が出にくくなる。「夏場の暑いときに冬瓜なんて、重いものを扱うような作業は本当はしたくないよ。でも、この圃場でキャベツを作るために、止めるわけにはいかない」。夏物、秋冬物がうまく補い合ってバランスをとっている。また圃場を1年間に2回転させることで、高度利用を図り、経営効率を高める。冬作が不作でも夏作でカバーすることもあり、経営の安定にも繋がっている。
酷暑の水やり、収穫、雨が続けば育ちすぎ
夏作業はつらい。温暖化の影響か、酷暑となる日も多い。その中で、水やり、収穫となる。冬瓜は1玉、3㎏ぐらいのものを目指す。1箱10㎏に3つ入る物の取引単価が一番高い。「雨が降って圃場に入れなくなると、すぐに大きくなって、単価が下がってしまいます」。あまりに大きくなりすぎると破棄されてしまう。収穫したあとは、表面のトゲのような毛をブラシで削り落として出荷。かぼちゃは「大きい方が良いですね。肉厚があって食べるところが多く、単価も良い」。課題は生産コストが高く、手間がかかること。畦にはマルチをかけなければならない。また病気にもなりやすく、最近は徐々にそうめんナンキンへ替わってきている。スイカは紅まくらという品種を生産。「これは朝市に持って行って、個人で販売しています。糖度が高くて美味しいですよ。高級果物店で扱って欲しい」。ただ大きい物で1個10㎏。普通でも7~8㎏と、収穫の負担は大きい。そしてツルもの全般は花を受粉させなければ、実はつかない。そのためにミツバチを放ち、また雌花をつけるために、肥の入れ方にも工夫が必要となる。
野菜を作ると言うことは、手間暇惜しんでいては成り立たない。「会社員の人も大変でしょ」と太田さんは言うけれど、少なくともこれが楽な仕事で無いことは間違いない。それも一つの要因だと思うが、他の地域同様、後継者は少なく、高齢化が進展し、栽培面積は少しずつ減ってきている。
良い物作って、意識を前向きに
地域のブランド農産物を推進
産地としての活力を維持するために新しい品種への取り組みが絶え間なく行われており、今、期待を一身に集めているのがキャベツの牛窓甘藍。甘みが強く、肉厚で食感が良く、青臭さが気にならない品種で、地域のブランド農産物として推進している。「平成23年ごろから試験を始め、最初は大玉になりやすくて止めようかと言っていましたが、畑で食べてみると抜群に美味しい。これは続けなきゃということで、栽培方法の工夫を重ねている内に、条件の悪い所だと、大きさを抑えた素直な形になることが分かり、肥を調整する方法で栽培を行い、2年前から本格販売を開始しました」。需要サイドの評価も高く、一般のキャベツとは異なる白い箱に入れて差別化を図り、通常より100円ほど高めの単価で取引されている。
岡山の隣には、お好み焼きを県民食とする大量のキャベツ消費県広島があり、キャベツに対する思い入れは強いが、そこで営業する広島風お好み焼きの有名店が買い付け、「私たちの牛窓甘藍じゃないとだめだ、と言ってくれています」。味に加えて、肉厚で離水率が低く、薄い生地の上にキャベツを盛り上げて作る広島風お好み焼きの調理方法に向き、使いやすいキャベツでもあるようだ。
「良い物を作らないと、みんなの気持ちは前向きになりません。こんなに美味しいものを作っているんだと、生産者のプライドにもなる」と、地域農業活性化のための大きな役割を担っている。現在牛窓甘藍の生産者は51名、栽培面積は5.9ha。前年の3.8haから大きく伸びている。地域のこれからを考えるとき、新規就農者をもっと積極的に受け入れたいとしているが、それを進める上でもブランド野菜は大きな力になりそうだ。
気持ちの良い場所でいつまでも農業を
またそれに加えて、「野菜の加工施設を農協で作ってもらいたい」というのが太田さんの思いでもある。現在キャベツのカット野菜などを外注して作ってもらっているが、それを自分たちでできればもっと様々な展開に広がっていくとしている。野菜を作る上では規格外や傷で出荷できないものも相当量あり、それらをカット、あるいは茹でたり、冷凍したりの保存、ペーストやパウダーへの加工、フリーズドライなどで観光客へのお土産品を作ることもできる。「良い物を作っているのだから、それをもっと何とかしていきたいね」と、地域農業のこれからに思いは募る。さらに「生産量を増やして美味しいキャベツを大阪でも売りたい」と夢は広がっている。
“自然界に働きかけて直接に富を取得する産業”をまさに実践し、肉体的な辛さや自然に翻弄されることもあるが、「こんな贅沢な仕事は無い」と太田さん。「気持ちの良い晴れた日に、トラクタに乗って作業をしていて、目の前には綺麗な海が広がり、季節によってはスナメリが集まってきて水面に泳ぐ姿が見られる。ええ所でしよるよ。今でもつくづくそう思う」。それが自然と向き合う第1次産業の大きな魅力の一つだ。自然から喜びを得る。農業を持続するための鍵の一つだろう。
野菜作りは簡単では無い。特に露地野菜は自然と正面から向き合うわけで、しんどいのは当たり前、失敗するのも当たり前。しかしそれで怯んでは前に進めない。覚悟をもって取り組むことで得られるものもある。美しい海の見える畑で学んだ。