農業就業人口のうち46%は女性。約半数を占めているわけで、日本農業を支える存在であることに疑問の余地はない。農業従事者の高齢化や担い手不足が進行する中、農業を成長産業にしようと各地で様々な取り組みが行われているが、女性農家の活躍なしには成し得ないだろう。生産現場の重要な労働力であり、また女性ならではの目線、発想、ネットワーク作りなど、これらを活用することが、これからの農業において必要不可欠となってきている。農産物を単に生産するだけでは立ち行かなく成りつつあるのだから。
マーケットインの姿勢が必要だし、消費者との繋がりが求められる。その中で新たな付加価値を生み出し、提供していくことに日本農業が持続していく一つの道がある。女性にはその道を歩むための大きな力がある。今回、栽培から加工、販売までを一貫して手掛ける茶園を訪ね、女性の強みを活かした取り組みを探った。(記事文中の状況・数値は2019年9月現在)
有機栽培で生産から販売まで行うお茶農家
チームで取り組むヒロインズ
奈良のお茶は大和茶と呼ばれ、その地の栽培は弘法大師が唐よりお茶の種子を持ち帰ったことから始まる。奈良の宇陀に植えられ、お茶の製法がその地に伝えられた。その奈良県の北東端に位置するのが今回お訪ねした月ヶ瀬地区。山間冷涼地にあって、朝晩の寒暖差が大きく、四季を通した気候、風土が美味しいお茶を育てる。お茶の栽培に適した環境にあり、歴史ある茶産地として全国に知られている。山間の斜面には茶畑が広がり、初夏になれば新緑が斜面を鮮やかに彩る。
「女性は一人で奮闘するのではなく、その時々の役割分担をきちんと行って、チームワークで仕事を回していくこと長けているのではないでしょうか。茶園には男性もいますが特に細やかな仕事は女性が連携して行っています。女性一人が頑張るのではなく、弊社の場合はチームで取り組むヒロインズですね」。そう語るのは、月ヶ瀬健康茶園の岩田ルナさん。夫の文明さんと共に、この地で代々続くお茶園を営んでいる。
同園は有機栽培を行い、お茶の生産から製茶、小分け、販売までの一貫したお茶作りに取り組んでいる。販路は、8割がエンドユーザーへの直売。2割は生協や飲食関連への卸しで、すべてダイレクトの取引を行っている。
「仕入れや原料、生葉を余所に持って行って加工することはなく、すべて自園で行っているのが私達の茶園の特徴です」。同園の様に栽培から加工、販売まで行うお茶農家は多くないが、自販に取り組む茶農家は増えてきているという。「特に紅茶等は、自分たちで作って自分たちで販売するスタイルが伸びてきています」とルナさんは話す。
茶園の味が出る希少価値の高い在来品種
茶園は現在9ha。その中には高齢化によって放棄された茶園を借り受けたものや、再生途中にある茶園、開墾してお茶の種から木を育てている実生園、さらに、有機肥料として茶園に施用すための草を育てている採草地を含んでいる。「夫の両親の代から、私達の代になって3倍以上の広さになりました。でも、実働している茶畑は半分もありません。この辺の茶畑は通常年4回収穫を行いますが、私達は購入した肥料を使わず、地域の草木を畑にかえすということを徹底しています。一般的な肥料を与えている茶園と同じ収量を取ると、お茶の木が弱ってくるので今年は収穫しないで休ませる畑もあります」。
栽培しているお茶の品種は、以前は“やぶきた”が多く、国内で生産されるお茶の8割近くがこの品種だが、一品種の偏重は、風味、味の画一化、採茶や製茶作業の一時期集中、それによる農繁期の過重労働、設備運用の非効率などを招く。「9haになった時点で、実生在来種とやぶきた等の品種物がほぼ同じ量になってきました」。
1960年以降、茶品種の普及として急速に広まったやぶきたは、樹齢40年から50年。一方、月ヶ瀬の地に根付いた在来種やその実生園は樹齢60年から100年以上になる畑まである。「耕作放棄地になったり手放された茶畑は、茶山と呼ばれる大体作業効率の悪い傾斜地に多いのですが、そういう場所は、やぶきたが世の中に広まる前から月ヶ瀬の在来種が長い年月の間、栽培されてきたところです」。
そんな思いもあって同園では作業効率の悪い傾斜地の茶山も預かっているが、合わせて、茶山の荒廃を防ぎ維持していくことは、農業の持つ多面的機能の役割も果たしていことにもなる。「実生在来種は、月ヶ瀬のここでしか味わえないお茶になるわけです。肥料や購入した資材は使わないので、茶園ごとの味が出やすく、希少価値の高いお茶になります」。月ヶ瀬という自然環境がお茶作りに活かされている。
共有、共感することが私達の強み
同園で働く女性は、ルナさんの他、文明さんのお母さんと従業員の道免洋子さん、そして3名のパートスタッフだ。ルナさんが企画と販売の計画を立て、経理も見ている。そして、道免さんが出荷と小分けの指示を行い、パートの女性スタッフが袋詰めをして出荷を行う。農繁期になれば通常業務に加えて、収穫作業、運搬作業、茶工場での作業があり、男女、パートスタッフの別なく、全員で作業に携わる。
「誰かが欠けた時でも、少しスライドすれば仕事が回せるように、なるべく色々な仕事を共有してやっていくようにしています。これはとても重要なことで、私達は本当に小さな規模なので、仕事の質やお客様への対応に関して、全体が見えているかどうか、一貫性を持たせると言うことが、お客様にとっても私達にとっても商品にとっても非常に重要なことだと思っています」。園としてお茶の栽培から消費者への販売まで、すべての工程を一貫して行うのと同時に、それぞれが顧客情報を共有し、誰もが一貫した同じ想いで顧客に対応している。そこに顧客との信頼が生まれてくる。
生産に携わるものすべてが、買って下さる消費者のことを知り、また消費者にも生産者の顔が見えているということは、責任感やお客様への想いが全然変わってくる。それは生産者の義務と言うより、興味から促される行動でもある。「相手の事を知りたいと思うのは、わりと女性的なスタイルじゃないかなと思います。催事出店したときにお客様とお会いしてご挨拶したりしますが、その時のことを、こんな感じだった、こんなことを喋ったと、井戸端会議で伝え、情報を共有し共感を図っています」。
園で働く女性たちは生産者であると同時に、家庭では家族の食などを担う生活者の側面が大きく、普段から同園のお茶を飲み、安全・安心にも関心を持つ。「焙じ番茶は、この夏の時期どうやって飲んだら美味しいかとお客様に聞かれても、家庭で普段やっているので、私はこうして飲んでますと、応えることができます。また、袋詰めするときに上の方までお茶が入っていると、使う側では開けるときに不便なので、そうならないように綺麗に入れたり、普段の生活と仕事がすごく密接になっています」。生産者と同時に生活者であり、同じ視線を共有できることが女性の強みとなっている。
「いいよね。美味しいよね。とか、後、あれよかったとか。じゃあ私もやってみようとか。女性は同性に対して、子供の事、主人の事、両親の事も語れます。それが仕事として繋がるものになっています。一人では絶対に盛り上がりません。それをチームで共有して、共感しているところが私達女子力の強みがあります」。共有、共感して楽しみながら仕事を行い消費者と繋がっていく。これからの農業に女性が果たす大きな役割がここにある。
キャリアを活かして茶業に取り組む
有機食品の流通から農業の世界へ
ルナさんは2003年に文明さんと結婚し、それを機に就農した。それまでは、東京で有機食品の流通の仕事に携わっており、結婚が決まった頃に文明さんの父親から、農協に出している分のお茶を全部自分で売れたら良いなという話もあって、「それなら自分にもできそうかな」と、ルナさんなりの農業への関わり方を模索し始めた。
大学を卒業した後、流通の世界にいたルナさんは、販売に関して高いスキルがあり、それを生かせることは嬉しいことだったに違いない。ただ、売れれば何でも良いというのではなく、それまでの仕事では、商品価値が高く、背景にストーリーがあるものを流通させていたこともあって、「自分の納得するお茶を作ってそれを売る」ことができれば、「ちょっと良いかもしれない」と、進む道が見えてきた。「農家に嫁ぐとか、そういう感覚ではなく、その中で販売ということであれば、今までのキャリアを活かした職業として、自分にもやれると感じましたし、面白いとも感じました」。
しかし自分たちの力でエンドユーザーに販売するという事は、こなさなければならない業務が増えていくということでもあった。農協や問屋であれば数十㎏単位で販売できるが、エンドユーザーには50gや100g単位となり、小分けして出荷しなければならない。まずは伝票類の電子化から、ルナさんとお茶との関わりがはじまった。
品質管理と事務管理を徹底していく
やれることを一つずつ行い、お茶の知識を蓄え、自販の拡大を進め、紅茶の商品化にも取り組んだ。「エンドユーザーに対してだけではなく、生協や量販してくれるところへの提案参入に関しても、できることが色々ありました」。取引先に対して、意図を持ってしっかりプレゼンテーションし、製品のストーリーも含めて理解してもらうことが、販売拡大に繋がっていく。
また結婚前のキャリアから、流通における品質管理に対する意識も高い。どのようなところに問題が起きやすいかを常に考え、消費者が問題だと思うことを早めに察知し改善することが、「販売量拡大に繋がる」とルナさんは話す。「例えば、無農薬だから葉っぱに穴が開いていても良いという時代ではもうありません。生産技術を高めて品質管理と事務管理を徹底することは、販売を伸ばすチャンスです。注文したら最短で届く。これも頑張ってみるべきところです」。
お茶を飲む場が次の展開
今後の展開として、「お茶を飲む場所があればいいなと思っています」。今は特定の場所があるわけではなく、イベントなどを開催したときに試飲として飲んでもらうことしかできていない。園では様々なお茶があり、新しいお茶にもチャレンジしている。その中には、1〜2㎏しかない少量のお茶もある。量的にみてそれらを茶葉として販売することは難しいが、お茶をいれれば100人には提供できる。
「カフェのような専門的なものではなく、農家として、あるいはお茶を販売するものとして、お茶を飲むというシーンをどのようにして組み立てていくかをまず考えてからやりたいです」。そこに6次産業としての可能性がある。また消費者の気持ちを共有し、共感できる場にもなるに違いない。生産者と消費者を結ぶ力、それが農業を変える力になっていく。