人間は一般的にはホモ・サピエンス(英知を持つ人)と定義され、その営為からホモ・ファーベル(工作する人)とも言われる。道具を作ることで生存競争を勝ち残り、文明を発達させてきた。それは必要に迫られたことでもあるけれど、つくることは人の本質的な部分でもある。コロナ禍で巣籠もり需要が強く、その中でDIYが人気なのも本能に近いからではと思える。作ることは暮らしを良くすることであり、楽しみでもある。そんな想いが進歩の力になっていく。
農業でも同じく、いやむしろその傾向は色濃く、何も無い所から何かを生み出すのは農業の基本。ただ、農業が高度化する中で、その部分を他者に委ねてしまっている部分も多くなっている。そこを今一度見直すことは新たな可能性を見いだすことではないだろうか。それが農業を新しい次元へと押し上げる。IoTを自作してしまった生産者に施設園芸のニューノーマルを探る。
負担軽減のためIoTシステムを自作
空きハウスを利用して有機栽培ミニトマト
長野県佐久市と佐久稲町で1.2ha規模のハウス栽培を展開しているのが大塚潤也さん(31歳)。有機JAS認証を取得した農作物を基本に、メイン作物として土耕栽培によるミニトマト(7月~11月)を手がけ、その他、スナップエンドウ、ほうれん草、小松菜を栽培している。現在、8ヵ所の拠点に、合わせて30棟のハウスがあり、社員、アルバイト含めて8名を雇用している。大学卒業後、地元で農業を営む父親のもとで4年間働き、有機農業を学んだ。そして2018年に独立。「地域で目立ってきた空きハウスを利用することで初期投資を抑え、そこで有機栽培の作物を生産すれば事業として成り立つのではないかと思い、決断しました」。
この周辺はかつて花卉栽培が強く振興され、カーネーションやキクなどの生産が盛んに行われていたが、時代と共に高齢化が進み、引退する生産者が増え、空きハウスが増えていった。そのままにしておけば、農地の荒廃に繋がる。その中、若手生産者が空きハウスを利活用する取り組みは、地域農業の課題に貢献することでもあり、「好意的に貸していただいていますし、その先の売買契約までお話をいただいています」。まずは初年度、42a、ハウス19棟からスタートした。
作業負担が大きく生理障害が
収穫した作物は有機JAS認証を持ち、付加価値のある商品として“佐久ゆうきの会”へ出荷し、安定価格での有利販売を実現している。一方、順調な販売とは対照的に、栽培面で課題が出てきた。ハウスが2年目には22棟に増え、移動を含めて作業負担が大きくなってきた。「ハウスの朝夕の開閉や潅水を全てのハウスを回って行っていましたが、移動などに時間がとられて適切な管理ができなくなってきました。そのために2年目には生理障害や病気が出てしまいました」。品質や収量に大きなダメージとなった。
そこで翌年の2020年、IoTを活用した管理の自動化を模索し、自らシステムを構築するという方向でアプローチが始まった。「既存の設備やシステムを導入することもできますが、そうなると私たちの場合、圃場が何ヵ所にも点在し、それぞれに設備を入れていかなければならず、大きなコストとなります。またソフトや通信料などに月々支払うコストもあります」。独立して3年目、過大な設備投資は経営に大きな負担となるわけで、それを避けながらも課題を先送りせず、自作するという選択で営農の高度化に取り組んだ。
プログラミングの勉強からスタート
まずは必要な知識を得ることから始まった。プログラミングの学習はネットサービスなどを使って独学。社員にも学んでもらって、プログラムの制作を開始。社員の松岡浩太さんが担当した。「全くの初心者でしたが、2月から始めて4月には完成していました」。大塚さんは経済学部出身。共に特別の素養があったわけではない。ただ「昔からいろいろなものをつくる工作が好きでした」とのことで、取り組みを進める力となった。
完成したIoTシステムは温度、湿度、地温、照度をセンサーで検知して、それに基づいてハウスの開閉や、潅水作業を自動化するもの。作業負担が大幅軽減され、作業に掛かっていた時間を管理作業や病害対策に振り向けることが可能となった。「IoTと有機農業は相性が良いと思っています。有機農業は肥料や農薬が制限されるので、環境制御によって病害虫の発生しにくい圃場をつくり出して、防除や病気予防にかける負担を減らすことができます」。システムが稼働し始めた2020年には、圃場が7ヵ所で面積が85aになり、散在するハウスを一回りするのに移動距離が約30㎞にもなっていたが、この管理の自動化が、非常に高い効果を生み出し、作業負担の軽減と共に品質、収量の改善を実現した。
トライ&エラーでより良いものを目指す
簡単に手に入れられるパーツで自作
IoTシステムを自作するということは、経営体力がまだ十分でない新規就農者にとっては魅力的な選択肢になるだろう。しかし、どんな人でもできることなのだろうか。「一見、ハードルが高そうに見えますが、やる気さえあれば、誰にでもできると思っています」。特別な人にだけできるというものではないと言う。
実際につくられたIoTシステムをもう少し具体的に見てみよう。全体を大きく見ると、環境データを収集するセンサー(温度、湿度、地温、照度)を起点にして、実際にビニールを巻き上げるモーターや潅水を行うポンプが終点となる一つのラインだとイメージできる。その起点と終点の間に、プログラムを搭載している制御盤があり、クラウド上にはデータを集積するためのソフトがあって、Wi-Fiルーターを介して制御盤と交信している。制御盤は収集したデータをクラウドにあるソフトに送信し、またそこからの指示で開閉装置やポンプに稼働や停止の信号を送る。クラウド上のソフトはグーグルスプレッドシートを採用。無料で使えるエクセルのような表計算ソフトで、データの集積や制御盤に指示を送る。
「制御盤に使うパーツやセンサーなどは1個数百円、ルーターはメルカリで2000円ほど。そこに格安SIMを入れて、無料で使えるグーグルスプッレドシートとの送受信を行っています。ハウスのビニールを巻き上げるモーターもネット通販で手頃な価格で購入しています。センサーの空気取り入れにはトイレの小型換気扇を流用しています」。今の時代なら手軽に簡単に、そして安価に手に入る物ばかりだ。
センサーで得たハウス内の環境データは5分おきにグーグルスプレッドシートに送信され、蓄積されていく。例えばそれが設定した温度を超えたり、下回った場合、制御盤に指示が送られ、それに従ってモーターが動く。またスマホなどからスプレッドシートの設定、閲覧、遠隔制御が可能で、潅水ポンプなどを遠隔で操作することができる。温度が高すぎたりするとLINEで通知が送られてくる仕組みもある。
換気にかかる作業が0時間に
「最初から全てうまくいくわけではありません。トライ&エラーで、失敗をしては修正するの繰り返しです」。完成した商品を購入しているのではないわけで、最初から完璧に動作するはずもなく、期待してはいけない。“Do it yourself”なのだから最終的な結果だけを甘受することはできない。DIYを成功させるのは過程を楽しむこと、失敗から学ぶこと、より良い物を目指して諦めないこと。農業の営みと似ている。
IoTシステムを導入した初年度の作業別労働時間は前年に比べ、潅水が83時間から69時間となり、換気作業が69時間から0時間になった。「管理作業に時間を割くことができるようになり、芽かき、誘引作業が適期にできるようになって手間が減り、全体の作業時間が減りました。また出荷調製に関しても、品質の向上で選別の時間が減りました」。
他の作業で時間が取られ、芽かきが間に合わなくなると横芽などが大きくなり、作業の手間が増える。小さな段階で取り除いていく方が作業はたやすい。誘引も同じことで、タイミングが過ぎれば作業の負担は増す。ハウス内の温度・湿度を適切に管理できないと、生理障害が起こり、ミニトマトのへたの周りが黄色くなるグリーンバックが発生する。そうなると品質低下と共にそれを取り除くための作業が増える。これらが全て解消する方向にある。
また収集した生産環境のデータと収量のデータを合わせて相関関係を探ることや、土壌分析による施肥設計、樹勢の観察データを写真として蓄積することも進めている。データと実績、経験をミックスさせて、最適解を探り、営農のさらなる高度化に道をつけている。
空きハウス、有機農業、IoT
空きハウス活用で地域貢献
IoTシステム導入で手間が減り、労働時間も短縮され、規模拡大の余力が生まれ、システム導入の翌年には115aとなった。また1年を通した仕事づくりとして、「2021年からスナップエンドウやほうれん草、小松菜に取り組み、春と冬にも収益が確保できる体系にしています」。
地域ではまだまだこれからも使われなくなったハウスが出てくるような状況にあり、この先も規模拡大の余地はある。空きハウスを使って有機農産物を生産し、自作のIoTシステムで低コストによる自動化を図り、労力の低減と省力化を進め、管理作業の充実と規模拡大を図っていくのが大塚さんの営農モデルだが、地域農業への貢献も果たせるわけで、これから先も成長の可能性は高いと感じる。施設園芸のニューノーマルと言える一つの姿がそこにある。
今の課題に夏場の高温対策がある。異常気象が常態化するような中で、作物にとって夏場は非常に厳しい環境となっている。「昨年から循環扇や換気扇の導入を始めています。これらもIoTシステムに繋げることができます」。状況に応じて柔軟にシステムを強化・拡張できることも、自作のメリットだろう。絶え間ない改良が進化を進める。
食べる人にもつくる人にも優しい農業
大塚さんが目標にしているのは「食べる人にもつくる人にも優しい農業です」。その実践の中で、IoTが労働負荷低減を生み、働く者への優しさに繋がる。また、有機農業に対しても力となり、安全・安心な農産物の生産で環境・消費者への優しさを推進する。優しさとは心情的な問題だが、その実現のためにロジックが大きな力となっている。
「新しいテクノロジーを追いかけながら、楽しく充実した農業が続けられればと思っています。こうすればもっと楽になるのではないか、こうすればもっと面白くなるのではないか、そんなふうに考えるのが原動力になっています」。
人類の繁栄はその思考力がもたらした物ではあるけれど、その発想を様々な道具など、形に変えることができたからこそでもある。それが前に進む力となってきた。そして大切なのは、ものをつくることは、楽しいということだ。好奇心と同じようにつくるという行為は本能的なもので、それが満たされるから楽しく思えるのではないだろうか。人間はホモ・ルーデンス(遊ぶ人)であるという定義もある。遊ぶということが楽しむということならば、その楽しみこそ高度化・複雑化が進む社会の中で生き残っていく一つの在り方だと思えた。