小さな村が生き残るための地域特産物づくり 足下には宝物が眠っている! 取材先:奈良県曽爾(そに)村

アグリソリューション

  農業を成長産業にしようと各地で様々な取り組みが行われているが、中山間地域などの条件不利地では、規模拡大もままならず、コストが利益を圧迫し、もう農業は続けられないと、下を向いているところも少なくない。しかしまるで手が無いわけではなく、高品質化や特色のある農産物の生産に活路を見いだそうとしているところも各地で見られる。

  地域の魅力を形にしたような特産物には大きな力がある。コロナ禍の中、我慢を強いられる場面も多いが、お取り寄せに楽しみを見いだしている人もいて、ふるさと納税も増加傾向。人を惹き付ける力が確かにある。またそれは地域に仕事を生み出し、誇りともなり、人を留め、あるいは人をその地に呼ぶ力ともなる。特産物をどのように生み出し、どのように活用していけば良いのか。今回は地域特産物の取り組みに地域の持続を探る。(記事中の状況・数値は2021年8月現在)

曽爾村の美味しさをブランド化

1400人の村に地域商社をつくり、農業を守っていく

 奈良県には12の村があり、その一つが曽爾村。村の東には一面ススキに覆われた曽爾高原の壮観な景色が広がり、それを楽しむために年間40~45万人ほどの観光客が訪れる。観光地としてある程度の認知度を得ているが、そんな村の人口は1400人足らず。65歳以上が半数を超え、2045年には300人ほどになるという試算もある。ただそれは、何もしなければということであり、その退潮を退け、地域の持続力を生み出そうと様々な取り組みが行われている。その中、積極的に活動しているのが曽爾村農林業公社だ。役場の企画課と兼務して仕事に携わる髙松和弘さん(41歳)が公社の取り組みについて説明してくれた。

 「農林業公社には地域商社という側面と、農地を守っていくという側面があります。多くの観光客の方に訪れていただいていますが、田畑の荒れが目立っては観光の楽しみにも影響するだろうと考えています」。観光と農業の両面を見据えて、2016年6月に公社が設立された。

 曽爾村は8割以上が山林で、古くから林業が営まれ、倭武皇子がこの地で漆を見つけたと書物に記されていることから漆発祥の地ともされ、森林資源に長く支えられてきた。しかし時代と共に林業の全国的な衰退が進む中、農業への取り組みにも力を入れている。400〜500mの標高にあって、夏の平均気温は25.5℃、高原冷涼多雨地帯で地域資源を活用した未来に繋がる農林業が模索されている。公社では農業振興事業、薬草事業、地域イノベーション事業、林業振興事業に取り組む。スタッフは役場の企画課が兼務する他、4人の専任と生産者が理事となっている。

 その中でお米に関しては「昔からここでつくられるお米は美味しいとされていて、なんとかそれを活かしたいなという思いがありました」。山間地にあって昼夜の寒暖差があり、水は曽爾高原の湧き水や蛍飛び交う曽爾川の清水などを使い、余所でつくられる平場などのお米とは一線を画すものになっていた。しかしJAへの一律出荷の中で、他の産地の米と一緒になり、単に奈良県産のお米として売られ、その魅力が発揮できないでいた。そこで30a以上を耕作する村内の生産者が中心になって曽爾米ブランド化協議会が2016年に発足された。 

左から髙松さん、そにのわ台所katteのコーディネーターを務める森さん
曽爾米が作られている圃場

試行錯誤を重ねた末、食味分析鑑定コンクール国際大会で特別優秀賞を受賞 

 初代会長に就いたのは曽爾村のお米づくり名人と言われていた萩原康孝さん。ブランド化に着手する前から萩原さんは村内の直売施設である曽爾高原ファームガーデンと取り引きし、JA出荷よりも有利な販売を行っていたが、それを地域全体に広げるような取り組みで、採算割れから脱却し後継者育成にも繋げたいとブランド化に着手した。

 その中で買ってもらえるお米とはどんなものだろうかと検討を進め、美味しいことはもちろん、“安全で安心”であることも必要だという考えに至り、それらを実践するために著名な米農家である山形県の遠藤五一氏に指導を仰いだ。その中で、ヒトメボレからコシヒカリに品種を変え、100%有機肥料、農薬基準値半分以下の減農薬での栽培方法を学び、様々な工夫を重ね、協議会が発足したその年の第18回米・食味分析鑑定コンクール国際大会において、栽培別部門・水田環境特Aでの特別優秀賞を受賞した。

 このようにして生まれた曽爾米は、その高い品質と、豊かな自然の中でつくられるというイメージを合わせて付加価値とし、有利販売が図られている。生産されたブランド米はまずJAに出荷され、そこで乾燥・調製作業が行われた後、公社が買い戻し、精米して村内の直売所や百貨店、玄米のままで高品質なお米を扱う米穀店などに再び出荷され、1俵2万円~4万円で販売される。そこで得た利益を生産者に還元することで、生産者手取り1俵2万2000円程度を実現している。その利益が再生産を可能とし、持続的な農業へと繋がっていく。

 しかし課題もある。この4月に2代目会長となった田合完さん(76歳)が教えてくれた。「反収は良くありません。今5ヵ所2haの栽培で、収穫は約8t。また色彩選別機で2回通して品質を確保しているので、出荷できるのは30 kg が200袋ほどです」。平場では反当たり10俵近くも収穫できる所もあるわけで、それに比べると物足りない。ただ、現状、収穫量を増やしても「売り切ることができません」。コンクールでの評判や新聞などに取り上げられ、徐々に認知は広がっているが、さらに販路を広げることが課題となっている。

田合さん
高品質の曽爾米

耕作放棄地を活用した薬草栽培

公社が買い取り、薬局に販売し、加工も手がける

 また田合さんは公社が進める薬草プロジェクトにも取り組み今井薬草生産組合の組合長も務めている。「村には9つの大字があり、その地区それぞれが特色ある事業を営んでいます。この今井地区では薬草を育てようということで、耕作放棄地を活用して大和当帰やシャクヤクを育てています」。この地で江戸時代から和漢薬の原料となる大和当帰を栽培していたという記録が有り、村が掲げる“心身健美”という心身健やかで美しくというコンセプトにも合致することからこれを進めている。

 それらはその根っこが漢方の原料になる他、葉っぱ、花、蕾などは食用や入浴剤、化粧品などに加工できる。公社ではそれらを仕入れ、レストラン、漢方薬局、化粧品メーカーに売り、加工なども行っている。また薬草畑の横ではこの4月からハーブガーデンも始めた。頭からつま先までそれぞれの部位に効くハーブを身体の形に模して30種類以上が植え込まれ、見て楽しめる工夫が施されている。「ここに来ていただいて、ハーブティーを飲んでいただいたり、ブレンド体験をしてもらえたらと思っています」。今はまだ、完全に完成した物では無いが、ハーブに関する体験ができる場として今後進めていく予定。

 有機無農薬で栽培され、草引きなどの管理作業に手間がかかるが、作業には地区の人の他、地域おこし協力隊員や村内にあるクラインガルデンの利用者が薬草サポータとして作業に参加している。作業中は地域の交流の場にもなり、取材時も草引きの作業中だったが、若い協力隊員が長年地域に住む年配の方に「ムカデって、どうしたらいいんですか」と話しかけ、村の暮らしの中で得た智恵が伝えられていた。その雰囲気に特産物を共同で手がけることの楽しさが窺われた。

大和当帰の畑
草引きはコミュニケーションの場

村の外からやってきた人たちを迎え入れ、地域農業の力に

 一般野菜についての取り組みもある。曽爾村は山間地でありながら日当たりが良い土地が多く、そんな地域の特色を活かして、かつてはほうれん草、トマトの生産が盛んに行われ関西圏に多く出荷していたが、後継者が少なく高齢化が進む中で、徐々に部会員が減り、取引額も大きく落ち込んでしまっていた。そこで復活を目指し大きな役割を期待されているのが地域おこし協力隊員だ。新規就農希望者を地域おこし協力隊員として村に迎え入れ、任期の3年間で技術を身につけ、任期終了後は村に定住しほうれん草やトマトの栽培に取り組んでもらう。「現在4人が任期を終了し村で農業をしています。また3人が研修中です」と髙松さん。トマト部会においては研修中の人が正式に部会員になれば新規就農者が半数を超えることになる。新しい力に対する期待は大きい。

 また、地域おこし協力隊というルート以外でも新規就農する者もいて、「そういう方々は有機栽培で少量多品目の生産を行うことが多く、農協出荷などには向きませんので、公社の方で販売協力をさせていただいています」。“そにのわマルシェ”として、野菜の定期便などの事業を行っている。

 ここには村の外からやってきた人たちを迎え入れる仕組みがあり、地域農業に新しい色が加わり始めている。特産物に関しても、新しい人が力を発揮している。先ほどの草引きを手伝う人、集落の特産品づくりに携わる人、また地域農産物の加工品やワークショップを手がける村のシェアキッチン“そにのわ台所katte” では、そのコーディネータを地域おこし協力隊員が務めている。

 旧態依然とした取り組みのままなら、そこに新しい人の仕事は生まれないが、新しいことには新しい人が活動する余地があり、特産物などの取り組みが新しい人を呼び込むきっかけとなっている。それが村の活力に繋がっていくに違いない。

そにのわ台所katteの内部

地域資源を活用して魅力的な特産物に

各集落の特色を活かした地域特産物を展開し、地域に仕事を生み出す

 ブランド米や薬草栽培の他にも曽爾村では各地区の地域資源を積極的に活用しようとする地域イノベーション事業が積極的に行われている。曽爾高原の麓にある“太良路”集落では、平成の名水100選に選ばれた曽爾高原の湧水を販売する他、水を活かした玄米珈琲の開発・販売に取り組み、村の特徴的な景観である屏風岩がある“長野”集落では、地区内で自生していたこんにゃくの商品化にチャレンジしている。

 鎧岳の麓にある“葛”集落では、曽爾米を使った焼酎開発に挑み、多輪峰山の山裾にある“小長尾”集落では、ゆず果汁とゆず皮の粉末を商品化、漆発祥の地である“塩井”集落では、漆を使った新たな工芸品開発を進めている。

 各地区それぞれの取り組みが地域に仕事を生み出し、コミュニケーションを深め、誇りともなり、人を留め、あるいは人をその地に呼ぶ力となっている。

玄米珈琲
米焼酎「鎧獄」
ゆず製品

未来を想って変化する苦しさを乗り越えていく

 様々な新しい取り組みを進める中で、実際ではどのようなところが課題となるのだろうか。髙松さんに聞くと「人が少ないということと、昔ながらの方法が当たり前となっている所に新しい方法を持ってくるわけですから、それを受け入れていただくまでに時間がかかるということです」。慣行農法から有機減農薬農法への切り替えや全く新しい作物の採り入れ、あるいはお酒の醸造など1から学ばなければならない挑戦など、それまでの歩みとは大きな変化がもたらされる。変化するということは時に苦しい。この地にはそれでも未来を想って苦しさを乗り越えていこうとする姿が随所で見られた。

 「最近、皆さんの意識の変化を感じます。新しいアイデアがあれば自分たちでそれを形にしようとする方が増えています」。新規就農者からは高齢者の見守りを兼ねて弁当や食材の宅配便を行ってはどうかとのアイデアも出されている。地域を守るためは、変えないのではなく変えなければならない。時代の変化が速くなり、そんな局面が増えているように感じる。

 そういうふうに思えば、今は様々な可能性がありそうだ。コロナ禍の中、田舎の良さが見直されている。インターネットを使ったリモートでできることも増え、都会の会社に勤めながら農村に住む人も現れてきた。移住者を迎えるチャンスだ。教育面でもリモート授業が取り入れられ、それならば遠隔地で正規の教育を受けることができないだろうか。村には高校がなく、進学がネックとなって村を離れる人も少なくないが、変化を受け入れ、新しいことに取り組む中で、それを解決する方法が見いだされるかもしれない。地域資源を活用した地域イノベーションを進める曽爾村で特産物の取り組みを聞きながら、新しいことに取り組もうとする意識が地域持続の要になると感じた。

 幸いにも曽爾村は地域資源のポテンシャルが高く、価値の高い取り組みが幾つもある。「この村には豊かなものがあります。足元には宝物が眠っています。それを掘り起こして見せていくことが私たちの仕事です。価値を共有し輪を広げていきたい」と髙松さん。地域の様々な魅力を特産物などの形に変えることで、地域持続の力が生まれていた。

足下に眠る宝物を掘り起こし、価値を共有して輪を広げる
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