令和元年度の大豆の需要量は367万t。そのうちサラダ油などの原料となる油糧用が249.7万tで、加工などで使用される食品用が101.9万t。このおよそ100万tが国産大豆の可能性だ。現在国産大豆のほぼ全量がこの食品用として供給されているが、約20%の21万tにしか満たない。残り80%の輸入分が伸びしろとなる。ただこの状況、ここ何年も変わっていないのが実情だ。生産量は伸び悩んでいる。
どこに原因があるのだろうか。状況としては悪くない。来年度から加工食品の原料原産地表示が義務化されるし、今年決定の基本計画は34万tの生産努力目標を掲げている。国際調達分は中国の旺盛な需要などで騰勢が強い。国産大豆にはどれも追い風だ。しかしそれに機敏に応えていく力が無い。なぜ増えないのか、そこにはどの様な課題があるのか。今回大豆の生産現場を訪ね、取り組みを探った。(記事中の状況・数値は2021年9月現在)
単収を上げることが生産者の課題
43haの規模で複数品種を栽培、収穫時期をずらし労力とリスクを分散
滋賀県の大豆生産は、水稲、麦とならんで水田農業経営の基幹作物として定着しており、令和2年度の作付面積、収穫量はともに全国6位と積極的な取り組みが行われている。しかし近年は不作が続いており、単収だけ見れば全国17位。国産大豆の増産が期待される中、安定生産と単収の向上が求められている。しかし、“言うは易く行うは難し”。不作には不作のわけがある。どの様な取り組みが行われているのか、今回、滋賀県甲良町の澤農園を訪ね、代表取締役を務める、澤吉隆さん(42歳)に話を聞いた。
甲良町は琵琶湖の東部、湖東平野に位置し、鈴鹿山脈から琵琶湖に向かって穀倉地域が広がる。この地で、水稲50ha、小麦35ha、大豆43haの規模でブロックローテーションの営農を行っているのが澤農園だ。労働力は澤さん夫妻と従業員が3名。さらに澤さんの両親も手伝いで加わる。収穫された米は2割が小売りで残りはJA。小麦と大豆は全量JAに出荷される。販売収入だけで見ると米が一番の収入になるが、交付金収入を合わせて、小麦と大豆が営農を支える大きな柱となっている。
元々同町で大豆栽培はほとんど行われていなかったが、「この地では小麦後に作付けされていない圃場が多くあったのですが、20年前に父がそこを借り受けて、当時交付金の体系が充実していた大豆栽培を拡大していきました」。こうして同農園の大豆生産が始まった。現在栽培している大豆の品種は、ことゆたかA1、タマホマレ、フクユタカ。ことゆたかA1は滋賀県の主力品種の一つで鞘がはじけにくく改良された早生から中生の品種。タマホマレは外観品質の良い中生で、フクユタカは広域適応性のある多収品種の晩生。収穫時期をずらし労力とリスクの分散を行っている。また今年からは、食品メーカーのフジッコ㈱に向けた黒大豆フジクロの作付けを始めた。
天候が大豆栽培に適さなくなってきた。自然も変わるなら自分も変わる。
令和2年度の大豆の全国平均単収は161㎏だが、澤農園の近年の平均単収は100〜180㎏の間。「年によって収量のムラが大きくなっています。今年は180㎏は穫れると思っていても、雨や干ばつの影響を受け、90㎏にしかならない年もありました。単収をどうやって上げるか。これが大豆農家の大きな課題です」。しかし、大豆生産を始めた時からこのような状況だったわけではない。同農園は大豆生産を拡大する中で、機械化を進め、効率化を図り、平成19年には“先進的で他の模範となる経営体や生産集団を表彰”する全国豆類経営改善共励会の大豆農家の部で農林水産大臣賞を受賞している。その当時の平均単収は220〜230㎏。「あの頃は非常によく穫れていました。その時に行っていたのは、ごくごく一般的な当たり前のことだけです。播種をして、発芽させ、そして薬を効かせる。そうすれば200㎏は収穫できるという、本当に単純で、簡単なことでした」。その頃がピーク。その後徐々に単収が下降線を辿っていくことになる。遂にはピーク時と比較して半分以下しか穫れない年も出てきた。
それでは以前と比較してなぜ穫れなくなってきたのか。「ピーク時と比較して、ここ数年の天候が大豆に適さなくなってきました。特にゲリラ豪雨や干ばつです。今年も7月15日を最後に、まとまった雨が降っていません(取材時8月5日)」。農業は天候に左右される。自然を相手にしている産業なのだからある程度は仕方ないが、ここ数年天候が農業に及ぼす影響は年々過激になり作物によっては時に破壊的だ。それでもその場をしのぐ懸命な取り組みが行われているが、もう従来の栽培方法では天候の影響に対応できなくなってきている。大豆の単収減を止め、さらには増やすために澤農園では、これまでの方法に捕らわれない新たな技術や工夫に取り組んでいる。自然が変わるなら自らも変わる。
結果に対して考える農業を
高速畝立て播種機を導入し作業のスピードアップ、1日6〜7ha
大豆栽培で最も重要なこは、如何に播いた豆を発芽させるかということ。そのためには、「播種日前後の天候を窺いながら、播いた豆を発芽させるためにはどれぐらいの深さで播種するのかを常に意識しておかなければなりません」。晴天が続いていて土が乾燥していれば深めに播き、雨が続いた後なら浅めに播く。また、土の砕土率にも注意を払っている。
さらに、播種時期が生育に大きな影響を与えることから適期の播種が大きなポイントになる。大豆は雨が降らないと発芽をしないが、ゲリラ豪雨のように降りすぎて冠水などするとこれも発芽を妨げる。そのため、澤農園では播種時期を分散している。「今年は6月22日から播種を始めて、6月28日に一旦播種を終え、梅雨明け後の7月18日から再び播種を開始して7月21日に終了しました」。1回目は限られた梅雨の晴れ間に播種を行い、2回目は梅雨明け後、なるべく迅速に行う。今までの経験と観察した結果、梅雨明け後3〜4日以内なら、雨が降らなくても、発芽率を高めることが可能だと導き出した。それらの作業で必要とされるのがスピードだ。
発芽後の湿害を回避するためにもしっかりとした畝を立てた上での播種が必須となるが、限られた期間に限られた労働力で、耕起、播種、土壌処理剤の作業を行われなければならず、「一日の処理量を増やせるようにしないと適期に播種ができません」。そこで、新たな取り組みとして試験導入したのが農研機構が開発中の高速畝立て播種機だ。「1日で処理できる量がそれまでだと4〜5haでしたが、6〜7haの処理が可能になりました」。ロータリ式の畝立て播種機とは異なり牽引ディスク式の畝立て機構と高速対応の播種ユニットを組み合わせ、畝立て、播種、施肥の同時作業を6㎞/hの高速で実現する。異常気象に負けないための力として期待されている。
等級を上げるために、草はなるべく生やさない
干ばつ対策としては、条間を調整し、「3年前までは70㎝の条間でした。雨が降らない状態が続くと土は真っ白に乾いて、大豆は蒸散を止めてしまいます。土の乾燥を少しでも防ぐために条間を60㎝に狭めました」。水が不足すれば光合成も進まない。生育不良を防ぐ対策が試みられているこの他、収量を上げるために10a当たりの播種量を増やすか減らすかなど栽培密度の影響を検証したり、様々なことにトライしている。
収量を上げるために効果があったことは引き続き行い、だめだったことは止める。その繰り返しを続けることで新たな発見や工夫を積み重ねている。収穫は1年に1度、そのサイクルの中では試行錯誤の結果もすぐには得られないが、それでも、「作柄を見ながら、何故穫れたのか。何故穫れなかったのか。天候の影響なら、何故その天候で穫れなかったのか、あるいは穫れるようになったのか、そこを探り出して最もベターな対策を考え、実践しています」。
単収を上げることと同時に力を入れているのが品質の向上だ。「大粒の方が一等になる比率が高いですね。大粒が多くつくれれば収量も品質も上がります」。ただ大粒に育つかどうかは、その年の気候条件で大きく左右される。そこで取り組んでいるのが、作業によって品質を落とさないようにすることだ。「収穫時に草や土を大豆と一緒に収穫しないことが大切です」。大豆に草の汁や土が付着すると等級は下がる。そのために丁寧な作業と共に、等級を下げる要因となるものは、前工程でなるべく排除するようにしている。「草をできるだけ抑制します。また土を一緒に収穫しないように播種時と中耕培土時の砕土率、培土量を調整しています。土をすくい上げないため、土を細かくし、鞘近くまで土を盛らないようにしています」。
また、乾燥・調製作業では、自社オリジナルの選別ラインを組み効率の良い選別作業を実践していたが、そこに昨年、大豆の色彩選別機を導入した。「その結果、大粒、中粒のほぼ全量が1等となり、中粒以下の物も再選別することで3等、もしくはその下の合格として等級が付き、ロスを抑えることができるようになりました」。昨年の1等比率は80%以上。しかも等級が付けば出荷収量となり交付金の対象となる。「収穫した大豆を、目一杯出荷することができました」。また自社で選別することで、今年作った大豆の作柄や収量を分析し振り返りができ、スキルアップに活かしている。
アップデートすることで新しい地平を開く
日本の食文化を守ることに繋がる異常気象との闘い
今後、国産大豆の需要が高まると予測されていおり、実需者からは国産大豆の安定供給が求められているが、それに応えていくためには、常態化する異常気象の中で、ビジネスとして安定化させていかなければならない。そのためには従来の方法ではうまくいかなくなっている。そこに国産大豆に対して追い風が吹いていても、それに応えていけない現状があるようだ。その風に乗るためには大豆生産をアップデートする必要がある。新しい機械、新しい栽培方法、技術の向上、それらが国産大豆に新しい地平を開くのではないだろうか。「今までのやり方を変えてみて失敗することもありますが、可能性があれば少しずつでもチャレンジしてみる。それが大事だと思っています」。それまでの成功体験に捕らわれず、変化を恐れないこと。そこに進歩がある。
またアップデートは良い物を多く穫るという方向だけではなく、低コスト生産や有機栽培などの付加価値化もある。「ニーズに対して、作り分けできる技術を今以上に高めることが必要だと思っています」。安全・安心のニーズに応え、環境負荷を軽減するための濁水流出防止や、農薬や化学肥料などの使用量を半分以下に削減した滋賀県の“環境こだわり農産物”にも取り組んでいる。
近年の異常気象による影響は日本だけの話ではない。大豆ではアメリカ産、ブラジル産が天候不順により大きな影響を受け、中国の旺盛な需要もあって価格が不安定になっている。既に大豆油やマーガリンは値上がりしている。数少ない物を取り合っていく。食料危機はそうやって始まっていく。日本の食、食文化を守る事に繋がる異常気象との闘いが大豆生産の現場にあった。