水田での緑肥活用を探る 米専業の大規模生産者が選んだ、前に進むための改善 取材先:千葉県いすみ市㈲増田ライスファーム

アグリソリューション

  米価が低迷するだけでも生産意欲は減退するが、さらに追い打ちをかけるように化学肥料、燃料などの生産資材費が高騰し、水田農業の現場ではもう農業を続けられないという声も聞かれる。その中でも営農を持続するための懸命な取り組みが行われ、その一つとして注目されているのが化学肥料を代替する緑肥の活用だ。

  化学肥料代を節約できるだけでなく、環境負荷低減にも繋がる。緑肥は新しい栽培技術ではなく、化学肥料が普及する以前はレンゲが水田の緑肥として植えられ、春のレンゲ畑は田園地帯でよく見かける光景だった。それが廃れてしまったのは化学肥料に大きなメリットがあったわけで、それを再び緑肥へと転換しようということに、どれだけの価値が見いだせるのか。状況は常に変化してやまないわけで、新たな局面での緑肥のあり方や可能性を、米づくりの大規模生産者の営農に探る。

緑肥作物ヘアリーベッチにチャレンジ

圃ばの基盤整備で緑肥の営農に取り入れることが可能に

 千葉県いすみ市は房総半島南部に位置し、温暖な気候と肥沃な粘土質の地質を活かした農業が行われ、県内有数の米産地として知られている。収穫された米は品質も高く“いすみ米”として皇室への献上品にも選ばれ、現在も千葉の三大銘柄の一つとして、市場から高い評価を得ている。

 今回お伺いしたのは、この米産地で、米づくりに取り組む㈲増田ライスファーム。同ファームの経営面積は90haにおよび、メインは加工用として契約栽培している“峰の雪もち”(もち米)で50ha。その他食用米として“コシヒカリ”15ha、千葉県の独自品種で早場米の“ふさおとめ”5ha、同じく同県の独自品種“ふさこがね”10ha、“あきたこまち”5haを、卸売業者や飲食店向け、個人への直接販売用として生産している。残り5haは、その時々の状況に応じて必要とされる品種を栽培している。労働力は11名。この米専業大規模営農を展開する中で、昨年度からチャレンジしているのが、緑肥による米づくり。代表取締役の増田雅章さん(53歳)に、その取り組みについて話を聞いた。

 「緑肥に関しては、以前に種苗会社を視察した際に話を聞いていて、面白そうだなと興味を持っていましたが、水はけの悪い圃場での緑肥は難しいとのことでした」。いすみ市は粘土質の地質で、圃場の水はけが悪い。「ですから私たちの地域で緑肥を導入するのは無理だろうと思っていました」。しかし状況が変わる。その後圃場の基盤整備で暗渠事業が行われ、圃場の排水対策が施された。「圃場がよく乾くようになり、これなら緑肥を試すことができると思いました」。さらに県の農業事務所からの勧めもあり、チャレンジが始まった。

 一昨年の稲刈りが終わった秋、“峰の雪もち”の圃場80aに緑肥となるヘアリーベッチの播種を行った。「従来の化学肥料を緑肥に変えればコスト削減ができるかなとも思い、種を播いて後はすき込むだけならと、最初は簡単な気持ちで始めました」。

増田雅章さん
ヘアリーベッチ

空気中の窒素を固定し、土壌物性を改善し、雑草防止効果も

 緑肥は土壌にすき込むことで分解され、次に栽培される作物の肥料成分となり、利用目的によって様々な種類がある。例えば、圃場の地力を上げたい場合にはマメ科の緑肥、土壌の物性を向上させたい場合には根量が多いイネ科の緑肥が適している。今回、同ファームが取り入れた緑肥は、稲作の基肥となるヘアリーベッチを選択した。ヘアリーベッチは、ヨーロッパ原産のマメ科で、ツルを伸ばして1.5〜2mほどの大きさになり、緑肥では地面を這うように広がり、草丈は40〜50cmほど。

 根粒菌と共生し空気中の窒素を取り込んで固定し、ヘアリーベッチ自体に窒素を豊富に含んでいき、土にすき込むことで、土壌への高い肥料効果が期待できる。また、根をまっすぐ深く伸ばし、硬い土の層を破壊しながら下に伸びていくので、土壌改良効果があり、さらに、成長すると地面を覆うことによる物理的な雑草の抑草効果がる。しかも、植物の発芽を阻害するアレロパシーという物質を作り出すので、雑草防止効果も大いに期待できる。

 ヘアリーベッチは緑肥として優れた点が多いが、弱点としては視察した種苗会社が指摘したように、湿害に弱いこと。水が溜まるようなところでは発芽しなかったり生育不良になってしまう。この点を暗渠事業でクリアした上での取り組みになっている。

すき込み作業

肥料コストの4割削減が可能に

10a当たり4㎏を播種し短稈品種の“峰の雪もち”の基肥に

 ヘアリーベッチは充分な窒素量があり、肥料として使うと品種によっては窒素過多になる場合もある。今回ヘアリーベッチを基肥にして栽培を試みた“峰の雪もち”は短稈品種で、窒素量が多くなった場合でも倒伏のリスクが少なく、緑肥に初めて取り組むのには適している。初回のチャレンジでは稲刈り後、耕耘した圃場にヘアリーベッチの種を10a当たり4㎏を基本として播種。「種は背負の動力散布機を使って散播しています。注意すべき事は圃場がしっかり乾燥していることだけで11月の始め頃に播くことが推奨されています」。

 こうして播種が行われたが、一向に芽が出てこない。初めてなのでどのように成長していくのかも分からず、「年が明ければ遅くとも芽が出てくると思っていたのですが、芽が出てきません。少し出た芽も霜にやられて真っ赤になっていて、てっきり霜で全て駄目になってしまったのかと思いました」。しかし3月に入ってようやく芽が出てきた。「良かったと思ってほっとすると今度はものすごい勢いで成長しだしました」。

 化学肥料なら圃場に散布する適正量を割り出すことに苦労はないが、緑肥の場合、その生育量から窒素供給量を推定することになる。概ね生育量が確保できたと思われる時期に、ヘアリーベッチの生育量が平均的な箇所を選んで、50×50㎝の範囲で地上部を刈り取り、その重さの4倍(1㎡に換算)に窒素含有量の係数0.0038を掛けた数値が10a当たりの推定窒素量となる。こうして求められた推定窒素量はおよそ10㎏あり、十分な量となった。「すき込みはヘアリーベッチに紫の花が咲き始めた、田植えの2週間前に行いました」。すき込み後2週間程度で分解が進み緑肥としての効果を発揮する。

 そして田植え時には側条施肥も行い、「初期生育を勢いづけるためにペースト肥料を最低量入れました」。基肥をヘアリーベッチに変えた以外、その後の栽培管理は従来と同じ方法がとられた。

背負式動力散布機で播種
圃場一面に広がるヘアリーベッチ

「緑肥に取り組むことが、今までの仕事を変えるのではないか」

 こうして収穫を迎えた“峰の雪もち”の単収は、従来の化学肥料を基肥とした方法と比べ、「大きな差はありませんでした。緑肥の圃場の方が少し良かった感じもしました」。またコスト面において、田植え時のペースト肥料代(化学肥料使用時の方が若干使用量が多い)を合わせたヘアリーベッチ使用時と化学肥料使用時とを現時点での価格ベースで肥料コストを比較すると、ヘアリーベッチの方が10a当たり約4割のコストダウンとなり、初の試みで、経営負担の軽減に繋がった。

 しかし問題点も見えてきた。「この時は上手くいきましたが、湿害で生育不足になってヘアリーベッチの丈が短かったりすると、必要とする窒素量を得られなくなるかもしれません」。排水対策をしっかり施した圃場で取り組んだとしても、気象条件などによっては長雨などの影響を受けるかもしれない。生育不足で窒素量が足りなければ、後で化学肥料を追加投入しなければならず、そうなれば手間もコストも余計に掛かってしまう。また逆に、生育が進みヘアリーベッチが繁茂しすぎる場合もある。

 適正な窒素量を得るためには、すき込み時期と田植えの時期を見極めることが必要になる。「そういう風に考えれば、普通に化学肥料を散布していた方が簡単で計算通りにいきます。それでも緑肥に取り組むことが、今までの仕事を変えるのではないかと思いました」。

緑肥を投入した“峰の雪もち”圃場

緑肥に取り組むのは農業の原点

規模を拡大していくとすき込み作業が負担になっていく

 昨年度のヘアリーベッチの結果を見て、「基肥として緑肥が活用できると実感しました」。また経営的な判断としても、「今年はとにかく肥料が高くなっています。そこで、緑肥の取り組みを広げようと思いました」。今年度は“峰の雪もち”の圃場3haに基肥としてヘアリーベッチを播種。肥料が高騰する中で、充分な基肥の効果が昨年同様発揮できればコスト削減に大きく繋がる。地域でもこの試みに対する注目度は高く、現在いすみ市で緑肥に取り組むのは増田ライスファームのみだが、視察に人が訪れる。

 今年度は規模が拡大したことで、一部の水はけが悪い箇所で発芽不良が発生するなど、少々生育にばらつきがあったものの、特に大きな問題なく、窒素量は昨年度の成長状況を参考にして充分有ると判断された。ここまでは順調に進んだ。しかし、次の工程であるすき込みに関して新たな課題が出てきた。

 ヘアリーベッチは、「1回のすき込みでは十分にすき込むことができないので、2回すき込む必要があって、結構時間の掛かる作業になります」。前年度でもこのことは感じていたが、3haと緑肥の規模が拡大したことで、「4月の繁忙期に行うすき込み作業は、大きな作業負担になりました」。作業スケジュールの調整やすき込み作業を行う人員の確保などが課題になっている。「来年度以降も緑肥は続けていく考えですが、さらに規模を広げるとなるとすき込みの作業負担をどうするかを考えていかなければなりません」。

緑肥を基肥にして育つ稲
今年度の収量に期待

緑肥の取り組みには農業の原点があり、農業を見直すチャンス

 緑肥は、基肥としての効果を十分発揮し、コスト面においても米づくりに貢献できることが分かった。他にも、緑肥の活用は化学肥料を削減し、環境配慮の面からも意義はある。環境に配慮した米づくりとして付加価値を付けることにも繋がりそうだ。ただ、「“峰の雪もち”は加工用の契約栽培ですので緑肥が付加価値になるのは難しいですね」。それでも、「直接販売しているコシヒカリで緑肥を使えば可能性があるかもしれません。菜の花やレンゲの緑肥でブランド化を図っている取り組みがあるとも聞いています」。

 しかし、ヘアリーベッチはコシヒカリに対して窒素量が過剰になってしまい、倒伏するリスクがあるとのこと。それでも直接販売を増やしていきたいという想いもあり、「コシヒカリに合うような緑肥があれば取り組んでみたいですね。そうすれば今までと違うお米の売り方ができるかもしれません」。販路開拓として緑肥による付加価値を付けたブランド米への可能性を模索する。

 「今、農業経営に携わっていて、経費がこんなにも掛かった、米の値段が下がったと、そんなことばっかり考えてしまいますが、緑肥に取り組むことは、農業の原点だと感じました。農業を見直すチャンスだと思っています」。

 肥料コストを削減するだけでなく、新しい農業の形を探る機会ともなっているようだ。同ファームでの緑肥の取り組みはまだ始まったばかりで、今後もさらに課題が出てくるかもしれないが、その解決に取り組むことで、新たな発見や可能性が生まれ、農業の持続性をより高めることに繋がりそうだ。農業の面白さを感じた。

緑肥の取り組みは新しい農業の形を探る機会にもなっている
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