仕事とは価値を生み出すことで、その原資となる大きなものは時間だが、単に時間を使うだけなら作業になっしまって生み出されたものの魅力は物足りない。選択して貰うためには付加価値が必要だ。では何を追加すれば良いのだろうか。そこで大きな可能性を持っているものが“楽しさ”だ。消費することで必要が満たされる上、楽しくもなるのなら、その商品は代替性の低い商品となる。消費者を笑顔にできる商品は強い。
農業も同じで、空腹を満たしながら、笑顔も得られるのならその農産物の競争力は高い。また一方で、つくる側にとってもその笑顔は仕事の満足度を上げるし、自分にしか提供できない価値ならば自分の誇りにもなる。作物を育てる面白さにクリエイティブな楽しさが加わることになり、魅力のある仕事だと言えそうだ。楽しさを価値として提供することに農業持続の鍵があるのではないか、それが今回のテーマ。ブランド果実の生産者を訪ね、“スマイル・アグリカルチャー”の可能性を探った。
鹿児島県オリジナルブランド柑橘大将季
デコポン由来の新品種で糖度と酸度のバランスが良く、人気の果実に
大将季という名の柑橘をご存じだろうか。1997年に鹿児島県北西部に位置する阿久根市の大野孝一さんの園地でデコポン(不知火の内、高品質の基準を満たしたもの)の枝変わりにより発見された新品種。不知火に比べて色づきがよく、果皮や果肉の紅色が濃く鮮やかな橙色をしているのが特徴で、さらに独特の香りをもち、糖度と酸度のバランスに優れている。その後、増殖育成に成功し、2006年に大野さんの“大”と息子さんの“将季”さんの名前をとって“大将季”として品種登録され、鹿児島県のオリジナル品種としてブランド化が進められている。
「大将季は、このすぐ近所で見つかりました」。そう教えてくれたのは今回お伺いした、同市で大将季を生産する西田果樹園の西田学さん(44歳)。「柑橘類は一般的に痩せて乾燥した土地の方が糖度は高くなり、この地域の土壌と合っています。また他の柑橘類産地に比べて園地の傾斜が緩やかで、運搬や薬散作業等が楽にできます」。同園では、大将季をハウス(加温23a・無加温33a)と露地(20a)で栽培し、他にも同市で発見された紅甘夏をもう一つの主力品種として80aの規模で手がけている。これに加えて紅甘夏の新品種紅さわ香を10a、極早生の温州みかんであるかごしま早生を30a、夏季の収入源として暑さに強い梨の新品種凛夏を12a栽培している。複数品種を栽培することで市場のニーズに対応し、収穫時期を分散することで作業効率の最適化を図っている。そして、「この中で、一番力を入れている品目が大将季になります」。
同園が大将季の取り組みを始めたのは、「私の父が品種登録される前の2004年に最初の苗を植えました。その後JAが中心となって地域での普及が進められ本格的な苗木の供給が始まって、2006〜2007年頃から徐々に出荷できるようになりました」。地域でも取り組む者が増え、当初は市場から、品種名に対し、読み方が分からないとか、変な名前だと揶揄されることもあったが、徐々に果皮や果肉の鮮やかな橙色の美しさと味の良さが認識されるようになり、大将季という一風変わった名前も記憶に残りやすく認知度向上にプラスとなり、さらに県やJAの地道なプロモーション活動もあって、この地域発祥の果実が、ブランド果実として「少しずつ高い市場評価をいただくようになりました」。
高価格での取り引きが行われ、産地持続の力に
それに連れ、不知火と数十円しか違いがなかった出荷額は、「今は㎏単価150円以上違ってきています。生産者が大将季をつくらない理由はないと思います」。地元百貨店や東京、大阪の百貨店で、主に贈答用として取り扱われ、「東京の老舗果物専門店では、1個3000円以上で販売されたそうです」。特に11月下旬から収穫が始まるハウス栽培の大将季は、外観が美しく、中の袋が薄くなり食感も良いことから、年末年始のギフト商戦に投入できる柑橘類として市場の高いニーズを得ている。「大将季の栽培は取り組んでいて楽しいですね。単価が高いということもありますが、食べていただいた人の評価が非常に高く、とてもやりがいのある品目です」。
その上で消費者の期待に応えるための取り組みにも力が入る。価格に見合った品質が求められ、そこに力を入れることが、ブランドを維持することに繋がる。地域のJAでは不知火の中で、糖度13度以上、クエン酸1%以下のものをデコポンとしているが、その基準を踏襲し、デコポン基準を満たした大将季と満たさないものをしっかり分けて販売する方法をとっている。「消費者やバイヤーの方が求めているのはデコポン基準を満たした大将季です。そのニーズに応えるためにも、産地全体でより高品質な大将季を安定生産するための取り組みを進めています」。
生産技術向上のため、月1回生産者が集まり講習会を開催したり、互いの園地を視察して、潅水のタイミングや量、適切な摘果の方法など、相互に意見や情報を交換しながら研鑽している。西田果樹園では、ハウス栽培で外観を悪くする原因となるハダニの防除にIPM(総合的病害虫・雑草管理)を活用し、ハダニの農薬抵抗性のリスクを減らしながら安定的防除を行い、また柑橘類の台木としてヒリュウ台木を試験的に導入し、樹高のコンパクト化による管理のしやすさと、糖度の向上を狙っている。
個人の取り組みに加えて「地域の生産者全員で品質向上を図っていかなければブランドも産地も維持していくことはできません」。産地一体の取り組みが、より高品質な大将季を安定生産する力となっている。
県職員を辞め、自ら儲かる農業を実践
楽しみながら大将季の生産に取り組む
西田さんは2013年に就農し、父親から西田果樹園を継承した。それ以前は県庁の職員として果樹試験所や農政普及課に勤務し、技術開発や技術指導、経営指導に取り組んでいた。その当時、「農業技術は進んでいるのに就農する人は増えてこない状況で、県職員として何とかそれを変えることができないかと模索していました」。一般的に農業は“仕事がきつい割に儲からない”というイメージがあり、実際に厳しい状況にある生産者も少なくないが、個別の地域や生産品目、生産規模、経営の方法によっては一概にそうとも言えず、西田さんが県職員の仕事をしているときに農家の経営収支を見せてもらう機会があったが、それは予想以上に売り上げがあり、実家の経営を調べてみるとしっかりとした利益が出ていた。そこで、地域農業の持続のためには、県職員として勤めを続けるよりも「自分が実家に帰って、農業で儲けを出し、農業の楽しさや魅力を示す方が、役に立つのではないかと考え、就農を決断ました」。
こうして西田さんの農業がスタート。「年間を通してしっかりと仕事ができるか、という不安はありましたが、同時に私は県の職員時代から大将季の産地拡大に携わってきましたので、それで利益を出し、取り組む人を増やしたいという強い思いがありました」。就農後はそれまで行われてきた方法と自分の方法との違いに悩むこともあったが、「今まで取り組んできたことを試せる面白さもあって、ストレスを感じることなく、農業を楽しむことができました」。
“美味しさ”という消費者を楽しませる価値でブランド化
西田さんが就農してから10年、大将季を始めどの品目も価格は右肩上がりで、まだ1度も満足のいくものはできていないと言うが、「経営的には十分な売上となっています。県職員の時より経済的な余裕ができました。農業をして良かったと思っています」。“美味しさ”という消費者を楽しませる価値をブランド果実として提供し、順調な経営となっている。またその農業に取り組む姿を見て、若い後継者が産地で育っていると言う。地域農業の持続を図りたいとする当初の想いがわずかだが形になっている。
ただ、人手不足の問題は依然として地域の課題になっている。西田果樹園でも慢性的に人手が足りず、西田さんのご両親も年齢を重ね、そうそう頼りにもしていられない。11月から翌年の4月までは、収穫や出荷作業でどうしても多くの労働力が必要となり、その確保が経営を続ける上でも重要となる。そこで2020年に、「労働力の確保を目的に、同じ課題を抱える果樹農家4軒で会社を設立しました」。会社組織にして社会保障を整えて人を雇用し、4軒の果樹農家にその労働力を必要な時期に供給する仕組みとなっている。「4軒で上手く仕事を調整しながら通年雇用するのが理想ですが、まだまだこれからです。できればそこから独立就農者や後継者を育成できればと考えています」。新会社は、新規就農を目指す人たちの雇用と育成の受け皿になることも期待されている。
特別な能力が無くても稼げる農業
リスクの少ない儲かるビジネスモデルを提案
大将季を軸にした農業で儲かる産地へと歩みを進めているが、それでも後継者を確保できない生産者は多い。「この柑橘の産地がこれからも続いていくためには、私のような後継者だけでなく、今以上に広く新規就農者が入ってこなければ難しいだろうと思っています」。そのためには、Iターン就農者を積極的に受け入れていく必要がある。「Iターン就農者のために園地の整理を生産者みんなで取り組みたいと考えています」。Iターン就農者の園地を確保できるかどうかという不安に対応し受け入れ体制を整える。
栽培については、特殊なことをしなくても、高品質なものがつくれる方法を地域で確立し、経験が浅い生産者でも早期に収益化が図れるようにしたいとしている。また利益が出る品目は大将季に加え、紅甘夏もあり、これは比較的栽培がしやすい品種で、収量が多く、棚保ちが良いため、柑橘類が市場からなくなる4〜7月に出荷することでき、有利販売が行え、新規就農者には心強い品目となる。果樹栽培で就農するには幾つかハードルがあるが、「JAを利用したリスクの少ない儲かるビジネスモデルを提案できればと思っています」。新規就農者の不安を取り除くことで、障壁を低くし、「難しいことをしなくても儲かる農業にしたいと思っています」。
楽しさを農業という仕事の付加価値に
農業で儲ける方法は様々で、自ら販路を開拓し、消費者の求める農産物をつくり、直接販売で成果を出している生産者もいる。「成功のために大きな努力をされ、素晴らしい経営をされています」。しかし、誰でも同じことができるわけではない。西田さんが求める儲かる農業は、「特別能力が高い人だけが成功する農業ではなく、志があれば誰でもしっかり稼げる農業です」。地域農業を持続させるための実際的な取り組みだと思う。
その中でブランド農産物の果たす役割は大きい。“美味しさ”という楽しさを価値として提供することで儲かる農業を推進する力になっている。ただ、この儲かる産地でも後継者の確保に悩んでいるという事実は重い。人は楽しい所に集まるわけで農業を楽しいと思ってもらえるかどうかが鍵になる。西田さんの取り組みには利益と共に農業を楽しんでいる姿があった。その楽しさをしっかりと農業という仕事の付加価値にできるのなら、地域農業は明日へと続く。