お米の消費量が年々減少している。かつては価格維持のためにと、半世紀近くに亘って行われてきた生産調整が廃止され、今はより自由な生産体制に移行しているわけだが、お米の消費量拡大には繋がらなかったし、米価も奮わない。生産調整廃止後、米所と呼ばれるような場所では、食用米に力を入れ、ブランド米の生産拡大で状況を打破する方向に進んでいるが、先行きは不透明だ。今の食生活を考えれば、日本人のお米離れは不可逆的なものに思える。
そうであっても、水田の持つ価値は大きく、それを有効活用することは日本農業の活力に繋がる。水田の高度利用を図り、飼料米の生産に活路を見出し、耕畜連携を地域農業の維持に役立てようとする地域もある。群馬県前橋市の二之宮地区で、耕畜連携を通した地域農業のこれからを探った。(記事中の数値・状況は2018年12月現在)
イネWCSへの取り組み
米麦二毛作と野菜の複合経営に、イネWCSを加え水田の高度利用
群馬県中南部に位置する中核都市で県庁所在地になっているのが前橋市。夏は内陸部に位置するため暑さが厳しく、冬は“上州のからっ風”と呼ばれる、乾燥した風の影響で晴天の日が多い。かつては製糸産業が栄え、その担い手であった女性の存在感が大きく、上州名物“かかあ天下”と呼ばれる所以となっている。その中、生糸の一大産地として、養蚕が盛んに行われてきたが、現在は、大消費地である東京及びその周辺地域に近い立地を活かした食料供給基地となり、農業産出額は400億円(2020年:369.8億円)を超え、その6割以上(2020年:7割)は畜産による産出額となっている。人口30万人を超える県庁所在都市としては、畜産の産出額は全国5位のトップレベルで、前橋市の農業を支える大きな柱となっている。
この地で米と麦の二毛作、さらに野菜作の複合経営を行っているのが農事組合法人二之宮。平成18年に集落営農組合としてスタートし、その後農事組合法人に改組。2018年12月現在、構成員は121軒で、作付面積は92ha。平成22年からイネWCSの取り組みを開始し、31.2haのほ場面積で生産を行っており、単独の集落法人としてはこの地域最大規模となっている。このイネWCSに取り組み、二之宮の主事業の一つに育て上げたのが、代表理事を務める岡賢一さんだ。当初、二之宮でのイネWCSの生産はわずかな面積しかなかった。岡さんは、「その際、補助金で収穫機を購入しましたが、手探りのスタートでした」と振り返る。これを機に、二之宮での自給飼料生産を基盤とした水田二毛作体系による堆肥の流通と利用が図られるようになった。
品質の向上に努め輸入飼料からWCSへの転換を促す
前橋市は当時課題としてあった、飼料高騰や家畜の糞尿処理に対応するため、平成20年、畜産農家の規模拡大に伴う堆肥の適正利用と自給飼料の取り組みを開始した。そこで、耕畜連携プロジェクトとして、堆肥の流通も含めた飼料イネ生産の支援を開始し、自給飼料の増産、耕作放棄地対策、水田の有効利用や転作推進なども図っていった。さらには、平成22年、前橋市農政部の課長補佐兼畜産係長(2018年当時)を務める柿沼俊文さんが畜産農家との橋渡し役となり、イネWCSの作付面積が年々増加していった。「構成員の中には、全てイネWCSの生産に転換して、食用の米はスーパーで買っている人もメンバーの中に何人かいます」と副代表の石川さんが笑いながら話してくれた。
構成員からは、イネWCSの作付けをさらに増やして欲しいとの要望も出ている。しかし、前橋市では二之宮を含めて5組織がイネWCSの生産を行っており、地域の畜産農家に供給している現状で、地域の畜産農家とは殆ど全てと契約している。生産能力はあるが、これ以上増やすと需要を超過してしまう。5つの組織で地域の畜産農家への飼料供給を支えている形となり、互いに連携し機械の相互利用による収穫作業の効率化も図っている。
この地域でイネWCSを利用するのは主に畜産農家で、「酪農はトウモロコシのサイレージを自給して利用している率が高いですね。肥育牛は、輸入飼料の利用がほとんどでしたが、何割かがWCSに切り替えてもらっています」と柿沼さん。肥育牛は、エサの組み合わせが難しい。それ故、イネWCSの品質には気を遣っている。ロールが収穫機から排出される際はシートを敷き、雑菌や土砂の混入がないよう最善の注意を払い、質の高い乳酸発酵したイネWCSを生産している。
収穫調製後は、ほ場で保管し乳酸発酵を促した後、各畜産農家の指定場所へ運搬する。ラッピングしたロールには、収穫したほ場ごとに収穫日とロットナンバーが記載されトレーサビリティの徹底を行い、常に品質の向上に努めている。これらの管理努力により畜産農家からのクレームは今まで一度もない。
イネWCSは、畜産農家の要望に合わせて、90㎝ロールと重さの違う100㎝ロール2種類を生産している。90㎝ロールが185㎏で2900〜3000円、100㎝ロールの275㎏のものが3500円、100㎝ロールで305㎏のものが4000円で取引されている。生産量は、90㎝ロールで当初は1反当たり平均13.5ロールの収穫であったが、今では17〜20ロール収穫できるようになった。100㎝ロールの185㎏で11〜12ロール、同じく305㎏で10ロールが1反当たりの平均生産量となっている。「人件費や資材コストが増えてきていますが、畜産農家の厳しい状況も理解できますので、スタート時のこの金額で何とか維持していきたいと思っています。WCSの交付金があるから、ロール代を差し引いてもやっていけています」と岡さんは語る。しかし、市が行っている耕畜連携の補助金は昨年から削減となり、この地域での農業基盤となっている米麦の二毛作への補助金も削減されている。一見、安定し順調に見えるイネWCSの生産であるが、決して盤石な基盤の上に成り立っているわけではないようだ。これまでの取り組みを維持しつつ、収益性の高い、さらなる次の施策を進めていかなければならない。
地域に根ざした農業
畜種農家との連携で得られた堆肥を野菜作にも活用
二之宮では、経営のさらなる安定化を図るため野菜作に力を入れている。畜種農家との連携で得られた堆肥はイネWCSの生産に利用するだけではなく、野菜作にも活用している。「野菜は質の良い堆肥が必要です。最初の頃は臭いのする、地域の人に迷惑がかかるような堆肥でしたが、今は完熟した質の高い堆肥になっています」と岡さん。野菜作として、タマネギ、長ネギ、キャベツの生産を行っている。以前はハウスでのキュウリ栽培も行っていたが、平成26年の大雪でハウスが大きな被害を被った。これを機にハウス栽培から撤退し露地栽培に注力することで、さらに収穫量が増えてきた。収穫された野菜は、農協をはじめ、県内のスーパーへ出荷され高い評価を得ている。
特にタマネギに関しては、「味にこだわっています。淡路のタマネギにも匹敵するのではないでしょうか」と岡さんは胸を張る。リピーターとなる消費者も少なくなく、直接問い合わせがきている。年に一度、このタマネギのPRと地域住民とのコミュニケーションを図ることを目的に、事務所敷地内で感謝祭を開催している。感謝祭では、タマネギの詰め放題を実施して、当日用意したタマネギ7tがすっかりなくなる大盛況のイベントとなっている。今では、口コミだけで他県からも多くの人が足を運ぶという。耕畜連携で得た質の高い堆肥で、消費者の支持を得る、質の高い野菜作りに益々弾みがついている。
荒廃地や遊休地の再利用を請け負い、野菜の作付け、河川の草刈り作業にも取り組む
元々この地域での土地利用型農業は、米麦の二毛作が基本。“上州のからっ風”と呼ばれる冬の乾燥した強風がほ場から湿気を抜き、麦の生育環境に適している。また麦を植えることで強風によりほ場から舞い上がる土を抑制する。経営を考えれば、「野菜を作れれば良いのですが、まだそこまでは十分できていません」と岡さん。二毛作は、ほ場の有効利用と生産拡大に加えて、ほ場の保全と地域環境の保全を担っている。そこに地域農業を維持する大きな意義がある。二之宮では、荒廃地や遊休地の再利用を請け負い、野菜の作付けを積極的に行ったり、地域の環境保全対策事業として、河川の草刈り作業にも取り組む。それらが、地域環境を維持することに繋がっている。
また、作業の省力化を図るため、最先端の機械や技術の導入にを積極的に行っている。現在(2018年当時)保有している主な農業機械は、コンバインが8台、その内2台が食味・収量センサ付コンバインだ。WCS用としては、専用コンバイン2台、ラッピングマシーン2台。その他、大型トラクタ4台をはじめ、田植機、マニュアスプレッダー、ブロードキャスター等をそれぞれ複数台保有している。また、タマネギの移植機をはじめとした、野菜作関連の農業機械の充実も図っている。さらに、ICTを活用したスマート農業にも積極的に取り組んでいる。労務管理やほ場管理には、労賃管理システムやKSAS(クボタスマートアグリシステム)による営農管理システムを活用している。具体的には、システムを活用して、スマホやタブレット端末機を使用した、作業日報の作成や作業状況の共有、集計、ほ場の位置確認など。そして、食味・収量センサ付コンバインの自動計測データに基づいて、肥料散布を行うなど、品質の向上と業務の効率化、さらに軽労化を推進している。
次世代に繋ぐために
若い人が興味を持つ経営をしていかなければ続かない
これからの課題は、やはり後継者問題。岡さんは、「法人を立ち上げて約10年。作付け面積は増えましたが、10年前と構成員は変わっていません。現状は今のままの構成員でまかなっていけますが、10年先を見ると限界が見えてきます」と危機感を示した。現世代の子や孫など内部から継ぐ人がいなければ外部からの雇用も検討していかなければならない。そのためにも、年間を通しての仕事や安定した収益が必要になり、野菜作にも力を入れている。その結果、ようやく外部からの雇用受け入れ体制もできてきたようだ。
そのうえで「若い人たちが興味を持つような経営をしていかなければいけない」と岡さんは話す。最先端の機械や技術の導入も、次世代の人達に関心を持ってもらい、より良い環境で農業に携わってもらうためにも必要と考えたからだ。さらに今後、GAPの認証取得に向けて動き出している。「先ずは、整理整頓からですよ」と岡さんは笑いながら語る。農産物の安全・安心を保証することで付加価値はさらに高まり、競争力を得ることになる。新時代に対応する農事組合法人としての評価も高く、国内のみならず海外からも多くの農業関係者が視察に訪れている。
耕畜連携を取り入れ、タマネギをはじめとした野菜作の拡大を目指す岡さんの言葉の端々には、冬の厳しい“上州のからっ風”に立ち向かってきた、忍耐力と強さを感じた。たとえ逆風の中であっても、地域農業を守り、地域に根ざした農業を営む力強さがそこにある。「農業以外知らないから、この道だけでやっている」と語る岡さん。この飾りのない言葉の中に、地域を愛する真摯な思いが感じ取れた。それを基本に、地域農業を次代に繋げていくため、今できることがあれば何事にも果敢にチャレンジしていく姿がそこにあった。