農業を成長産業にしようと各地で様々な取り組みが行われているが、その要諦となるのは、いかに利益を上げるかということだ。そのために規模拡大による生産コストの低減を行い、直接流通などで独自販路を開拓し、農産物に付加価値を付ける6次産業化に取り組む。明日に繋がる農業の一つの形だ。とは言え、誰もがこれを形にし実行していけるわけではない。
取り巻く生産環境、自然環境は地域によって違い、采配する農業者の才覚、資質、あるいは後継者の有無によるところも大きい。何が必要なのか、何が求められるのか。異なる状況の中でも、変わることなく必要不可欠とされるものがあるはずだ。規模拡大から始まり6次産業化に至った生産者を取材し、これからの日本農業を探る。(記事内の状況、数値は2020年2月現在)
品質を支えるのは土づくり
経営面積118ha、ほ場枚数570枚、水稲野菜の複合経営
鳥取県東部に位置する八頭町で、稲作を中心に大規模経営を行う田中農場を訪れた。「元々私の父親が1971年に養豚業を始めたのが田中農場のスタートです」。こう語るのは、今回話を伺った田中里志さん(41歳)。同農場の若き代表取締役だ。
現在田中農場は、正社員、パートを含めて22名の従業員が働き、経営面積は118.3ha(内借地117.2ha)、ほ場数は約570枚に及ぶ。作付け内容は、水稲96.7ha、豆類(黒大豆・白大豆・小豆)3.5haの他、野菜の栽培も行い、白ねぎ3.2haを中心に、タマネギ・人参などが3.5ha。これに加えて飼料用とうもろこしや飼料用米を養鶏農家向けにつくっている。水稲の内訳は、食用米として最も多くつくっているのがコシヒカリで36.6ha。その他にひとめぼれ等を作付けしている。食用米以外では酒米の山田錦が40.5haとコシヒカリを上回る生産量となっている。その他、酒蔵用の加工用米が7.4ha、もち米が4.1haなど、ユーザーの嗜好性、ニーズを捉えて生産している。
養豚業からスタートし、いかにして今の経営内容・規模に至ったのか。「1976年から養豚業を営みながら、同時に農地の集積を開始しました。同じ集落の方から田んぼをお借りして、地域で行う大豆や小麦の転作を一手に引き受けました。この辺りは水田地帯で、ほとんど米づくりしか行っていなかったので、それ以外の大豆や小豆などは、畦豆程度でした。ほ場全体を使って、2〜3haもつくるようなことは誰もしていませんでした。その中で私達が農地を借りて大規模につくるようになったのです」。当時、米あまりから生産調整が始まり、それが農地集積の最初の契機となった。
「その後、農地を取り巻く環境が変わり、現状は農家の高齢化と引退です。それに伴い、耕作依頼が増え続けました。平成8年に法人登記した頃は、約55haでしたが、毎年3〜4haの依頼を受けて増え続け、現在118haにまで広がりました。これからもまだまだ増えていくと思われます」。しかし、闇雲に規模を拡大してきたわけではないし、することはできなかった。田中農場は経営の大きな特色として全量自主流通を行っており、市場で生産した農産物が必ずさばけるという環境にはない。「需要があっての規模拡大です。つまり、いかにお客様に求められる品質を生み出すか、品質が要だと考えています」。田中農場にとって生産者と実需者を結ぶのは市場ではなく品質なのだ。その良さが、取引先を増やし規模を拡大していく。
年間2000tの堆肥を受け入れ、排水対策をしっかり
そこで大切にしているのが土づくり。「畜産からスタートしたこともあって、自ずと糞尿が出てきますので、それを堆肥にし、田畑に播き化学肥料を減らしました。その結果、収穫した農産物の食味が良くなりました。本来あるべき農業はこういう形だろうという父親の思いもあって、土づくりに力を入れはじめました」。現在は、地元の和牛肥育農家から年間2000tの堆肥を受け入れている。それを農場の堆肥場で半年から1年掛けて完熟堆肥にし、秋から春まで随時散布している。
また排水対策も重要だ。「水田は水を溜めないといけませんが、乾かすときにはしっかり乾かさないと良い米はできません。冬の時期、雪の中でも、弾丸暗渠を通す作業を行っています。また、しっかり深く耕すことも心がけています。作土層を深くするため、大型の畑作用プラウを使って、約30㎝位の深さまでほ場を耕しています」。それが深くまで伸びる強い根を育てることに繋がっているとのこと。
この土づくりは、同農場で年間雇用を目的に始めた水田利用の白ねぎ栽培にも奏功している。白ネギは排水性が悪いとうまく育たず、その対策が課題となり、鳥取県西部の砂地では水はけも良く産地ともなるが、田中農場のある東部で、まして水田の輪作体系ではそうもいかない。しかし、弾丸暗渠や深耕による土づくりが、排水性を高め、また堆肥の施用で砂地より肥沃となり、甘く柔らかい白ねぎが育つ。
「手間を掛け、より食味の良い農産物を生産するようになってきました。そうなると、それをちゃんと評価してもらえるところに売っていきたい気持ちが強まります」。それが実需者への直接販売へと繋がっている。
6次化でブランド力を高める
加工業者と連携しより魅力ある商品を
田中農場での加工品のスタートは餅と味噌から。「餅は昔から農家がつくってきました。まずその餅をつくって評価をいただきました」。それから米と大豆があるので、塩だけあれば味噌ができると、加工施設で味噌をつくってもらった。その後、“黒豆茶”や白ねぎを発酵・熟成させた“白ねぎ酢”、その白ねぎ酢をベースにした“白ねぎぽん酢”、ドレッシングの“ネギネージュ”と製造を外部委託して加工品を増やしていった。また、昨年の春には6次産業化の支援資金で加工施設をつくり、白ねぎ酢をベースにして農場で栽培した野菜を使うピクルスの生産を始めた。この他、田中農場の酒米を使用した酒づくりの過程でできる酒粕や、製粉会社に大豆を送ってつくってもらったきな粉などがある。販売は農産物の直接販売を行っていたこともあり、加工品を自ら売ることも自然な流れで、農業の6次化となった。
「餅は餅屋なので、一部加工品を除いて基本的な考えは農産物原料を専門業者へ供給して、加工委託しています。規格外商品や過剰生産分の対応としてではなく、加工業者と私達の技術を合わせると何ができるだろうかと相談して、より美味しい商品、魅力ある商品を生み出したいと考えています」。素材の高い品質を活かし、それを更に高めようとするものづくりが行われている。
6次化で消費者との接点を増やす
ただ6次化商品は全体の売上で見ればまだ1割にも満たない。しかし、6次化に取り組むメリットは、「田中農場のブランド力を高めることに繋がっていると考えています」。農産物そのものとしても品質が高く、それがまた加工品として違った形の商品になっても、さらに美味しくなっている。「そうすれば、確かなものを生み出す農場なんだなと理解してもらえます。その点が大きいと思っています」。付加価値が信頼の醸成に繋がっていくようだ。
また加工することで生鮮食品にある消費期限の制約からある程度自由になり、消費の機会を増やすことができるし、消費者とダイレクトに接することになる。「美味しいと言ってもらえることが、農業に携わる者の誇りにもなるしやりがいにもなります。手間を掛けている分苦労も多いですが、その一言で苦労が報われます」。それが秋の出荷だけでは寂しいし、消費者と触れあう機会も少ない。6次化することで消費者と接点が増え、直接商品の評価ももらうことにもなり、農家の生産意欲を高めるモチベーションにも繋がっていく。
同農場の売上第1位は、酒米の山田錦だが、その取り組みも6次化的な要素を持っている。つくり始めたきっかけは「25年ほど前に米の取引先から、“これだけ良い米ができるなら、いい酒米ができるのでは。生産されるのなら酒蔵を紹介します”と言われたことです」。そこで、酒米の生産を始め、高い評価を受け、大手酒造メーカを含めた、全国の酒蔵と取り引きが広がっていった。そして田中農場の山田錦を使う地元の酒蔵でつくられた日本酒は、“田中農場”と名付けられるまでに至っている。田中農場が販売を手がけているわけではないが、加工品にまで生産者の顔が見え、消費者にまで届く。
そして現在はいよいよ販売も手がけようとしている。「昨年の春からネット販売を本格的に始め、一般消費者のお客様を増やそうとしていますが、アルコール類もネット販売できるように準備しています。そうなれば、同じ田中農場の酒米を原材料とした全国様々な地域の酒蔵の日本酒を飲み比べていただくこともできます」。日本酒好きには興味がそそられる、今までにない日本酒販売の取り組みになりそうだ。「酒蔵との取り引きは、これからも積極的にアプローチしていくつもりです。また新しい銘柄のお酒が生まれるような取り組みをして、美味しいお酒がある農場というイメージに持っていきたい。これも大きいブランド力になると思います」。
魅力ある農業を実践し、価値を発信
農家がしっかり対価を得られる社会になるための価値を発信
「6次化商品は、まだまだ順調に売れているわけではありません。賞味期限の関係でロスが出る場合もあります。これからも販路開拓に力を入れていかなければなりません。また、商品のブラッシュアップも必要になってきます」。6次化を進める上での課題はまだまだある。それでも、「もう少しアイテムが増えれば直営店舗を企画してもいいかなと考えています。私達がつくった食材で、簡単な飲食ができる店も面白いのではないかと思っています」と、夢が広がる。
これからの展望として、「将来的には200haを超えるような規模になるでしょう。地域の求める声にしっかり応えながら、その上で、食べることや美味しさの喜びが実感でき、健康にも繋がる食を提供し、農家がしっかり対価を得られる社会になるための価値を発信していける農場にしたいですね」。
また若い人が農業に対して抱くイメージが最近、良くなってきているのではと田中さんは実感しているが、それを踏まえ田中農場が農業に興味を持った若者の受け皿になり、農業を勉強する場や携わる機会を提供できればとも考えている。そのためにも、魅力ある農業を実践できているかが重要になってくる。「農薬や化学肥料に頼らず、しっかりとした土づくりを行い、より美味しい農産物を生み出す。そして、最新の農業機械やスマート農業を積極的に取り入れ、働き方改革にも繋がる取り組みを行う」。若者が職業として選択し、充実した人生を歩める場とすることは、何よりも農場の価値を上げることに繋がるだろう。
規模拡大で生産コストを抑え、直接販売を行いながら、6次化による加工品を展開し消費者ともダイレクトに繋がっていく。そんな農業経営の中で見た、明日の農業にとって必要不可欠なものは、まさに土から取り組むことで生まれる“本物の価値”ではないかと感じた。偽物や紛い物が溢れる昨今、その本物の食は感動を生み出す。それが農業を持続する、強い力となるに違いない。