農業の進化に活路を探る 地域農業を持続させる中間産地のスマート農業 取材先:SDGs未来杜市・真庭スマート農業オープンラボ

アグリソリューション

  「危機は時代を進化させる」。昨今の状況からそんな言葉を強く実感できる。今は我慢の時ではあるけれど、新しい生活様式が模索される中で、これまでの暮らしが見つめ直され、新しいサービスが活性化し、ICTを活用したバーチャル空間の利用が進む。生き残るためには未来へと果敢に踏み出さなければならない。それが、時代の奔流に立ち向かう新しい力となる。

  農業でも同じ事が起こっている。以前より危機の時代にはあったが、コロナ禍が販路を喪失させ、人手不足を招き、様々な面で危機を後押ししている。事業持続のための販路創造、コスト削減、省力化・省人化は待ったなしだ。そこで期待されているのがスマート農業。危機に瀕した私たちの力となるのか。弱った者の味方となり、進化を促し、危機を乗り越えるための強さを与えてくれるのか。中山間地のスマート農業に、地域農業の持続を探る。(記事内の数値・状況は2020年9月現在)

中山間地でスマート農業を

岡山県と共にコンソーシアムを形成し、実証に参加

 岡山県の北部、山間部にある真庭市で、『“SDGs未来杜市・真庭スマート農業オープンラボ』の取り組みが行われている(2020年9月現在)。農研機構が事業主体となっている『スマート農業技術の開発・実証プロジェクト』の一つで、令和元年から2年間の計画で進んでいる。実証コンソーシアムのメンバーは多様で、岡山県、真庭市、㈱中四国クボタ、全農岡山県本部、JA晴れの国岡山、全国農業改良普及支援協会、岡山県立真庭高等学校、真庭スマート農機利用組合、そして実証の舞台となっている真庭市の中山間地にある農事組合法人、寄江原。真庭市は国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の達成に向けた優れた取り組みを行う先進自治体の『SDGs未来都市』に選定されており、持続可能なまちづくりを目指してきた。

 その中で実証プロジェクトに高い関心を持ち、岡山県と共にコンソーシアムを形成し、実証に参加した。寄江原の代表理事を務める矢萩正孝さん(67歳)は、「私たちは中山間地で営農組合を展開していますが、若い後継者がなく高齢化が進み、また技術的な問題も抱え、困っていました。そこでスマート農機を使った近代的な農業をしませんかというお誘いを受け、参加することにしました」と、これまでの取り組みについて語ってくれた。プロジェクトには全国から応募があり「まさか私たちが採用されるとは思っていませんでした」と、幸運にも選ばれたとし、中山間地が生き残るモデル確立のため、“地域に適した装備を模索するスマート農業一貫体系の実証と普及”に取り組む。

 寄江原は「もともと川の氾濫でできた場所で沼地が多く湿田です。耕作がしづらい場所で、不整形な農地が多く、稲作しかできない場所でした」。その中、平成10年から17年にかけて基盤整備を実施し、26haが整備された。そして19年に法人化。4集落が集まって、組合員は73名、8haに農地利用権を設定している。集積率は決して高くはない。現在、水稲を4.2ha、小麦を3.1ha、仏事に供える“しきみ”を0.3 ha手掛けている。そして作業受託が9.3ha。中山間地にあって水稲で利益を出すことは簡単な事ではなく、作業受託が安定的な収益に繋がっている。

代表理事の矢萩さん
平成10年〜17年 基盤整備が行われた

化学肥料をバイオ液肥に転換、生産コストの低減に繋げる

 米づくりで利益を出すためには、如何に生産コストを低減するかが大きな鍵となる。この地では経営面積の拡大には制約があり、規模拡大の効率化で利益を上げることは難しい。そこで取り組んでいるのが化学肥料をバイオ液肥に転換すること。真庭市では有機性廃棄物を有効活用する観点から循環型肥料であるバイオ液肥を生産し無料で提供しているが、これを活用し生産コストの低減に繋げている。「循環型の農業をすることで利益が出るようになりました」。加えて資源循環の輪に参加しているというプレミアムにもなっている。また瀬戸内海で養殖されている牡蠣の、牡蠣がらを散布する里海米にも取り組んでいる。岡山県の農協が推進しているものだが真庭市では独自の取り組みも加えて真庭里海米とし、豊かなミネラルで育てられたブランド米として展開している。

 しかし寄江原独自のブランドというわけではなく、他と差別化できるブランド米の生産はこれからの課題だ。小麦は津山の農協に地産地消のケーキ材料として出荷している。“しきみ”は仏事のお供えとして使われるものだが、今、岡山県内で流通している95%は県外のもの。これを県内で栽培できれば輸送コストも下がり、需要もあると取り組み始めた。「年4回ぐらい大きな収穫ができるのですが、最初の収穫までに5年ぐらいかかります。今挿し木をして育てているところです」。

4.2haで水稲を手がけている
仏事でお供えする“しきみ”

ゼロからスマート農業を始める

地域全体の持続を考える集落営農を模索

 寄江原の農地は大きく分けて“儲ける農地”のA区と“守る農地”のB区に分けられている。A区は基盤整備が進み50m×100mなどの農地が並び、パイプラインが整備されポンプアップで水をくみ上げ、効率的な農業が可能だ。B区は山側にあって基盤整備が進んでいない場所で、「昔ながらのやり方で、ため池を水源とし谷川から水を引いている所がまだまだ半分もあり、鳥獣害の被害も深刻で、耕作放棄地も多い」。大豆などを植えても食べられるため、“しきみ”の栽培を行っているが、収益化までにはまだまだ時間がかかる。稼げる農地を活用しながら如何にして山側の農地を守っていくか。地域全体の持続を考える集落営農を模索するが、農業の担い手は60代から80代と高齢化が進み、耕作放棄地も増えていく。そこでスマート農業に活路を探った。

基盤整備が行われたA区の田んぼ
山の際にある変形田

収量アップ、労働時間削減に効果を実感

 それまではスマート農機の所有はなく、ゼロからのスタート。直進アシスト機能を付加したトラクタ、直進キープ田植機、ほ場水管理システム、ラジコン草刈機、ドローン(防除用、センシング用)、食味・収量コンバイン、ほ場管理システムなどを一式導入した。㈱中四国クボタから技術指導が行われたが、すぐに使いこなせるようになった。オペレータは2名だが、増やす方向にある。

 この取り組みによって数々の成果が期待されているが、その内の大きな一つが収量のアップだ。それまで10a当たり平均480kgだったものを540kgにアップすることを目標としている。1年目は施肥設計を行わなかったが、ほ場水管理システムのWATARASやドローンが効果を発揮した。WATARASは入水から排水までの水管理を自動化するもので、A区に導入。スマートフォンやパソコンから水位や水温のデータをモニタリングし、水門の開閉を遠隔操作することもできる。昨年の成果では「栽培管理に従って適切な水位を保つように設定」し、出穂後の浅水管理で玄米の高温障害を回避した。また、労働時間が10a当たり3.8時間から1.7時間に削減でき、「見回りにも行かなくて良くなりましたので、労務費も節約できています」。

 ドローン(クボタMG-1SAK)に関しては適期防除で威力を発揮している。「あっという間に撒けます。1ha を10分で作業します。プログラミングしておけば自動運転です。以前は背負動噴を使っていたので負担はまるで違います」。大きな労力軽減になっていてその気軽さは、シーズン中の適期防除に繋がり、収量アップに貢献した。現在ドローンのオペレータは3人。地域農業に関心を持つ“きっかけ”にもなっているようだ。またドローンはリモートセンシングでも活用されている。岡山大学が行い、大学が所有するドローンを使って、幼穂形成期から収穫期に4回、NDVIを測り、肥料の効き具合などのデータを取得し精密施肥設計に活かしている。1年目の成果としては、10a当たり519㎏の収穫となり、平均タンパク含有率は6.9%となった。同地域でスマート農機を活用していない場所は収穫量が10a当たり460㎏で、平均タンパク含有率は7.4%。慣行区として比較してみるとその差は歴然だ。「今年は昨年の収穫データを活用しながらシビアな施肥設計を行い、更なる収量アップを目指します」。

水位を自動で管理するWATARAS
防除とセンシングに活躍するドローン

軽労化を進め、労働時間を削減する

 労働時間の削減も大きなテーマになっている。 「過去の積算によると10a当たり21.2時間なのですが、昨年は18.1時間となりました。目標は15.6時間にすることです」。WATARASやドローン、その他のスマート農機が貢献している。労働時間が減り余裕が出てくれば、今後、土地集積が進んだ場合の対応力となる。ただスマート農機でデータを取得し、それに基づいてより改善を進めていくと、「派生して様々な作業が増えてきます。どこまでレベルを上げるのか。労働時間と収益を見ながらベストな状況を見極めることが今後の経営課題となります」。

 また高齢化が進む中山間地の農業を持続させるためには軽労化が必須となる。そこでスマート農機が果たす威力は大きい。まずは直進アシスト機能を後付けで付加したトラクタでは代かき作業で顕著な利便性があるとのこと。「代かき作業では、水が濁ると自分が通った場所が分らなくなるのですが、重なり代を設定でき、精密な作業をサポートしてくれます。非常に便利です」。直進キープ田植機(クボタNW6S)では「不慣れなオペレータでも真直ぐ田植えができ軽労化に繋がります」。同機は多機能田植機でもあり、鉄コーティング直播にも使用している。「今、一部のほ場で取り組んでいますが、その生育がかなり良好で、将来的にはコスト削減の一番の方法になるのではないかと期待しています」。

 直播の後はドローンで防除を行っており、その組み合わせは大きな軽労化を実現する。畦畔の草刈ではラジコン草刈機を導入している。「作業時間は従来から使っている刈払機や自走の草刈機とさほど変わりませんが、疲労度が圧倒的に違います」と評価は高い。ただ、どこででも使えるというわけではなく、「斜度30度程度までは運用が可能ですが、でこぼこが多いなど畦の形状などにより稼働が制限されます」。ほ場の畦を色分けしたマップを作成し、それぞれの畦の特性に適した農機の使い分けを行い効率化を図っている。

 スマート農業はデータを残していく農業ともいえる。そのためブランド米づくりにおいても有効だ。味や安全性、環境配慮の裏付けとなるバックデータを提示することが出来る。今取り組んでいる里海米などの品質を見える化することなどに役立つ。その上で活躍しているのが食味・収量コンバイン(クボタER438N)だ。収穫した籾のデータを収集し、収量や、食味の一つの目安となるタンパク含有率を示すことができる。今回の実証ではタンパク含有率6.5%が目標となっており、収量アップと共にそれに向けた改善が進められる。

直進アシスト機能を後付けしたトラクタ
直進キープ田植機
ラジコン草刈機
食味・収量コンバイン

導入費用の軽減は大きな課題

データの見える化で誰もが参加しやすくし、シェアリングで稼働率アップ

 B区でもスマート農機は活躍している。鳥獣害対策にドローンを活用しようというもの。「電柵やワイヤーメッシュの監視にドローンを使う実験をしています。また、イノシシなどの、ぬた場(泥浴びをする所)や通り道を可視光やレーザー光を使って探れないかという実験もしています。藪の中にあって人の目では見えませんが、上から見ると分かるものなのです。特定できれば猟友会と連携してその場所に罠を仕掛けるなど、広がりのあるチャレンジができないかと思っています」。

 スマート農業を展開する中で得られた各種のデータは、ほ場管理システム(クボタKSAS)に集約し、インターネットの地図情報を活用したほ場管理や農薬・肥料などの管理、作業記録、作業進捗管理などを行っている。「これがあれば季節ごとの作業も分りますし、動画もあります。次の世代に受け渡すことが簡単にできます」。寄江原の役員は任期が3年と短く、引き継ぎのしやすさは重要だ。定年退職した人や女性にとって営農組合に入って来やすい環境となる。矢萩さんも「こういうものがあれば良いのにと、ずっと思っていました」。言葉に実感がこもる。営農組合に入るまでは「農業と関係のない仕事で各地を転々とし、定年退職してUターンしてきたので、農業の“の”の字も知らない新規就農者でしたから」。継承のための大きな力になるようだ。ただ、データを統一化する難しさもある。例えばどこからどこまでが労働時間なのか、作業者によって感じ方も違い、個々の感覚を一般化することが必要で、ルール作りが求められる。

 これらのスマート農機は稼働率を上げ、機械費の負担を少なくする目的からシェアリングも実施している。今回は実証なので、機械導入にかかる費用は発生していないが、今後、実際的な現場実装を考える時は非常に重要な取り組みだ。シェアする農機は直進キープ田植機と食味・収量コンバイン。寄江原を入れて3ヵ所でシェアリングを行い、南北の距離約110㎞、標高差約500mで発生する55日の作業日程の差を利用する。「昨年はコンバインだけでこちらと山間部の生産者の間で実施しましたが、天候が悪く山間部では1日しか稼働しませんでした」。その反省を踏まえて3ヵ所となった。田植えは天候の影響をあまり考えなくて良いので、この春は順調に稼働。秋の稼働もうまくいけば、この取り組みの有効性が見えてくる。

「儲かる部分で稼ぎ、守る農地に投資していく」

 スマート農業で軽労化を図り、収量を上げ、生産コストを削減し、利益を上げる。「儲かる部分で稼ぎ、守る農地に投資していく。そういう形になると思います」。寄江原のこれからの姿だ。それぞれのほ場のレベルを高め、単位面積の収益を上げつつ、一部は“しきみ”などの高収益作物に転換し、集落全体が維持できる仕事づくりに繋がっていけばとしている。「集落を守るためには営農を続けるしかありません。スマート農機を活用したこの取り組みが全国の中山間地のモデルになればと思います」。寄江原と同じ問題を抱える中山間地は日本中にあり、現実的な持続性が実証できれば、その地域の勇気と希望になるはずだ。

 何よりも大きな課題は“中山間地の農業でスマート農機を維持できるのか”ということだ。寄江原でも、実証にかかるものは無償となっているが、果たして更新ができるのかという不安は大きい。現実の一般的な現場に実装できる実際的な方策を模索しなければならない。適正装備を探り、農機のシェアリングを行い、寄江原ではドローンの受託を増やすことも考えている。またオープンラボとして新技術の拠点になればとも考えている。弱い者が危機を乗り越えるための強さを得る進化は始まったばかりだ。スマート農機をただ使っているだけではうまくいかない。その力を自分のものにするため、それを使いこなし、そこから生み出すもので、それを所有し続ける力を得なければならない。それは利益でもあるし、あるいは中山間地を維持するための不可欠性を中山間地の価値と共に示すことかも知れない。進化した農業で地域の持続を目指す中山間地の挑戦が始まっている。

寄江原のほ場 右奥が基盤整備が行われたA区、左手前が鳥獣害の被害も多いB区
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