新型コロナウイルスは、感染によって命が危険に晒されるだけでなく、人と接触する社会活動の制限により経済にも大きな打撃を与えた。学校の休校や飲食店の休業、イベントの中止など、その影響を受けて販路を失った農家も多い。市場出荷一辺倒ではこれからの農業は立ち行かないと、独自販路の開拓を進め、契約栽培に活路を見いだした農家の中には、今回のコロナ禍によって大きなダメージを受けた者も少なくなく、先進的な取り組みがあだになった形だ。
しかし、だからと言って旧態に逆戻りしたのでは、日本農業の未来は暗い。苦境から立ち上がり、進化していくことが新しい農業に求められる。今回、新型コロナにより大きな影響を受けながらも、そこから立ち上がり、新たな挑戦をする生産者を訪ねた。(記事中の状況・数値は2020年7月現在)
プロの料理人に支持されるリーフミックス
ベンチャー企業を立ち上げる気持ちで農業をスタート
大阪府南西部に位置する和泉市で農業を展開するGreenGroove(グリーングルーヴ)を訪ねた。標高約400mの山中で寒暖差を利用し、独自の水耕栽培でリーフミックスを生産している。「私たちは、ほぼ飲食店専門と言って良いぐらい、飲食店が喜びそうな物ばかりを栽培している農家です」。こう語るのは、今回話を伺った代表の中島光博さん(41歳)。非農家出身の新規就農者で、農業を始めて13年目になる。
現在GreenGrooveは、7名の従業員が働き、ハウスを利用した20aの栽培規模で、スイスチャードやフェンネル、ロシアンケールなど、日本ではなかなか見かけないヨーロッパ野菜を中心に水耕での生産を行っている。看板商品は、これらのヨーロッパ野菜と色彩豊かなサラダ野菜を10種類ミックスしたヨーロピアンリーフミックス。見た目の美しさと、肉厚で味が濃く、日持ちが良いとプロの料理人の支持を集めている。
「取り引きしている飲食店は、どちらかといえば高単価なお店が中心となります。全国展開されているリーズナブルなファミリー向けのレストランになると原価が合わないので、なかなか取り引きには繋がりません」。直接取り引きや卸を通じて出荷され、現在、関西を中心に、把握しているだけで約50件の店舗がヨーロピアンリーフミックスを使用している。また、高単価の野菜を扱う百貨店との取り引きや毎週開催されるマルシェに参加することで直接消費者への販売も行っている。しかし新型コロナウイルスにより深刻なダメージを受けてしまった。
中島さんが就農したのは29歳の時。大学時代の同級生にベンチャー企業として、農業をしないかと誘われたことがきっかけだった。「私自身農業に関して何の憧れも持っていませんでした。もっと言ってしまえば、興味すらありませんでした」。それでも、会社を辞め誘いに応じた。「農業をすると言うよりは、ベンチャー企業を立ち上げ、これで成功するぞという気概を持って参加しました」。中島さんを誘った同級生が社長で、他に2名がすでに参加しており、合わせて4名でのスタートとなった。
シェフとの出会いからヨーロピアンリーフミックが誕生
次世代の農業ビジネスは水耕栽培と聞き、農地を得て農業を始めたものの、メンバー全員農業経験は無く非農家出身。農業に関する知識も無ければ、教えてくれる人もいない。「水耕栽培でスタートしたので最初はよくあるようにレタスから取り組み始めました。当然、技術力、知識不足で上手くいかず、その後、青ネギ農家になって、これも相場の壁があってやめてしまいました。その次に苦し紛れでハーブの栽培を始めました」。厳しい経営状態の中、その間にメンバーも中島さんと社長だけになってしまった。
販路を求める中、東京で毎週開催されている青山ファーマーズマーケットに出店する機会を得る。同マーケットに出店することでレストランのシェフと繋がりを持つことができた中島さんは、「飲食店さんに買ってもらえますかとアプローチを掛け、またどんな野菜が欲しいですかと、聞いてまわりました」。その問いに対する答えで多かったのが、「今では国内の栽培農家さんもいますが、空輸でしか手に入らない西洋野菜のニーズでした。それこそ1株1000円とかの西洋野菜をシェフが出してきて、こんな野菜を日本でつくることはできないのかと聞いてきたんです」。これをチャンスと考えた中島さんは、早速インターネットで手に入る西洋野菜の種を全て購入して、どんな味なのか、どんな物ができるのか、そんなことを何も知らないまま取り敢えず植えてみた。「できたものを、これで良いのかなと思いながらレストランへ持って行って、食べてもらってを繰り返しました。これで売り上げが上がって採算がとれたわけではないのですが、お客さんの受けがすごく良くなって、トップクラスのお客さんと話ができるようになりました。この経験によって、希少野菜の多品目農家という方向性が決まっていきました」。
さらに、サラダ用にカットして何種類かをミックスして欲しいという要望があった。「帰ってきて、畑で色目の良い野菜を適当にピックアップし、とりあえず混ぜてみました。そうすると自分が思っていた以上に、きれいなサラダができ、これは売れるなと思いました」。この商品はシェフ達の間で高い評価を受けることになり、今の看板商品であるヨーロピアンリーフミックスの始まりとなった。
しかし、多品目で手間がかかり、採算がとれる見通しが立たない中、毎週東京まで売りに行き、栽培にかけられる時間を充分にとれない状況が続く。その中、自分の貯金も切り崩しながらの厳しい経営状態が続き、会社が農場を手放すという話しになった。「大きな志を持って農業を始めたわけではありませんが、この仕事が嫌いではありませんでした。東京で有名シェフから美味しいと言ってもらえたり、売り方や何を作ったらいいのか、どんな提案をしたらいいのかが、だんだん分かってきた頃でしたので、農業をやめたくありませんでした」。また東京まで販売に行って、その都度、人、時間、費用をかけるより、今一度大阪にしっかり根付き、付加価値の高い農産物を作って、再スタートした方がうまくいくだろうと言う想いが中島さんにはあった。そこで、2014年に事業を引き継ぎ、GreenGrooveを設立した。高設ではなく地面に直接栽培ベッドを設置するオリジナルの水耕システムや溶液の濃度割合を考案。雨水をプールに貯めて使用するなどコスト削減にも取り組み、設立2年目には安定経営の目処がついた。
大阪で開かれたG20サミットの食材に
2019年の6月に大阪で開催されたG20サミットでは、その2ヵ月ほど前に食材提案の商談会があり、サミットで使用する食材の選考が行われ、GreenGrooveのヨーロピアンリーフミックスが選ばれた。「G20に食材として使われたことは大変名誉なことで嬉しい事でした。良い冠をいただいたと思っています。それ以上に、商品が評価され、商談会に呼ばれるようになったことがすごく感慨深かったです」。厳しい状況の中、会社を設立し、大阪での事業展開に切り換えてきた歩みが、目に見える成果となった。
「私が大阪で再スタートした時、これまで直面してきた参入障壁の数々から一番の目標に掲げたことが、知名度のアップでした」。そのためには大阪でしっかりした繋がりを作ることが必要になる。それで「最初にやったのがこの和泉市の4Hクラブ(農業青年クラブ)に入ることでした。初めて地元の農家さんと話ができるようになりました」。そこから地元のJA、市や府の農政担当者にも少しずつ認知されるようになっていった。そしてG20に食材として使われたことで、「“大阪の農家ゆうたらこいつらやろ”、というラインナップに入れていただきました」。そこに行き着くまでには苦労も多く決して平坦な道ではないが、非農家出身の新規就農者でも評価され、名を知られるような存在になることができた。GreenGrooveが目指すのは“農業だから”と言い訳をしない“優良企業”。それが一つの形となった。
一般消費者にも受け入れてもらえる商品を開発し販路を多様化
しかしG20サミットの食材の一つに選ばれた1年後の2020年、状況は一変する。新型コロナウイルス感染症拡大の影響だ。「本当にひどかったです。ここまで深刻な状況になるとは予想していませんでした」。少しずつ取引先からの注文が減っていく中、当初、中島さんには根拠の無い自信があったと言う。「飲食店向けに偏った経営なので、何かあったら怖いなという思いは元々ありました。そのため、自分なりに販売チャネルを振り分けていました。マルシェなどの直販、こだわりの野菜を扱う店、ショッピングモール内の店舗や百貨店でも扱っていただいていました」。外食が奮わなくとも、その分、家での食事が増え、自炊のための食材は全体的に見れば好調に伸びていた。しかし緊急事態宣言となり、人が集まるところに休業要請が出され、外出自粛になって事態は深刻化した。
「私が振り分けていた販売チャネルは全部都市部で、人が集まるところ。営業を自粛せざる得ないところばかりでした。そうなった時にはもう手遅れで、軒並み注文が無くなりました」。そこから動くといっても、その場しのぎの動きしかできなく、実際目の前でどんどん大きくなっていく野菜を前にして、スポットでも良いからと、あちこちに営業をかけていった。そんな状況も一時のものであれば、それで何とか乗り越えることができたかもしれないが、緊急事態宣言は延長され、これがいつまで続くのか、先はまったくの不透明。そこで対応策を練った。「リーズナブルな価格で一般の消費者にも受け入れてもらえる商品の開発です。以前からそういうものをもう一つの柱としたいと考えていましたので、今回の事をきっかけに急ピッチで開発を急ぎました」。
そして生まれたのが新商品のケールミックス。海外品種のケールを5種類ミックスしたもので、健康志向の消費者を対象にしている。看板商品であるヨーロピアンリーフミックスより生産の手間が少なく、価格を抑えることができる。既に販売を始め、サンプル品を多方面に提案している。「ケールミックスの販売チャネルとして狙っているのは、品質重視の量販店です。後はWebの定期注文や健康志向が強い方々への直接販売です。医療系にもアプローチしましたがこれからです」と意欲的だ。
「新型コロナウイルスの影響で売り上げは一時的に7割減となりました。緊急事態宣言が解除になり、注文数は徐々に回復していますが、それでも従来の6〜7割ぐらいです。飲食店の取り組みは今後も続けながら、新商品をもう一つの柱とすることで、良い方向に向けていきたいと思っています」。
中島さんは今回のコロナ過で大きなダメージを受けた農家の一人だが、それでも食の需要動向を見るにつけ、「やっぱり食べ物は強いなと再確認しました。農業は未来のある商売だと実感しています」。お天気が、相場が、輸入農産物がといろいろ言い訳の種が多い農業だが、それをしないのがGreenGroove。新型コロナも言い訳にせず、農業の新しい形を目指す背中が頼もしい。