生分解性マルチでトウモロコシを13万本生産し、ブドウなどを組み合わせた周年営農を実現 取材先:岡山県吉備中央町 ㈲吉備高原ファーム

アグリソリューション

  文明を牽引する素材は時代にも冠され、石器時代、青銅器時代、鉄器時代と、その時々に生きる人々の大きな力になる。現代はさながらプラスチック時代。軽くて加工しやすく耐久性もあり安価で手に入る。今まさに世界中を席巻しているが、環境に対する意識が高まるとともに、大量生産、大量消費、大量廃棄のサイクルに、あるいは自然への還元性を持たない性質に、それを良しとしない向きが顕著になってきた。

  農業においても同じことでプラスチックは必要不可欠な素材だが、使用後の処理は生産者の悩みでもあり、負担でもある。しかしそれを欠けば環境への負荷となる。そこで選択の一つになるのが生分解性プラスチック。マルチフイルムに使用され商品化されている。ただその普及率は6%ほどで、生産現場への普及は進んでいない。今回、生分解性マルチを有効活用する生産者を訪ね、その実際を探った。(記事中の数値・状況は2022年2月現在)

重労働のマルチ回収作業をなんとかしたい

食用トウモロコシを13万本生産し、消費者にダイレクト販売

 今回お訪ねしたのは岡山県吉備中央町にある吉備高原ファーム。同町は県中央の標高200~500メートルの冷涼な高原地帯に位置し、水稲を中心に高原野菜、果樹、花き、酪農、肉用牛肥育が盛んな地域だ。しかし、個々の農地は狭く、多くは斜面にあって、農業の生産には不利となる典型的な中山間地域でもある。さらに高齢化による離農が進んでいる。そこで農業を営む同ファーム代表の山本陽子さん(63歳)は「お預かりする農地がどんどん増えています」と地域農業の担い手を務めるが、その営農の中で、生分解性マルチが大きな力を発揮している。

 吉備高原ファームでは、山本さんの他、1名の役員と、正社員、パートを合わせた4名の従業員が働いている。さらに障がい者雇用を目的に福祉事業所を立ち上げ、農福連携を行い農作業を委託している。経営面積は約14haで、内訳はトウモロコシが6ha、ブドウが3.8ha。その他に黒大豆や、トウモロコシの後作にブロッコリー、ホウレンソウ等を栽培し、年間2〜3作の野菜を生産している。その中でも経営の中心となるのがトウモロコシとブドウだ。トウモロコシは食用として13万本ほどの栽培となっている。どちらも消費者へダイレクトメールを送り、それによる注文と直売所での販売で完売となる。購入者の評価は、「甘くて美味しい」とのことで、多くのリピーターを獲得している。

山本陽子さん(中)、従業員の小西裕太さん(左)、平岡雅広さん
トウモロコシは全て直接販売

生分解性マルチの導入で、コスト削減、労力削減

 元々、山本さんは同地域で籾殻による燻炭製造業を営み鉄工所などに販売していたが、平成18年の鉄鋼不況のおり、従業員の雇用を確保するために吉備高原ファームを立ち上げた。雇用の受け皿として農業を選んだのは、 「従業員には兼業農家が多く農業経験があったことと、過疎化と高齢化が進んでいるので、農地は集まりやすいだろうと考えました」。ブドウのハウスを含め、1haの農地を借り受け、50aでトウモロコシの生産をスタートさせた。「トウモロコシにしたのは、当時近隣の農家が生で食べることのできるトウモロコシをつくって評判になっていたので、二匹目のドジョウを狙いました」。そしてこのトウモロコシ栽培のために用いたのがマルチフイルムだった。

 除草剤や農薬、化学肥料は極力使わない方法で栽培しており、「トウモロコシの栽培では除草が大変です。雑草対策としてマルチを使うことは必然でした」。最初に使ったのは一般的な農業用マルチ。収穫後忙しかったためにマルチの回収作業を外部に委託したところ、「シルバー人材センターに50aのマルチ回収作業をお願いしたら、16万円の費用が掛かってしまいました」。夏場の炎天下で、トウモロコシの根が絡まったマルチの回収作業は大変な重労働で、時間もかかったが、「最初の年の売上は、ブドウも合わせて約100万円ほど。これでは採算が合わないと思いました」。これを改善するため、翌年には光分解するマルチを導入してみたが、この地の条件では完全に分解せず、「結局マルチの破片を拾う作業をしなければなりませんでした。これが結構面倒な作業です」。その後も、何とかマルチの回収作業を省力化できないかと調べ、そして出会ったのが生分解性マルチだった。

 早速トウモロコシ栽培に生分解性マルチを導入。生分解性マルチは土壌中の微生物の働きによって、最終的に水と二酸化炭素に分解されるので収穫後にマルチを剥がし回収作業をする必要がないとされている。これを使ってトウモロコシを栽培し、収穫後の茎葉は乗用草刈機などで刈り払い、ハンマーナイフモアで生分解性マルチ共々細かく粉砕して、ロータリーで土中にすき込んだところ、マルチは土中で分解されてしまった。山本さんたちの負担になっていたマルチを回収する作業が消えた。生分解性マルチの導入が軽労化・効率化に大きく貢献することとなった。

トウモロコシ栽培に生分解性マルチを導入
トウモロコシ畑

生分解性マルチを活用した栽培体系を確立

後作の準備が効率よく短期間で行え、周年を通した栽培体系を確立

 その後、鉄鋼不況も回復し燻炭製造業の業績も回復。同ファームが担っていた雇用の受け皿としての役割がなくなってきたが、その間にも高齢農家から預かる農地は増え続けていた。「ファームとして新たに人を雇用する必要がでてきました。そのためには売り上げが必要ですし、周年を通した仕事も用意しなければなりません」。そこで農地の高度利用が検討され、そこでも生分解性マルチが役に立つことになった。

 山本さんのトウモロコシの栽培は、まず春先から圃場に生分解性マルチを張り、それと平行して苗をつくり4月の後半から7月の初めにかけ、12回に分けて定植を行う。その後、7月上旬から収穫が始まる。またこの時期はブドウ栽培とも重なり、繁忙期に突入していく。この中で冬の後作を展開するとなると、できるだけ手間は避けたいところ。「トウモロコシの後に冬の仕事として、ブロッコリーやほうれん草などをつくるとなると、収穫後1週間以内に次の作物のために畑を準備しなければなりません」。その切り替え作業において生分解性マルチは大きな力となる。収穫が終われば残渣を処理してロータリーをかけるだけ。後作の準備が効率よく短期間で行え、周年を通した栽培体系を確立することができるようになった。

ブドウも経営の中心になっている
トウモロコシの後作にホウレンソウを生産

コスト、不安定な分解時期などのデメリットも

 省力化、効率化と吉備高原ファームの営農に大きなメリットをもたらした生分解性マルチだが、全国的にまだまだ普及が進んでいない。「生分解性マルチの一番のデメリットは価格が高いことです。確かに環境への配慮になりますが、もう少し価格が下がらなければ、それだけの理由で農家はなかなか使用に踏み切れません」。生分解性マルチを使った環境に配慮した農業を実践しても売上アップには繋がりにくい。消費者にとって「大切なのは美味しいか美味しくないかです」。

 環境に配慮している農産物だから購入しよう、高い値段でもかまわないというふうにはいかない。生分解性マルチを使用するには、そのコストアップに見合うメリットを営農全体の中で見いだす必要がある。同ファームにとっては、「地域農業を守るため規模拡大にも対応し、限られた人員で効率のよい農業を行わなければなりません。その中で生分解性マルチは価格が高くてもどうしても必要な資材となります」。

 生分解性マルチのもう一つの課題は分解時期が不安定なことだ。栽培後、マルチの役割を終え、土中にすき込んだ後に分解が始まれば何の問題もなく、思惑通りなのだが、「栽培中に分解が始まり、そこから雑草が生えてきてしまうことがあります。その最大の原因は水による加水分解です。特にここ数年の異常気象による豪雨は、加水分解を引き起こす原因の一つになっています」。また、土壌の環境によっては分解が思うように進まない場合もあると言う。「私達は鶏糞に燻炭を混ぜて、納豆菌や乳酸菌も使った堆肥で土づくりを行っています。そのためか、すき込み後の分解が促進されているようです。分解が遅れてマルチの破片が土中に残るようなことはありません」。農研機構では、生産者のニーズに合わせた生分解性マルチの分解速度制御技術の開発を進めており、分解速度が速い同ファームの土壌は、そのための研究材料にもなっている。

 また「一般のマルチであれば追加で注文ができますし、残っても翌年に使用できるので多めに注文しても支障はありません。しかし生分解性マルチは時間が経てば分解してしまうので、メーカーも農家も在庫することができません」。そのため、生分解性マルチを製造するメーカーは、予約による受注生産となっている。予約に当たっては無駄な余りが出ないように「作付け計画をしっかり調整することが大切です」。この辺りも生分解性マルチ普及の足かせになっているようだ。

生分解性マルチは全国的にまだ普及が進んでいない

環境に配慮しながら地域農業を守る

草刈り作業でも環境に配慮して、効率的な方法を

 山本さんにとっての生分解性マルチは、周年を通しての栽培体系を確立するために欠かせない資材となっているが、それだけではなく、「少しでも環境に負荷をかけない農業をしたい」との想いがあっての選択だ。環境にとってプラスチックゴミは負荷も多く、少なくすることで二酸化炭素の削減にも繋がる。異常気象の被害を如実に感じる生産者であれば、なおさら想いは強い。ただ環境配慮一辺倒というわけではない。今の労働力で「地域農業を守るためには、如何に効率の良い農業を行うかが重要です。そのためには慣行農業も必要です。その上で環境に配慮した取り組みができればと考えています」。環境配慮と農作業の効率化。この両方で生分解性マルチが役立っている。

 地域の実情を考えれば吉備高原ファームが維持・管理を行う農地はこれからも増えていくと予想される。その中で新たな課題となってくるのが草刈り作業だ。この工程を如何に効率よく行うか。「特に法面の草刈り作業が非常に大きな負担になってきています。草刈りに費やす作業時間は全体作業時間の1/3にもなります」。生産環境を整え景観を維持するためにも必須の作業だが、生産に直結する部分ではなく、負担感は大きい。この部分でも生分解性マルチのように環境負荷が少なく、省力的で効率的な方法が求められている。「斜面の草刈り作業は危険も伴いますので、自動の草刈機などに期待しています」。付け加えて安価なものをということで、より導入しやすい普及機が待たれている。

収穫されたトウモロコシ
農福連携で雇用を創出

“環境への優しさが強さになるとき”

 異常気象が常態化し、環境意識も高まり、2050年にカーボンニュートラルを目指すなど、具体的な目標も出てきた。それに向け社会がにわかに動き始めているが、その中でグリーンインフレという状況も現れ始めた。脱炭素に伴う様々な局面でのコスト増だが、農業の生産現場でも同様だ。環境を守るためにはお金がかかる。まさに生分解性マルチがそうだし、自動の草刈機を導入すればそれも負担になる。しかし、地域農業を維持し、環境保全も図っていくとなると避けては通れない。ただ導入コストは上がっても、効率の向上や人件費削減なども含めれば全体として経営改善に繋がる場合もある。そこが、“環境への優しさが強さになるとき”だ。同ファームにもそれがあり、中山間地の農業を持続する一つの形が見えた。

環境への優しさが中山間地の農場持続の力に
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