稲WCSを生産し、配合飼料の3割に飼料米を使う、国産飼料活用型酪農の持続力 取材先:岐阜県羽島市 大井牧場

アグリソリューション

  平成30年度の食料自給率は37%。その中で畜産物だけを見ると、その自給率は15%となる。しかし、輸入飼料を反映しなければ62%まで自給率は上がる。自給率向上のための大きなネックがここにある。価格的にも手間においても使いやすい輸入飼料を使った畜産経営が主流にあり、この状況を変えることは、自給率の向上に繋がっていく。

  また、飼料費が畜産経営コストに占める割合は、牛で3~5割、豚・鶏で6割と高く、ここの価格が経営を大きく左右する。輸入飼料に頼ると言うことは穀物取引の国際市場価格に影響を受けることになり、国際情勢の不安定化は大きな経営リスクになる。そこで注目されるのが国産飼料。うまく導入できれば自給率向上、安定経営に貢献する。耕畜連携を進める酪農家にこれからの畜産を探った。(記事中の数値・状況は2019年12月現在)

河川敷を利用した酪農地域

手間は掛かっても自給飼料作りを継続

 岐阜県南部の濃尾平野に位置する羽島市は、市内やその周辺地域を木曽三川と呼ばれる木曽川、長良川、揖斐川といった一級河川が流れる。この地域ではこの河川敷で牧草を育て、100年ほど前にホルスタインが導入され、酪農が広まっていった。「当時牛は農耕牛として飼われていましたが、ここでは搾乳牛として広まったようです。今、放牧はしていませんが、子どもの頃、朝の搾乳が終われば河川敷に放牧し、夕方になれば牛舎に戻して搾乳する、そんなスタイルでしたね」。こう語るのは、今回お訪ねした大井牧場の三代目である大井幸男さん(55歳)だ。現在、大井牧場は搾乳牛約70頭、育成牛約50頭を飼い、年間60万㎏を組合に出荷している。労働力は本人と父親、従業員3名。飼料全体の70〜80%(重量ベース)を国産自給飼料で賄なっていて、河川敷の牧草約40ha、稲WCS約13ha、飼料用米約50haが牛の餌となっている。

 「河川敷での放牧をやめてからも、付近の酪農家が共同で河川敷の牧草を刈り取り、集草、乾燥させて食べさせていました」。しかし、バブル崩壊後の平成5〜10年頃に機械体系がタイトベーラからロールベーラに切り替わる更新時期があり、「その頃は円高で、機械を更新するなら輸入牧草を買った方が安くなるような状況でした。しかも電話一本で持ってきてもらえるので手間がかかりません」。輸入飼料中心の酪農へと流れが変わっていった。しかし、大井牧場では当時大井さんが若かったこともあり、手間は掛かっても従来通り河川敷の牧草による自給飼料作りを継続した。リスク分散として輸入牧草を一部買うものの、現在でも河川敷でイタリアンライグラスを栽培し、年3〜4回収穫を行っている。

大井幸男さん
搾乳牛約70頭、育成牛約50頭を飼っている

稲WCSに試行錯誤しながら取り組む

 また大井さんはこれらの牧草づくりに加え、平成20年には近隣酪農家と羽島市稲ワラ生産組合を立ち上げた。耕種農家から稲ワラを集め畜産農家に販売し、耕種農家には堆肥を提供する。この活動を通して営農組合や田んぼの地権者との繋がりができ、営農組合から稲WCSの取り組みを依頼される。「営農組合でWCS用の機械を購入すると採算割れしてしまうので、牧草体系の機械を使って収穫できないかと。小さな面積から試験的に始めました」。取り組みを開始したものの、「当初は手探りで、早刈りするにしても結実する前が良いのか、出穂期が良いのか。出穂期であればまだ水が落ちる前で、機械が入れないとか。初めてのことなので試行錯誤しながらでした」。稲WCSの圃場を固定化したり、水はけの良い圃場を選ぶなどして、品質の向上と作業の効率化を進めた。「牧草の替わりに稲WCSを使用しても、搾乳量や品質に関しては問題ありませんでした。河川敷の牧草だとどうしても雑草が入ったりするので、そういった意味では単品種なので良いと思います」。

 稲WCSの取り組みを開始して間もなく、今度はJAから飼料用米の利用を打診される。今は全ての飼料用米は乾燥機に掛けられているが、当時の飼料米は「圃場で立ち枯れ状態になるまで置き、乾燥機に入れなくても良い状態にして、水分量が15%位になってから稲刈されていました。手間をかけない形で耕種農家が収穫した飼料米を私達が引き取る形で始まりました」。その取り組みの中に、従来から行ってきたワラを回収して販売し、堆肥を撒く耕畜連携のビジネスモデルを当てはめた。互いに助け合うことで仲間が増え、作付面積も広がっていった。

 現在、飼料用米は機械を使って粉砕し、TMRミキサーで粗飼料と混合して牛に給餌している。同牧場では配合飼料の約3割を飼料用米が占めている。ただ「飼料用米は乾燥機代や検査費用でコストが増えてきています。そのため、経済的なメリットは少なくなってきています」。コスト削減が次の課題になってきているようだ。また品質面においても課題がある。「飼料用米はカロリーとして考えると、食べさせている量に対して、それに見合うカロリーが摂取できているのかというと、難しいところがあります。いくら粉砕しても、普通ならもっと牛乳のデンプン値が上がっても良いのですが上がりません。WCSも糞から出る量を見るとかなり消化できずに出ています」。

 トウモロコシは飼料メーカで消化しやすいように加工がされており、米も蒸気圧ぺん等の加工処理をすれば消化しやすくできるが、個人でそこまでするのは難しい。そのため、牛の状態を見ながら飼料メーカと相談して栄養が補完できるエサも使用して配合を行っている。また、エコフィードとして、おからや酒粕、中食で発生した野菜の皮などの食品残渣も一部活用している。今後はTMRセンターの必要性も視野に入っているようだ。  

粉砕された飼料用米
TMRミキサー
飼料用米粉砕機

自給飼料を通して次の展開へ

コントラクター事業で地域酪農を持続させる

 以前はマニアスプレッダを貸し出し、耕種農家で堆肥を撒いてもらっていたが、「高齢化が進むにつれて、今は私達でやっています」。また、高齢化によりこの地域でも農家、酪農家ともやめる人が増えてきている。「耕種農家からも協力する人が出てくれば、コントラクター事業もできるのではないかと思っています。畜産側から見るとエサを作る、エサを与える、糞を処分する。この手間が一番かかります。ある程度のところをコントラクターで行うことができれば、かなり高齢の方でも酪農は継続してできると思います」。また、畜産業に新規就農する場合、「設備を一から全て揃えるとなると、多くの資金が必要になりなかなか手が出せません。しかし、エサのベースになるものは作って持ってきてくれ、糞はそこに任せれば処分してくれる。このようになれば新規就農者も増えると思いますね」と、コントラクター事業に意欲を見せる。地域で酪農を持続させるための大きな力となりそうだ。

 また、販売面の取り組みとしては、国産自給飼料による製品の差別化や6次化なども考えられるが、「確かに差別化はできると思います。しかし、量を考えると牛乳では難しいところがありますね。アイスクリーム等はやってみたいと思います」。ただ大井さんは牧場経営を通して、地域の耕畜農家双方のニーズを汲み取り、稲ワラや堆肥の販売事業を地域に根付かせてきたこともあり、そのような取り組みの中で事業を進めたいとの思いもあるようだ。「理想としては、大井牧場がキーとなって、アイスクリームや一部牛乳を売ったり、コントラクター事業等が派生していけばと思っています」。しかし、今はそこまで手が回らないのが実情。そのためには牧場経営に余力が求められる。仕事の効率を上げることは必須だ。

7〜8割を国産自給飼料で賄う
発光装置による堆肥作り

牛の行動モニタリングシステムを導入し効率化アップ 

 その取り組みの一つとして、牛の行動モニタリングシステムを導入している。牛の行動を24時間リアルタイムに観察し、“見える化”するもので、従業員個々のスマホからアプリを使用して、牛の行動がリアルタイムに分かる。「牛の動きや反芻しているとかが1頭ごとにわかり、発情の指数もリアルタイムに表示されます。その他にもそれぞれの牛が人工授精をしたとか、乳房炎の治療をしたとか、誰もがアクセスでき、報告できるので、従業員全員が情報を共有できます」。牛の首に取り付けられたタグ型のセンサーが牛の主要行動を測定し、クラウドで解析して、情報として従業員個々のスマホにフィードバックされる。「今までだとホワイトボードに書いていたりしていましたが、これだとリアルタイムに今の状態を共有することができます」。午前中に発情を知らせるアラートが鳴れば、それに対応して準備を進め、午後には人工授精を行うことができるなど、迅速な対応が可能で、牛の健康管理や業務効率化に力を発揮している。また、搾乳ロボットによる子牛の哺乳管理も行っている。子牛が、いつどれだけ授乳したかわかるので、「調子が悪いなと思ったらカメラですぐ状態を見ることができます。機械ができることは、機械にやらせています」。

 そうやって生み出された時間、余力が様々な活動に活かされていく。例えば、大井牧場では、酪農教育ファームの認証を取得し、地元小学校へ牛を連れていき、搾乳体験を毎年行っているが、そのような地域貢献も可能になる。主に学校や教育現場と連携して、酪農に係わる作業等を通した教育活動で、「親牛と子牛を連れて来て、子牛の心音を聞かせたり、親牛で搾乳体験をやっています。冷蔵庫の中の牛乳しか知らないのか、中には牛乳が温かいとびっくりする子もいます」と、大井さんは笑いながら語る。

新鮮な牛乳が出荷される

地域に必要とされる牧場

機械力を持つ酪農が中心になって耕畜連携を推進

 「農業の中で、耕畜連携の中心になれるのは機械を網羅している酪農ではないでしょうか。肥料に関しても営農組織から頼りにされています」と、酪農が地域農業で連携の要を果たせる位置付けにあると語る。地域農業の持続にとって、大きな役割がある。

 「アメリカではコーンを飼料として使っていますが、中西部にはコーンベルトがあり、豊富なコーンを人が食べるだけではなく家畜に食べさせるために広がりました。ヨーロッパは大豆や麦などが沢山採れるから、人も食べるし家畜も食べます。しかし日本だけは、家畜が米を食べるということを普通にしてきませんでした。日本は米が穫れるのだから、米を食べる畜産にしていかないと本来はおかしいと思います」。その思いが稲WCSや飼料用米への取り組みの根底にある。稲WCSや飼料用米を積極的に取り入れることで、日本の畜産の一つの自然な姿に辿り着けるのかもしれない。「この地域では、牧草を与えている人が多いので、牧草から稲WCSになるだけなら、さほど抵抗なく取り組むことができのではないでしょうか。しかし、労力や手間がかかることが問題です」。その問題解決のためにも、耕畜連携を繋ぐコントラクターの役割は小さくない。

 これからの展望として、「規模的にはもう少し雇用も増やして、ここの地域で大井牧場がないといけないねと言われるようになりたいですね」。国産自給飼料の生産に取り組むことで、耕畜連携の要となり地域農業を守り持続させる力となっているが、耕種、畜種だけでなく、地域にとっても必要とされる牧場となれば、農業の大きな可能性を開くことになる。楽しみにして待ちたい。

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