生産現場に飛び込んできた非農家出身を2年間で稼げる農家に 取材先:長野県松本市 松本太郎果樹生産組合 代表 横山竜大

アグリソリューション

  未来が若者のものであることは間違いない。それならば若者の選択が未来を作る。そこに農業はどんな姿で組み込まれているのだろうか。アフターコロナに向かってリアルコミュニケーションが復活し、様々なところが活発化してきた。それに伴い、人手不足も大きな課題になっている。少子高齢化により働き手が減少していく中で如何に職業として農業を選択してもらうか、直面する課題は深刻だ。

  一方で国際情勢も相まって食の自給力を確保することはますます重要となっている。それらを踏まえ少ない人数で大面積を経営する方法が一つの方向として進められているが、担い手の高齢化も進み、新規就農の視点を欠けばその方向も早晩行き詰る。全国に農家になりたいと夢を持つ人は少なからずいる。しかし先行きの不透明さは一歩踏み出すことを躊躇させる。如何にその夢を応援し育てるのか。選択される仕事となるための受け入れ側の取り組みを探る。(記事内の状況・数値は2023年5月現在)

作業を単純化して誰でもできるように工夫

新規就農者がデザインする新しい農業が見てみたい

 長野県松本市今井地区で行われているのが樹園地継承と新規就農者の研修を一体化した取り組み。就農を目指す者は2年の間で果樹栽培を学びながら樹園地を徐々に増やし、終了後は同地区に農家として独立する。その取り組みを積極的に進めているのが松本太郎果樹生産組合の横山竜大さん(58歳)だ。「非農家出身の新規就農者は、それまでの社会経験があります。その知見や技術をもって農業に携わるとき、どんな風に自分たちの農業をデザインするのか、それが見てみたいと思っています」。新しい人が地域にもたらす、未来の農業に強い興味を持つ。

横山さん
様々なぶどうを栽培している

雨よけ栽培を拡大し高品質の果物をリスクから守る

 横山さんは23歳の頃、大阪から地元に戻り、実家の農業を継いだ。現在はぶどう3haを中心にりんご1ha、米60aを経営する。労働力は本人と奥さんが中心で、農繁期にパートさん3~4名、そして独立就農を目指している研修生が1名。栽培しているぶどうはシャインマスカット、巨峰、ナガノパープル、黄華など様々な品種を手がけ、生食用が約1.7ha、残りは醸造用。収穫は7月初旬から10月中下旬。黄華は地元松本市で交配された品種で、果皮色はシャインマスカットに似て黄緑。「栽培は難しいのですがその分思い入れは強いですね」。販売ルートはJAでの共選出荷が8~9割。規格外品などは地域にある道の駅の加工施設でジュースやジャムに加工し、横山さんの所では百貨店や果物店で販売している。

 栽培で特徴的なのはぶどう栽培における雨よけ栽培。異常気象などによるゲリラ豪雨などにも対応しながら付加価値の高い果物をつくる上でのリスク対策として取り入れている。「6月半ばに雹が降ったことがあって、その時大きな被害を作物に受けました。それがこの栽培を取り入れようと思った大きな理由です」。今、この施設を徐々に増やしながら加温ハウス、露地も合わせて栽培が行われている。「この辺りは災害も少なく、寒暖差もあって、着色や病気をあまり気にかけず露地で普通に果樹を栽培してきましたが、最近はそうもいかなくなってきたということです」。

ぶどう園の雨よけ栽培
雪よけにもなる

ユーチューブを取り入れ、研修生に技術指導

 手間がかかる作業は摘蕾作業や適粒作業。体力が求められる作業だが、技術や経験も必要となる。「栽培しているぶどうの全てを自分の力で100%完璧なものにするのは無理があります。そこで作業を単純化して誰でもできるような工夫をしています」。摘蕾作業では地元農協の松本ハイランドが独自販売する摘蕾櫛を使って誰でも簡単にできるようにしている。摘粒作業では房をエリア分けして、「上段を何粒残し、中段を何粒残し、というふうに数字で明確化するようにしています」。感覚を会得してもらうのではなく、作業手順をしっかり示すという方法だ。それを自分以外の働き手にも実践してもらうことになるが、口頭や一回作業を見せただけではなかなか伝わらない。そこで取り入れているのがYouTube。“信州松本らいちょう農大”というチャンネルを設け、ぶどう栽培の技術をアップし、誰もが学べるようにしている。これが研修生の技術指導にも効果を発揮している。「このユーチューブは研修生との雑談から始まりました」。研修生からYouTubeのことを聞き、簡単にできますよということで、それならば技術動画をあげたいという話になって早速、その日に撮影し、翌日には研修生によってYouTubeが開設され、アップされていた。「研修生から逆に学ぶことも多いのです」。

ユーチューブで適粒作業を解説

全員が非農家出身、一流企業で働いていた人も

樹園地を継承しながら研修も進め、2年後に独立する

 横山さんは研修生の受け入れを長年に亘って続けてきた。基本的に受け入れ人数は1人で、1対1の関係が2年間続く。今、横山さんの所では12人目となる研修生が独立を目指して農業を学んでいる。「この取り組みを始めた背景には高齢化による耕作放棄地の増加があります」。過去、JAにおいて、地域全体でどれほどの耕作放棄地があるのかを調査した結果、「60haほどあって、どうにかしなければならないということになりました」。そこで取り組みが話し合われ、農業をやめたり、規模縮小にともなって耕作されなくなった樹園地を継承し、それと同時に「信州松本で農業をやりたい人は大勢いるはずだから、その人たちを募集しよう」と提案した。地元の農家が里親という形で2年間の研修を行ない、その間に荒廃地を綺麗にし棚を整え、しっかり準備した後に就農すれば、耕作放棄地の解消が進むのではないかと考えた。

 それは提案だけでは止まらず、結局自分で取り組むことになり、様々な事例を参考にしながらスタートした。長野県では新規就農者を支援する里親制度があり、その里親でもあり、また松本太郎果樹生産組合をつくり、その中で荒廃地対策や新規就農者の支援をするようになった。

 樹園地の継承では様々なパターンがあり、一つは既に荒れている畑に対して、重機を使い、綺麗にし、棚も新しく設えていく方法。「それを研修生とともに行っていきます」。もう一つは、生産者から耕作をやめると事前に相談され、それを引き受けるパターン。「多少手を入れることもありますが、栽培がすぐに継続できる畑は研修生にとってはありがたいものになります」。果樹は収穫がすぐにできる作物ではなく、一から植えていたのでは、経営を安定させるために時間がかかってしまう。

 「貸借料についてはお互い話し合って年末に支払うような形」で、研修生は研修中から、その樹園地を継承していくことになり、研修先の畑と自分の畑の、両方の管理を行うことになる。研修生の大きな不安は知らない土地に来て、生活できるだけの農地が持てるかどうかだが、独立するときには大抵十分な面積があり、「これだけの面積が管理できるだろうかと言うようになります」。時々のタイミングでぶどう園だけでなく、違う作物の樹園地を継承することもあるが、新規就農者が生活していける充分な農地が地域にはある。

地域は果樹地帯で新規就農者が生活していける農地がある

全国各地から希望者がやってくる

 研修生の多くは、自然の中で仕事をする農業に憧れを持ち、全国各地から信州で農業がしたいと希望してくる。その人たちはJAや県を通して横山さんに紹介され、研修生となる。基本的に1人ずつしか受け入れないのは、「 2人いるとどうしても比べてしまうので、1人に絞った方が正しく育てられると思っています。精神的に楽ですしね」。今いる12人目の研修生は、横山さんが新聞で紹介された記事を握りしめてやって来た。その期待と不安に対して正面から向き合う。

 研修生は今井地区で農業をすることを目標に研修に励んでいくことになる。研修により給金を得ることはできないが、研修生には自治体などから生活資金や機械購入費の助成などがある。また住居や倉庫などについては、横山さんが地域で空いている物件を探してきて紹介することが多い。

 これまで11人が巣立っている。全員が非農家出身で、東京、石川、愛知、奈良など、各地から農家になりたいとやってきた。年齢は30代半ばが多いが、中には50代の人もいた。学歴が高く、一流企業で働いていた者も。「一人として同じ人はいません。優秀な人も難しい人もいます。しかし来る者は拒まずで、どんな人も受け入れています」。

 研修生は自分で畑を持つようになると実際の課題に対して自分事として受け止め、それを突破しようとどんどん意欲的になっていく。最初来た頃からすると随分変化する人も多いという。また「みんな家族を持っているので、それが支えになり頑張る力になっています」。研修生の奥さんには、独立に向け地域で働いて現金を稼ぐことを奨励している。農産物の加工場で働き、その知識を独立後に活かす人もいる。

研修中の鈴木さん
新規就農者が地域に新しい農業をもたらすと期待されている

新しい農業を見せて欲しい

研修を終え就農した人たちが地域農業の中で大きな存在感を持つようになっている

 研修の間に栽培技術を学ぶことはもちろんだが、コミュニケーションを通して農家として生活して行くための心得を学ぶことにもなる。自然の中、作物を育てるということは喜びであり、また厳しい仕事でもある。「いくら一生懸命やっても天候に左右される部分があり、ベストを尽くしてもベストのものができるとは限りません。だからこだわりすぎて量が作れなくなるより、まずは売れるものをたくさんつくっていくことが先決だと言っています」。農家として暮らして行くための感覚を身につけていく。

 しかし「美味しいものをつくるというのは絶対目標にして欲しい。それがなくなると農業じゃないと思いますし、それがあれば農業は楽しくなります」。農家としての矜持に繋がる部分でもある。その想いを引き継いで独立した者の中からはコンクールに入賞する生産者も現れている。

 独立後は松本太郎果樹生産組合の組合員となりその中で情報交換し、困ったことがあれば相談もできる体制となっている。また同組合では使用していないときの機械を融通し合うリースや大学から学生研修生を受け入れたり、農業施設の設計施工を請け負うことなど、多岐にわたる活動を行っている。また研修を終え今井地区で就農した人たちが部会の中枢を務めるなど、地域農業の中で大きな存在感を持つようになっている。

 「彼らがここに来るまで歩いてきた歴史、培ってきた能力を活かして、新しい農業を見せて欲しいと思っています」。独立し新規就農した人の中にはコーヒー豆を焙煎するお店をしながら農業に取り組んでいる人がいる。また、キッチンカーで走り回ってる人や、新しくナッツを栽培するからとイタリアへ勉強に行く人がいる。

 新しい農業が始まっている。新規就農者を受け入れ、それまで地域になかった経験や考え、感覚などが新しい血となり活力となっていく。その新しさは既存の農業を強くすることになり、また農業をしたいと思う人の勇気にもなる。

 子供たちは未来からのお客様という考え方があるが、新規就農者もまた未来から来ている。彼らを支援し受け入れることはまさに地域に未来の血を入れて行くことになる。そのためには新規就農者が持っている自由な発想を大切にする必要がある。その上で、地域が培ってきた技術や樹園地を活用し農家として送り出せるのなら、地域農業の持続に大きな力になる。「私を驚かせて欲しい」。未来に繋がる道がそこにある。

新規就農者が地域農業持続の大きな力になる
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