TPP11、日欧EPA(経済連携協定)と、貿易の自由化を進める協定が相次いで発効し、自由貿易圏が一気に拡大した。日本農業はかつてない環境変化に直面している。TPPでは生鮮のブドウ、食用の落花生、コーヒーなどの関税が即時撤廃となり、発行から6年後には甘藷、グレープフルーツ、柑橘類の果実、生鮮のたまねぎなどの関税が無くなる。日欧EPAでは、ナチュラルチーズや豚肉、ワインなどの関税が引き下げられ、輸入量が増加してきている。その中アメリカとも農産物などを含む日米TAG(物品貿易協定)が結ばれる。
もう閉じた環境を前提にして農業を営むことはできない。世界中の農業者・産地をライバルとして、その中でどのように消費者の選択を得るのか。単純に値段だけで戦うのであれば勝ち目は薄い。価値を高め、如何に欲しいと思われる魅力ある商品にしていくのか。そこに日本農業の未来がかかる。ヒントを求め、国産グレープフルーツの取り組みを探った。(記事内の数値・状況は2019年6月現在)
全て手探りからのスタート
余所にないものをつくって特色を
輸入果物として長い歴史があり、身近な果物として一般家庭に受け入れられてきたのがグレープフルーツ。アメリカのフロリダ産や南アフリカ産のものが広く出回っているが、国産のグレープフルーツを手がけている生産地が静岡県にある。輸入物と競合する中で、消費者の選択を得るためにどんなことをしているのだろうか。
静岡県浜松市北区にあるのが柑橘類の専門農協である丸浜柑橘農業協同組合連合会。丸浜みかんとして、徳川家康と武田信玄が激突した三方原の合戦で有名な三方原台地で、温州みかんを中心に展開している。生産しているのは高林早生、宮川早生、興津早生、片山温州、青島温州がメインで、この他、ハウスみかん、翡翠みかん、ポンカン、はるみ、不知火、カラマンダリン、ブルーベリー、グレープフルーツなど。組合員数は202人、主力温州みかんの生産量は、多く収穫できる表年で1600〜1800t。
「周囲を大きな農協に囲まれている小さな農協ですので、余所にないものを展開して特色を出すことを心がけています」と丸浜みかんの芥川晴輝さん(35歳)が今の取り組みなどについて教えてくれた。その中で力を入れているのが片山温州。皮がむきやすく、糖が高いため、味が濃厚。「静岡を代表するのは青島温州ですが、それとは別物として、市場の評価も徐々に高まってきています」。
グレープフルーツづくりに挑戦する
その中、2006年から地域で生産を始めたのがグレープフルーツ。現在5人がその生産に当たっているが、その1人の山崎正人さん(41歳)は「当初グレープフルーツは暖かい地域の作物ですので、この辺りでは温度が足らず、育たないと言われていました」と、これまでの経緯などについて話してくれた。それでもグレープフルーツをつくろうとしたのは、「重油が高騰していた時期で、これではハウスみかんが続けられない。それでハウスを有効活用できる別の作物を探した結果、導入されました」。
またグレープフルーツを選んだのは市場が、「昔からある作物だけど、国産はないので、面白いのでは」と提案してくれたこともあった。それでハウスを利用した無加温でのグレープフルーツづくりの挑戦が始まった。産地としてグレープフルーツに取り組んでいるのはここが日本で唯一。「初めてですから全てが手探りでした。試行錯誤の連続です」。
まずグレープフルーツの苗木を取り寄せるところから始まるのだが、実はその苗木、「3年かかってようやく実がついてみると、グレープフルーツではなくブンタンでした」。グレープフルーツはブンタンの突然変異と考えられていて、実がついてみるまで見極めるのは難しい。当初山崎さんは100本植えて、96本がブンタン。グレープフルーツはたったの4本という結果。未知の作物に挑む過程で生まれる手違いや知識不足が、それまでにかけた時間と労力を無駄なものにしてしまう。“初めて”に伴うリスクは決して小さくない。
またグレープフルーツにとっても日本は初めて。「元々、日本に無かったものですから、日本の病気に慣れていません。ハウスで育てるので心配はいりませんが、雨が当たると、かいよう病が出やすくなります」。その他、肥料をやりすぎると、木の勢いが強くなって、そちらばかりに栄養がいき、花の成長が滞ったり、花が落ちたりする。またそもそも温度が足らないと花は咲かない。「露地で栽培された方もいましたが、花がつきませんでした」。
様々な失敗を繰り返し、木も生産者も成長していく。「次第に木の性格が分かるようになってきて、その時期、その時期の的確な作業が分かるようになってきます」。導入から10年を超え、安定生産へと向かっている。
品質、生産量は木の生長に合わせて向上
求められる大きさにすることが課題
丸浜みかんで育てているグレープフルーツはスタールビー系の物で、一般的には、酸味が少なめで甘みが多いと言われている。収穫は4月に行われ、その頃にはもう次のつぼみが出てきている。実がついている内に花が咲くと、実の品質が落ち、木に負担がかかり、花も落ちることから、継続して生産を続けるために実と花が同時につかないように収穫が行われている。「今年は4月の頭に収穫し、それが終わった後の4月20日過ぎに満開になりました。その後、花が散り、小さな実が見えてきます」。
続いて行われるのは、最も気を遣う摘果の作業。「この作業で出荷時の実の大きさが違ってきます。温州みかんの場合は2回、3回とやりながら大きさを揃えていきますが、グレープフルーツは1回で決めないとちゃんとした大きさにならないような気がしますね。球数が多くなれば小さくなるし、少なくなれば大きくなります」。3.5㎏入りの箱に、13玉入る物が一番小さく、その上に10玉、8玉、7玉とある。市場が求める商品は10玉入りの大きさ。それが一番お買い得感があり、売りやすい。「今の課題として取り組んでいるのはどうすれば、求められる大きさになるかということです」。摘果の後は11月まで肥大して、後は色がつき完熟する。フロリダ辺りでは開花からおよそ9ヵ月で収穫となるが、それに比べ栽培期間は長い。温度が足らないことが一因となっている。
木の成熟と共に収量も味もアップ
現在、地域全体の栽培面積は約1.1haで、出荷量は約25t。栽培面積はここ数年変化していないが、グレープフルーツの木が成熟するのにつれて、生産量は毎年右肩上がりで伸びている。また味についても、「木が成熟し、落ち着いてくるに従って、糖度ものるようになり、年々良くなってきています。ここらでつくるとなかなか酸がきれないのですが、徐々に美味しいという評価を頂けるようになってきました」。さらに今年は味が良いとのことで、市場からも注文が入ってくるようになってきている。一般の消費者で、出荷はいつから始まるのかと問い合わせる人もいる。「これからも、もっと美味しくなるはず」と、木のポテンシャルはまだまだ大きいようだ。
現在山崎さんの所では約3tの出荷量だが、「木が大きくなるので、出荷量は今の倍になる予定です。できれば10tを目指したい」。地域全体で生産量は拡大方向にあるが、その時課題になるのが価格の維持。「一つの市場で適正な価格により売れる量には限度があります。生産量が増えても値崩れしないようにしていかなければなりません」と芥川さん。量がまとまってくれば、出荷する市場を増やすということも選択肢の一つになってくる。「価値を認めて売って下さる所を増やしたい」。
安全・安心、完熟で芳しい匂い
高い鮮度で消費者にアピール
国産のグレープフルーツが輸入物に勝る優位点は、まず安全・安心ということ。海外から輸入されるものは輸送の際に腐敗したりカビが生えたりするのを防ぐ目的で、食品添加物の防カビ剤がポストハーベスト農薬として使われ、ワックスなども使われているが、国産にはその必要がない。農薬の基準も国内基準に準拠したもので、加えてハウス栽培なので、病気が入りにくく、殺菌剤などはほぼ使っていない。より安心して食べることができる。また、輸入物は輸送期間を見越して、熟する前に収穫されるが、「国産は完熟してから収穫します」。収穫してから消費者に届くまでの期間が短く、新鮮なものが提供される。その鮮度は商品が放つ芳しい匂いが示している。
「私たちのグレープフルーツは完熟で収穫して間もないので、収穫物からは良い匂いが立ち上がってきます。選果場はグレープフルーツの匂いで満ちています。海外のものとの大きな違いです」と芥川さん。国産グレープフルーツの最大の魅力ではないかとした。さらに輸入物に対する国産の利点は、お互いの旬の時期が異なるということ。北半球のアメリカ産は年明けから4月ぐらいまでが旬。南半球のものは6月から9月、10月ぐらいまで。「私たちが狙っているのは、その間の4月から6月ぐらいの間です」。4月の頭に全量収穫して、5月末から6月初旬ぐらいまで販売している。
店頭でのおよその販売価格は、目安として輸入物が1個150~200円ぐらいの所、丸浜みかんのグレープフルーツが1個300円~400円。輸入物に対して1.5倍~2倍ほどの値段で販売されている。安全・安心、高い鮮度、出荷が輸入物の端境期であることなどが、消費者にとって魅力であり、選択に繋がっているようだ。
安定した生産量と労働負荷の軽減が魅力
またグレープフルーツは生産者にとっても魅力が多い。みかんなどでは表年、裏年があって生産量の多い年と少ない年があるが、グレープフルーツは摘果によって調整でき、毎年安定した生産量を確保できる。収益性においても単価が高く、山﨑さんの所では、「ハウスみかんの反収は5tぐらいで、グレープフルーツの反収は約3tですが、価格はグレープフルーツ1個でハウスみかん4~5個分になります」。少ない収穫量でも利益は出る。
さらに労働負荷を軽減する。「ハウスみかんの場合は、収穫時期が暑い時期となり、高温のハウスの中で何個も何個もみかんを切っていかなければなりません。うちの場合は8月です。グレープフルーツの場合は、4月の快適な時期に、作業することができます」。労働負荷に対する単位当たりの利益が高い。大きくなりすぎたものや小さいものなどの規格外品については、「加工用のジュースにまわされます。今はそれを利用して宝酒造さんでグレープフルーツのチューハイをつくって頂いています」。収益性の高さや生産物を無駄のないようにする仕組みもあり、生産者の期待は高い。
これからの課題は、「とにかく味を良くするということですね。まだまだ良くなっていくと思います。それをどういうふうに技術的に安定させていくか。グレープフルーツの可能性は大きいと思います」と山﨑さん。夢は「死ぬまで農業を続けながら生きること」。地域の課題については「高齢化が進む中、どうやって産地を維持していくかです。生産者の方々にきっちり稼いで頂いくことが産地の維持に繋がる」と芥川さん。グレープフルーツの生産がそれぞれの思いに果たす役割は小さくないようだ。
この地のグレープフルーツには“健やかさ”を感じることができた。それは消費者にとって、大きな魅力ではないだろうか。これからの日本農業に求められる価値の一つに違いない。